02 結婚式を思い描く
02 結婚式を思い描く
翌週の日曜日、アストリッドはユリウスとホテルを訪れた。ロビーへ入ると、先日ルーメン家を訪ねてきた担当者が待っていた。
「本日はありがとうございます。まずは会場からご案内いたします」
「よろしくお願いします」
ユリウスと並んで、担当者のあとを歩いた。
挙式の会場には、正面へ続く通路を挟んで椅子が並んでいた。二人が立つ場所や家族の席を教えてもらう。誰も座っていない椅子を見ながら、アストリッドは両親や兄弟の顔を思い浮かべた。
そのあと、披露宴の会場へ移動した。担当者が扉を開けると、アストリッドは中へ入り、思わず歩調を緩めた。
天井が高く、奥の壁までずいぶん距離があった。床には落ち着いた色の絨毯が敷かれ、頭上には大きな照明が並んでいる。資料の写真で見たときよりも、広く感じた。
「こちらが、ご予約いただいている会場です」
「大きいですね」
隣でユリウスも会場を見渡していた。
「ここがホテルで一番広い会場だったね」
「はい。当日は、こちらにお席をご用意いたします」
担当者が端末の配置図を見せた。画面には、いくつもの円卓が並んでいた。アストリッドは図面と会場を見比べた。
招待客の人数や式の規模については、両家とホテルで相談を進めてもらっていた。大きな式になるとは聞いていたが、実際に会場に立つと、家の付き合いで招く人の多さを実感した。
「お二人のお席は、こちらになります」
案内され、会場の奥へ進んだ。示された位置から振り返ると、入口が遠くに見えた。
当日はここから、集まってくれた人たちを見ることになる。
「ロイさんは新郎の友人ですけど、新婦の先輩でも上司でもあるので、最前列の真ん中の一番いい席にしましょう」
「うん」
ロイはユリウスのはとこでもある。当日は友人や知人だけでなく、親族の相手までするかもしれないと、ユリウスが笑いながら言った。
もう一度、会場を見渡した。まだ花も料理もなく、テーブルも並んでいない。それでも、知っている人たちがここで食事をし、話しているところを想像すると、少し楽しみになった。
「装飾については、今後ご希望を伺いながらご提案いたします。先日のお色の件も、承っております」
担当者の言葉に、アストリッドは頷いた。
青と紫。
隣のユリウスを見ると、ちょうど目が合った。
「楽しみ?」
「はい」
そう答えると、ユリウスも微笑んだ。
会場の出入口や当日の移動について説明を受けたあと、二人は衣装の打ち合わせへ向かった。
案内された部屋には、大きな鏡とゆったりとしたソファが置かれ、壁際には何着かのドレスが飾られていた。
衣装の担当者が挨拶し、テーブルに写真の冊子を並べた。
「まずは、お好みを伺えればと思います。気になるものがございましたら、お知らせください」
アストリッドは一冊を開いた。白いドレスが、形ごとに並んでいる。肩の出し方、袖の長さ、裾の広がり方。写真を見比べると、思っていた以上に違いがあった。
ユリウスも隣から冊子を覗いた。
「何か、着てみたい形はある?」
「まだ、はっきりとは決めていません」
ページをめくった。胸元の飾りが控えめなものや、裾に細かな模様の入ったものが気になり、写真の端に印を付けていった。
「このあたりが好きです」
「こちらですね」
担当者が写真を確認した。
「ご衣装は、オーダーメイドも承っております。既存のものをご試着いただいてから、ご検討いただくこともできます」
「私は、既製品でいいと思っています」
アストリッドは開いたページへ目を落とした。
「気に入ったものを着られれば、それで」
ユリウスが写真を見たまま言った。
「オーダーメイドなら、君に合わせて作ってもらえるよ」
「そうですね。でも、これも綺麗です」
指した写真を、ユリウスも見た。
「うん。実際に着たところを見たい」
すぐに返ってきた言葉に、アストリッドは顔を上げた。ユリウスは真面目な顔で写真を見ていた。
「いくつか試してみよう。その方が、アストリッドも選びやすいだろうし」
「はい」
担当者が別の資料を手元へ置いた。
「差し支えなければ、新婦様の身長を伺ってもよろしいでしょうか」
「百七十センチです」
「ありがとうございます。丈については、お召しになる靴と合わせて確認いたします。デザインによっては、調整が必要になる場合もございます」
アストリッドは頷いた。服を選ぶとき、丈が合わないことはこれまでもあった。ドレスでも同じらしい。
「新郎様のご身長も、伺えますか」
「百八十五センチです」
担当者が二人分を記録した。
アストリッドは隣を見た。座っている今も、ユリウスの目線は自分より高い。
自分は女性としては背が高い方だった。それでも、ユリウスと一緒にいると、それを意識することはあまりなかった。
「お二人で並ばれたときのバランスも、ご試着の際にご覧いただけます」
「はい」
返事をしながら、壁の鏡へ目を向けた。今は普段着で並んでいる。当日の衣装を着た二人の姿を想像すると、少し落ち着かなかった。
ユリウスもドレスの資料から顔を上げた。
「セミオーダーもお願いできる?」
「はい。既存のデザインをもとに、お仕立てすることも可能です」
担当者が説明用の写真を開いた。
「ご試着いただいて、気に入った形をお選びになってからご相談いただけます」
ユリウスがアストリッドを見た。
「それでもいいんじゃないかな。着てみて気に入ったものを、君に合うようにしてもらう」
「丈が合わない場合も、ですか」
「うん。まずは、着てみたいものを選ぼう」
アストリッドはもう一度、写真を見た。
最初から一着に絞る必要はない。実際に着てみれば、写真だけでは分からなかったことも分かるだろう。
「そうします」
ユリウスは頷くと、自分の方へ冊子を少し引き寄せた。
「これも、見てみない?」
別のページにあるドレスだった。アストリッドが考えているものとは、肩から胸元にかけての形が違う。写真の下まで見てから、首を傾げた。
「こちらですか」
「うん。アストリッドに似合うと思う」
「自分では選ばないデザインです」
「だから、着てみてほしい」
ユリウスはその写真に印を付けた。
アストリッドはユリウスの横顔を見た。会場を見ていたときより、ずっと熱心に見えた。ユリウスはページを戻し、二人が選んだドレスの写真を確かめていた。
「ユリウスさん、随分真剣ですね」
「真剣だよ」
迷いなく答えられた。
「アストリッドが着るものだから」
少し頬が熱くなった。アストリッドは冊子へ視線を戻した。
「でも、あまりたくさんは試せませんよ」
「どうして?」
「決められなくなりそうです」
「そのときは、一緒に考える」
ユリウスはそう言って、またページをめくった。
担当者が試着に用意できるものを確認している間にも、ユリウスは二つほど候補を見つけていた。アストリッドが印を付けたものと合わせると、すでに何着もあった。
「全部、見るつもりですか?」
「できるなら」
「そんなに?」
ユリウスが顔を向けた。
「いろいろなドレスを着たアストリッドを見たいんだ」
アストリッドは言葉を返せなかった。
「きっと可愛いと思う」
「……まだ着ていませんよ」
「だから、楽しみなんだよ」
当然のように言われた。
先週、家で話したときにも、ドレスを試着してほしいと言われていた。ただ一緒に選ぶという意味だと思っていたが、それだけでもないらしい。
アストリッドは少し俯き、写真の端に指を添えた。自分が気に入ったものを着て、ユリウスにも喜んでもらえるなら、それは嬉しい。
「似合うかどうか、ちゃんと見てくださいね」
「もちろん」
ユリウスが微笑んだ。
白いドレスの候補を確かめたあと、色の付いたドレスの写真も見せてもらった。アストリッドは自然と、青いドレスの写真を見ていた。
淡い青から、深い青まで。同じ色でも、布や飾りによって印象が変わる。
「こちらも、青をご希望でしょうか」
「はい。できれば」
担当者が頷き、いくつかの写真を示した。ユリウスも隣で見ていた。アストリッドが一枚を指すと、その視線が同じところへ向いた。
「この色が好きです」
「うん。綺麗だね」
ユリウスの声が、先ほどより穏やかに聞こえた。
アストリッドは写真を見たまま頷いた。
白いドレスも、青いドレスも、実際に着ればまた違って見えるのだろう。自分で選んだものと、ユリウスが選んだもの。どちらも見てみたくなっていた。
「では、ご試着の準備をいたします。最初は、どちらからになさいますか」
アストリッドは白いドレスの冊子を開き直し、最初に気に入った写真へ指を置いた。
「こちらを、着てみたいです」
担当者が確認し、準備のために席を立った。
ユリウスがアストリッドの選んだ写真を見て、それからこちらへ顔を向けた。
「楽しみにしてる」
アストリッドは頷いた。自分も楽しみだった。ただ、隣で待っているユリウスの顔を見ると、少し恥ずかしくもなった。




