01 結婚式の日取り
01 結婚式の日取り
休日の午後、ルーメン家の応接間には、ホテルの担当者が訪れていた。
広いテーブルを囲み、ユリウスの両親とアストリッドの両親が座っている。アストリッドはユリウスの隣に腰を下ろし、目の前に置かれた資料を開いた。
最初のページには、結婚式の日程候補が並んでいた。
「そろそろ、具体的に決めていこうと思ってね」
ユリウスの父が言った。
北部供給施設から始まった一連の調査は、一区切りがついていた。ユリウスの左手も順調に回復している。精密な作業にはまだ時間がかかるが、日常生活では以前より使えるようになっていた。
「手の方はどうだ?」
「順調だよ。リハビリも予定通り」
ユリウスは左手を開き、ゆっくりと握った。
アストリッドもその動きを見た。指先が揃う。入院していた頃には、自分で動かすことさえできなかった手だった。
「医師からも、経過はいいと聞いています」
アストリッドが添えると、ユリウスの父は頷いた。
「それなら、数か月から半年くらいを目安に考えていいだろう」
「ようやく、ゆっくり相談できますね」
母の言葉に、ユリウスの母が笑った。
「最初は、相談する間もありませんでしたものね」
アストリッドは資料から顔を上げた。
「……すみません」
「謝ってほしいわけじゃないのよ」
母はすぐに言った。
「ただ、退院した日に結婚すると言われるとは思っていなかったの」
隣で父も頷いている。
「浮いた話のひとつもなかった娘が、急に結婚すると言えば驚くだろう」
「こちらも同じです」
ユリウスの父が答えた。
「息子が結婚したい相手がいると言うだけでも驚いたのに、すぐに籍を入れて一緒に住みたいと言うものですから」
アストリッドは隣を見た。
ユリウスも、少しだけ困った顔をしていた。
「あのときはお互い、いつ死ぬか分からないと思って早く結婚したかったんだ」
「それは聞いたわ」
ユリウスの母は穏やかに答えた。
「でも、私たちにも心の準備をする時間くらいはほしかったわね」
両家の親たちが笑った。
アストリッドは膝の上で手を重ねた。今になって振り返れば、ずいぶん急だったと思う。それでも、あのときはユリウスと結婚できることが嬉しかった。
母がこちらを見ていた。
「元気そうで、安心したわ」
「元気ですよ」
「ええ。それに、前に会ったときより幸せそうだから」
すぐには返事ができなかった。
父も同じようにこちらを見ている。心配されていたことは分かっていた。けれど、二人の顔を見ると、普段の暮らしについてもう少し話しておけばよかったと思った。
「毎日、幸せです」
正直に答えた。
「ルーメン家の皆さんにも、大事にしていただいています」
ユリウスの母が微笑んだ。
「私たちも、アストリッドさんがお嫁に来てくれて嬉しいのよ」
隣でユリウスが動いた。膝の上に置いていたアストリッドの手に、右手がそっと触れる。
アストリッドはその手を見てから、母へ視線を戻した。
母は小さく頷き、手元の資料を開いた。
ユリウスの父が担当者へ顔を向ける。
「では、説明をお願いします」
「はい。本日は、お日取りと今後のご準備についてご相談させていただきます」
式は、ルーメン家の所有するホテルの結婚式場で挙げることになっていた。
担当者は、配った資料の日程表について説明を始めた。
「こちらが、ご案内できる候補日です。準備期間も含めて、三か月後から半年先までで選んでおります」
アストリッドは日付を順に確認した。
ユリウスが鞄から端末を取り出す。アストリッドも自分の端末で予定を開いた。
定例会議や研修の日程を見比べる。現場対応がいつ入るかは分からないが、前もって決まっている予定は避けられる。
ユリウスが一覧の一か所を指した。
「この日はどう?」
四か月先の、第二土曜日だった。
アストリッドも同じ日を開く。
「大丈夫です」
「僕も問題ない」
担当者が頷き、両家の両親にも予定を確かめた。
全員の都合がつき、式の日取りはその日に決まった。
担当者が端末へ入力する。
「では、こちらのお日取りで承ります」
アストリッドは、資料の日付をもう一度見た。
四か月後。
落ち着いたら式を挙げると話していた。今は、その日を予定表に書き込める。
「準備は、何から始めればいいでしょうか」
尋ねると、担当者は別の資料を開いた。
「まずは会場をご覧いただき、当日の流れをご説明いたします。その際に、ご衣装についてもご希望を伺えればと存じます」
「招待する方についても、確認した方がいいですね」
ユリウスの母が言った。
「家の関係はこちらでまとめるよ。二人が呼びたい人は、別に出してもらおう」
ユリウスの父が答えた。
アストリッドは資料をめくった。招待客、料理、装花、引き出物、衣装。項目は思っていたより多かった。
「格式や規模はこちらで確認するし、準備は担当の者たちが進める。二人は衣装や会場の色、料理などを相談して選びなさい」
「実物を見ながら選ぶのも、楽しいと思うわ」
ユリウスの母が担当者を見る。
「はい。見本をご用意いたします。料理のご試食についても、別途お時間を頂戴できればと思います」
アストリッドは資料へ目を戻した。自分たちで確認する項目に、印を付けていく。
「仕事の帰りでも大丈夫ですか?」
ユリウスが尋ねた。
「もちろんです。ご都合に合わせてお時間を調整いたします。ご衣装の試着など、お時間のかかるものは休日にゆっくりご覧いただくこともできます」
ユリウスがアストリッドを見た。
「最初は休みの日に行こうか。会場も見たいし」
「そうですね」
「来週の日曜日は?」
「空いています」
担当者が予定を確認し、午後からホテルを訪れることになった。
アストリッドは端末へ打ち合わせの予定を入れた。隣でも、ユリウスが同じように入力している。
「会場の装飾について、使いたい色やお好きな花などはございますか」
担当者に聞かれ、アストリッドは顔を上げた。
「好きな色でもいいんですか?」
「はい。まずはご希望を伺い、それに合わせてご提案いたします」
「でしたら、青がいいです」
ユリウスがこちらを見た。
「青?」
「はい。好きなので」
「そうなんだ」
ユリウスの口元が少し緩んだ。
アストリッドは首を傾げた。
「ユリウスさんは?」
「僕は紫がいい」
「紫ですか」
「うん。綺麗な色だと思う」
担当者が二つの色を記録した。
「青と紫ですね。それぞれのお好みに近い色も、次回お確かめいただけるようにいたします」
「アストリッドは、どんな青が好きなの?」
母に尋ねられ、少し考えた。
「深い青です」
隣を見ると、ユリウスと目が合った。
「見ていて落ち着くので」
ユリウスが一度瞬き、それから笑った。
向かいで母も笑っていた。ユリウスの母も、こちらを見ている。
「何ですか?」
「何でもないわ」
母はそう言って、資料へ目を戻した。
アストリッドはもう一度ユリウスを見た。彼はまだ少し笑っていたが、何も言わずに担当者の説明を聞いた。
その後も、今後の打ち合わせについて話は続いた。
二人でホテルへ行って選ぶもの。両家の両親と確認するもの。担当者がまとめてくれるもの。
資料に印を付けていくと、二人ですることも分かってきた。
「本日決まった内容と、今後の予定をまとめてお送りいたします」
担当者が資料を揃えた。
「次の日曜日は、ホテルでお待ちしております」
「よろしくお願いします」
アストリッドはユリウスとともに頭を下げた。
打ち合わせが終わると、両親たちはそのままお茶を飲みながら話し始めた。母がホテルについて尋ね、ユリウスの母が答えている。父たちも、招待客のことで話を続けていた。
アストリッドは端末をもう一度開いた。
四か月後の結婚式と、来週の日曜日の打ち合わせ。
隣からユリウスが画面を覗いた。
「予定、入れた?」
「はい」
ユリウスが左手を差し出した。アストリッドはその手を取った。
ユリウスがゆっくりと指を曲げ、握り返してきた。
「楽しみですね」
「うん」
ユリウスが微笑んだ。
「アストリッドにドレスを試着してほしいな」
「どんなものがあるでしょうか」
「一緒に見よう」
アストリッドは頷いた。
向かいの母がこちらを見ていた。目が合うと、何も言わずに微笑む。
アストリッドも笑みを返し、つないだ手をそのままに、ホテルの資料を開いた。




