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『ノンフィクション白波_被害者遺族の声を聞く』平成9年春季特別号

■電話が鳴るたび、いっそ狂ってしまえたらと願った


「事故の翌日から、自宅の電話が鳴り止まなくなりました。本当に四六時中かかってくるんです。真夜中だってお構いなしでしたよ。

 電話に出ると『息子さんの内臓をかき集めたって本当ですか?』と尋ねる新聞記者や、『息子さんの魂が苦しんでいる。このままじゃ成仏出来ない』なんて勧誘をしてくる怪しい宗教団体。それに『なぜ小さい子供をそんな場所に連れていったんだ』だとか『そばにいたのに助けられなかったなんて母親失格だ』とか、そんな風に怒鳴り散らされることもしょっちゅうでした。

 線を抜けばいいのは分かっていましたが、警察や病院からの連絡を待たなければならず、電話を切ることもできませんでした。

 電話のベルが鳴るたびに気が狂いそうになって……もういっそ、本当に狂ってしまえた方が楽だったんじゃないかと思いました」


 『パシフィック・カルナヴァル号』の悲惨な事故によって、当時わずか六歳だった息子・智広くんを失った佐藤美智子さん(33)は、絞り出すような声で静かに語り始めた。事故から二年。当時よりも体重は10キロ以上落ち、黒髪には白髪が目立つようになったという。

 膝の上に祈るようにして重ねられた手は、いまも微かに震えていた。


■「自分たちだけは安全だ」と思いたい人々の悪意


「家の前にも記者が張り付いていて、外に出るたびに『今はどんなお気持ちですか?』ってマイクを向けられるんです。ずっとそんな調子なものだから、近所の人からも迷惑がられて。最初のうちは心配して見に来てくれていた人たちからも、次第に煙たがられるようになっていきました。

 数か月もすると記者もいなくなって、悪戯電話も少なくなったんですけどね。そうしたら今度は『いつまで被害者ぶってるつもりなんだ』なんて噂話が聞こえてきて。『死んだのは息子でお前はぴんぴんしてるじゃないか』って。

 ……代われるものなら、代わりたいですよ。あの時に私があの子の代わりに死ねる方法があったなら、なんだってやりました。生き残りたくて生き残ったわけじゃないんです」


 本来であれば手厚くケアされるべき立場である遺族が、なぜこのような執拗な二次被害と誹謗中傷に晒されなければならないのか。佐藤さんは静かな眼差しでこう分析する。


「自分たちは違うって、そう思いたいんでしょうね。『自分たちならばあんな危険な場所には連れていかなかった』『自分たちならば咄嗟に子供を庇えた』って。それが出来なかったのは私が母親失格なだけで、自分たちにはそんな悲劇は起こらないんだって、そう信じ込みたかったんだと思います。

 誰も、不条理で突発的な悲劇なんて信じたくないんですよ。自分の手が届かない恐ろしい出来事が、いつ自分に降りかかってくるか分からないなんて……。そんな恐怖から目を背けるために、私に石を投げつけることにしたんです。落ち度のある『犯人』を作り上げてしまえば、目に見えない恐怖からは逃げられますから」


■片足のない子に『大げさだ』と怒鳴り散らす人々


 佐藤さんを襲った不条理はそれだけではなかった。事故の後、被害者同士が肩を寄せ合い、近況を語らうために作られた「遺族と被害者の会」の集会にまで、心ない野次馬が乗り込んできたのだという。


「あれは本当に恐ろしかった。突然、会場の扉が開いて見知らぬ男が入ってきて『会社から多額の金をむしり取るための被害者利権だ』『いつまで悲劇の主人公を気取ってるんだ』って怒鳴り散らしたんです。

 参加者の中には、事故で重傷を負った生存者の方々も多くいらっしゃいました。まだ16歳なのに片足を根元から失うことになって、今後ずっと車椅子生活になる高校生の子もいたんです。それなのに『大げさに具合が悪いふりをして、手当金をせしめるつもりだろう』なんて言うんですよ。片足がなくなっている子に対して、どうしてそんな言葉が投げかけられるのか……。

 可哀そうに、その子はすっかり怯えてしまって。それ以来、会の集まりには一度も顔を見せなくなってしまいました」


■答えのない「どうして」を抱えて


 事故の報道が去った後も、遺族やサバイバーたちの日常には重い陰影が落とされたままだ。佐藤さんは「今後のことは、まだ何も考えられない」と遠くを見つめる。


「どうして、って。とにかくそればかりなんです。どうして、何でって……悲しいという気持ちより先に、頭の中が疑問でいっぱいになってしまうんです。何で智広があんな酷い目にあわなくちゃいけなかったのか。智広は何も悪いことなんてしていないのに。

 理由なんてないのは分かってます。でも、頭に浮かぶのは疑問符ばかりで。

 街で同い年くらいの子を見かけるたびに、胸が締め付けられます。あの子たちはあんなに元気に走り回っているのに、どうして智広は冷たい土の中にいるんだろうって。本当に馬鹿な話ですけどね、……。

 時々、恐ろしい感情が湧いてくることもあるんです。あの子たちのうちの誰かが、智広の代わりに死んでくれれば良かったのにって。誰かを犠牲にすることで、智広が取り戻せたらいいのに、だとか。ええ、最低な考えだって分かっています。

 ……きっとこれからも、ずっと同じなんだと思います。納得できる理由なんてどこにもない。どうして、どうしてって、暗闇に向かって問い続けながら生きていくんでしょうね」


 事故の記憶が世間から薄れていっても、遺族にとってあの惨劇は「永遠に終わらない今日」として居座り続ける。佐藤さんの息子・智広くんの冥福を祈るとともに、理不尽な暴力を生み出した巨大な船と社会構造への不信を抱きつつ、ペンを置きたい。

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