横浜・進水式で惨事…7人死亡、13人重軽傷/たいよう新聞 1995年4月16日(社会面)
■極太ロープが破断、群衆を薙ぎ払う 横浜港の進水式で阿鼻叫喚
15日午前11時頃、横浜港のドックで行われていた大型豪華客船『パシフィック・カルナヴァル号』の進水・命名式典の最中、船体を岸壁に繋ぎ止めていた極太の係留索が引張荷重に耐えかねて突然破断した。
跳ね上がったロープの直撃を受けた見物客や関係者のうち7名が全身強打や身体切断により現場で即死、または搬送先の病院で死亡。跳ね返ったロープや衝撃で砕け飛んだ金属製ボラード(繋船柱)の破片を浴びた13名が重軽傷を負う大惨事となった。
■歓声が一瞬で悲鳴に 「人間が弾けた」
事故当時、会場には地元マーチングバンドの華やかな演奏が響き渡り、大勢の立ち合い客や市民で賑わっていた。しかし午前11時過ぎ、突如として「パン!」という発砲音のような重い爆音とともに現地の空気は一変した。
「何かが爆発したのかと思った」
見物客として訪れていた長谷川浩二さん(34・会社員)は、事故の瞬間を思い出し震えながら語ってくれた。
「何が起きたのか分からなかった。最前列にいた人の身体が、吹っ飛んだのではなく文字通り破裂したんです。そこにいたはずの人が一瞬で赤い肉塊になって弾け飛んで……」
巨大な弾力を持ったロープが時速数百キロの猛スピードで暴れまわり、式典席を一直線になぎ払った。降り注ぐ肉片と血煙を浴びたマーチングバンドの奏者たちが悲鳴をあげて楽器を投げ出し、誰もが目撃した惨劇を信じられぬまま呆然と立ち尽くした。
直撃を受けた犠牲者の中には、衝撃で上半身と下半身が分断されながらも、なお肉体をくねらせて地面を這おうとする凄惨な光景も見られたという。また、跳ね返ったロープが掠った者も、足や腕を根元から切断されるなど現場は地獄絵図と化した。
■「中に戻して」内臓を掻き集める母親の狂乱
惨劇の直後、現場には事故の衝撃をはるかに超える悲痛な叫びが響き渡った。
腰のあたりで身体を真っ二つに切断された幼い被害者・佐藤智広くん(6)のもとへ駆け寄った母親は、溢れ出る内臓をなんとか手で掬い上げ、体内へ戻そうと狂乱状態で泣き叫んでいたという。
「まだ生きているんです! あたたかいんです! お願いだから手伝ってください!」
血まみれの我が子を抱きかかえ、叫び続ける女性を前に、周囲の誰もが絶句して動くことができなかった。
駆けつけた救急隊員もまた、一面血の海と化した現場の惨状に一時足がすくむほどであったという。女性は駆け寄った隊員にすがりつき、「早く中身を元に戻して」と涙と血で顔をぐしゃぐしゃにして訴え続けたが、搬送を試みる間もなくその場で死亡が確認された。女性は事切れた我が子を抱いたまま、呆然と「まだ間に合う」と呟き続けていたという。
■「重軽傷」という言葉の裏にある凄絶な後遺症
負傷した13名は市内の病院へ搬送され治療を受けているが、うち数名は頭部外傷や内臓破裂により意識不明の重体が続いており、予断を許さない。
また、一命を取り留めた生存者についても、肢体の切断や骨盤の粉砕骨折など深刻な障害を負った者が多く、「重軽傷」という言葉では片付けられない爪痕を残している。
豪華客船の門出を祝うはずだった式典は、一瞬にして7人の命を奪う惨事へと姿を変えた。果たして事故の原因は安全管理の怠慢か、それとも製造上の欠陥か。警察および海上保安庁は業務上過失致死傷の疑いも含め、厳しく追求する構えだ。
一生消えない肉体と精神の傷を負った被害者、そして突如家族を奪われた遺族に対し、運航会社および造船所がどのような誠意を見せるのか、厳しい目が向けられている。




