03 花嫁のドレス
03 花嫁のドレス
担当者が戻ってくると、アストリッドは隣の試着室へ案内された。用意されていたのは、最初に自分が選んだ白いドレスだった。
着替えを手伝ってもらい、鏡の前に立つ。短い袖があり、胸元の飾りは控えめだった。腰から広がるスカートの裾には、写真で気になった細かな模様が入っている。
実際に着てみても、好きなデザインだった。
「お苦しいところはございませんか」
「大丈夫です」
「では、新郎様にもご覧いただきましょう」
担当者に裾の扱い方を教えてもらい、試着室を出た。
ソファに座っていたユリウスが顔を上げる。そのままこちらを見て、立ち上がった。
アストリッドは少し手前で足を止めた。
「どうでしょうか」
ユリウスは顔を見て、それからドレスへ目を向けた。すぐには返事がなく、待っているうちに少し落ち着かなくなった。
「ユリウスさん?」
「うん。可愛い」
ユリウスが微笑んだ。
「よく似合ってる」
写真を見ていたときにも、きっと可愛いと言われた。それでも、着たところを見てもらってから言われると、やはり嬉しかった。
「私も、この裾が好きです」
アストリッドは模様のあるところへ目を落とした。近くで見ると、写真では分からなかった細かな刺繍もよく見えた。
担当者に促され、部屋の大きな鏡の前に立つ。ユリウスもそばへ来た。
「後ろも見せて」
「後ろですか」
「うん」
ゆっくりと向きを変えた。鏡越しに見ると、ユリウスは背中の形や裾まで確かめていた。
「後ろも綺麗だね」
「自分では、あまり見えません」
「お写真をお撮りいたしましょうか」
担当者に尋ねられ、アストリッドは頷いた。
正面と後ろ姿を撮ってもらい、画面を見せてもらった。背中には小さなボタンが並んでいた。着せてもらっている間は見えなかった部分も、写真なら確かめられた。
次に着たのも、アストリッドが選んだドレスだった。
最初のものより裾の広がりが少なく、袖は長い。腕を動かしてみると、薄い布越しに肌が見えた。
こちらも好きだった。ユリウスにも見てもらい、鏡で横や後ろを確かめる。
「どちらも綺麗ですね」
「うん」
「ユリウスさんは、どちらがいいと思いますか」
「最初の方が、アストリッドの好きなものに近そう」
「そうですね。裾の模様が好きなので」
答えてから、もう一度鏡を見た。
今のものも気に入っていた。けれど、どちらかを選ぶなら、最初の一着だと思った。
担当者が次のドレスについて説明した。今度は、ユリウスが見立てたものだった。
試着室で着替え、鏡の前に立つ。
肩を出すデザインで、自分が選んだものより首元が広く開いていた。上半身は身体に沿い、腰から裾へ向かってスカートが広がっている。
担当者が背中を整え、少し離れた。
「いかがでしょうか」
アストリッドはすぐには答えず、鏡を見た。
写真で見たときには、肩が出ることばかり気になっていた。けれど、着てみると首元の形が綺麗だった。腰の位置も高く見え、広がったスカートとの釣り合いもよかった。
「着てみると、印象が違いますね」
「はい。お写真だけでは分かりにくいところもございますので」
正面だけでなく、少し横を向いて確かめた。
飾りが控えめなところは、自分が選んだものと同じだった。それでも、肩や胸元の形が変わるだけで、ずいぶん違って見える。
こちらの方が、自分には似合う気がした。
試着室を出ると、ユリウスが顔を上げた。
今度は、アストリッドもその表情を見ながら近づいた。
「どうですか」
「うん。やっぱり、似合う」
ユリウスの口元が緩んだ。
「アストリッドは?」
「私も、こちらが好きです」
そう答えると、ユリウスは嬉しそうに笑った。
大きな鏡の前でも、もう一度見てみた。担当者に裾を整えてもらい、正面から確かめる。
最初に選んだドレスも好きだった。けれど、実際に着た姿を比べると、今のものを着たいと思った。
「どうして、これが似合うと思ったんですか」
鏡の中のユリウスに尋ねた。
「首元の形が綺麗だったから。アストリッドが着たところを見たかった」
「そうですか」
「着てみてよかった?」
「はい」
自分だけで選んでいたら、試さなかったかもしれない。
アストリッドは肩のあたりを見てから、スカートへ目を移した。気になっていた肩の出し方も、今は好きだった。
そのあとも、ユリウスが候補に入れた別のドレスを試した。
袖の形や胸元の飾りを見比べ、撮ってもらった写真も確認する。何度も着替えていると、少しずつ、自分の着たいものが分かってきた。
アストリッドは、ユリウスが選んだ肩を出すドレスの写真をもう一度見た。
「もう一度、こちらを着てもいいですか」
「もちろんです」
担当者が準備をする間に、隣のユリウスを見た。
「ユリウスさんも、試着してみませんか」
「僕も?」
「はい。私も、ユリウスさんが着たところを見たいです」
ユリウスは少し目を見開き、それから頷いた。
「いいよ。どれにしようか」
「新婦様のドレスに合わせて、いくつかご用意できます」
担当者が衣装の写真を見せてくれた。
ユリウスはアストリッドと一緒に見比べ、白いタキシードを指した。
「まずは、これでいいかな」
「私も、見てみたいです」
別の担当者が呼ばれ、ユリウスも試着へ案内された。
アストリッドはもう一度、気になっていた白いドレスに着替えた。靴を履き、鏡の前に立つ。
やはり、これがよかった。
担当者が裾を確認した。
「丈は、少し長さを合わせた方がよさそうですね。こちらのデザインで、お身体に合わせてお仕立てできます」
「この形のままで、お願いできるんですね」
「はい。細かな部分は、採寸の際にご相談いたします」
「ありがとうございます」
気に入ったものを、自分に合うように仕立ててもらえる。それなら、丈を気にして別のものに変える必要もなかった。
元の部屋へ戻ると、ユリウスはすでに鏡の前に立っていた。
白いタキシードに、白いシャツと淡い灰色のベストを合わせている。襟元も整えられていた。
アストリッドは歩く速さを落とした。
ユリウスがこちらを向く。
「どう?」
先ほど自分が尋ねたのと、同じ言葉だった。
答えようとして、もう一度、上着から足元まで見てしまった。
「とても、似合っています」
「そう?」
ユリウスは鏡へ目を向けた。
アストリッドもそばまで行き、隣に立った。
鏡の中には、白いタキシードを着たユリウスと、白いドレスの自分が並んでいた。
一人でドレスを見ていたときより、当日の二人の姿を想像しやすかった。ユリウスも鏡を見ながら、少し身体の向きを変えていた。
「並ぶと、こんな感じなんだね」
「はい」
アストリッドは自分のドレスを見て、それからユリウスを見た。
ユリウスが見立ててくれたこのドレスで、彼の隣に立ちたいと思った。
担当者が二人の姿を撮影した。画面を見せてもらうと、ユリウスが隣から覗き込んだ。
「白いドレスは、これにします」
アストリッドが言うと、ユリウスはこちらを見た。
「決まった?」
「はい。とても気に入りました」
「よかった」
担当者は、アストリッドが選んだ衣装を記録した。
続いて、青いドレスを試着することになった。
最初は、アストリッドが写真で気に入ったものだった。胸元には小さな飾りがあり、スカートには薄い布が重ねられている。
鏡の前で向きを変えると、重なった部分の色が濃く見えた。
好きな青だった。
部屋へ戻ると、ユリウスも別の衣装に着替えていた。こちらも白いタキシードだったが、先ほどのものとは襟の形が違っていた。
アストリッドが近づくと、ユリウスは顔を上げた。
「青もいいね」
「はい。この色が好きです」
二人で鏡の前に並んだ。
ユリウスの衣装もよく見えた。こちらも似合っていたが、アストリッドは最初のタキシードの方が好きだった。
「ユリウスさん」
「何?」
「私は、最初の衣装が好きです」
「じゃあ、あちらにしようか」
「ユリウスさんは、どうですか」
「僕も、あれがいい。白いドレスと並んだところもよかったし」
アストリッドは頷いた。
ユリウスは自分の衣装を決めると、今度はアストリッドのドレスを見た。
「ほかにも着てみる?」
「はい。ユリウスさんが選んだものも、見たいです」
担当者が次の一着を用意してくれた。
ユリウスが選んだものは、深い青だった。上半身の飾りは少なく、腰のあたりから大きく布が重ねられている。
着替えを終えて鏡を見ると、アストリッドはそのまま少し眺めた。
最初の青いドレスも気に入っていた。けれど、こちらは胸元や腰の形が自分に合っているように見えた。スカートの広がり方も好きだった。
試着室を出ると、最初の白いタキシードに着替えたユリウスが待っていた。
こちらを見て、微笑む。
「それも、いいね」
「私も、好きです」
彼のそばまで進み、大きな鏡で確かめた。
「白いドレスのときも思ったんですけど」
「うん」
「ユリウスさんが選んでくださった方が、似合う気がします」
「アストリッドに着てほしいと思って選んだからね」
アストリッドは鏡からユリウスへ視線を移した。
彼は真面目にドレスを見ていた。
自分が着たいものと、ユリウスが自分に着てほしいものは、少し違う。それでも、実際に試してみると、自分でも気に入った。
「こちらも、後ろを見せていただけますか」
担当者に言われ、ゆっくりと向きを変えた。
背中や裾を整えてもらい、写真を撮ってもらう。その間も、ユリウスはそばで見ていた。
そのあと、形の違う青いドレスも試した。写真では似た色に見えていたが、実物は少し明るかった。
それぞれの写真を見比べ、アストリッドは深い青のドレスを指した。
「こちらにします」
「うん。僕も、これが好き」
ユリウスが頷いた。
担当者は、選んだ二着の写真を画面に並べて表示した。どちらも、ユリウスが見立ててくれたものだった。
「二着とも、ユリウスさんに選んでいただきましたね」
「決めたのは、アストリッドだよ」
「はい。でも、一人だったら選んでいなかったと思います」
アストリッドは画面を見た。
写真で好きだと思ったものを着てみて、それから別のものも試した。何着も着替えるのは思っていたより大変だったが、今は、どちらのドレスも着るのが楽しみだった。
「一緒に選べて、嬉しいです」
ユリウスがこちらを見た。
「僕も。たくさん見せてもらえたし」
「本当に、たくさん着ましたね」
「どれも可愛かったよ」
担当者がすぐそばにいるのに、ユリウスはいつもと同じように言った。
アストリッドは少し俯いた。
自分の好きなものを選べたことが嬉しかった。着替えるたびにユリウスが見てくれたことも、同じくらい嬉しかった。
必要な採寸を済ませ、普段着に着替えたあと、今後の確認について説明を受けた。仕立てた衣装は、改めて試着して確かめることになる。
「それでは、本日お選びいただいたご衣装で、準備を進めさせていただきます」
「よろしくお願いします」
アストリッドはユリウスとともに頭を下げた。
担当者が記録をまとめている間、選んだ衣装の写真をもう一度見せてもらった。
隣からユリウスも覗き込む。
白いドレスで二人が並んだ写真を、アストリッドは少し長く見ていた。
「ユリウスさん」
「何?」
「試着していただいて、ありがとうございました」
「僕も見てもらえてよかったよ」
アストリッドは頷いた。
自分のドレスを見てもらうことばかり考えていた。けれど、ユリウスの衣装姿を見るのも嬉しかった。
「結婚式が、もっと楽しみになりました」
そう言うと、ユリウスが微笑んだ。
「うん。僕も」
アストリッドも笑みを返し、もう一度、写真の中の二人を見た。




