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和歌山県・吉野熊野沿岸部漁村における集団事故/にちなか新聞 1997年12月2日面

 集団食中毒か 和歌山・端午村で住民全員が倒れる

 神罰か、奇習の悲劇か――恵比寿講の夜に何が起きたのか


 和歌山県東牟婁郡の沿岸部に位置する集落・端午村にて発生した、集団食中毒とみられる異変の全容が次第に明らかになってきた。

 事件が発覚したのは21日の昼過ぎ。隣町の派出所職員が「村と連絡が取れない」との通報を受け、現地へ様子を見に行ったことで発覚した。

 端午村では前日の20日に村をあげての「恵比寿講(えびすこう)」を行っており、その際に振舞われた豚汁を食べたことによって激しい集団食中毒が発生したものと思われる。現在、警察および医療・研究チームによって現地で原因究明が行われている。


■あまりにも静かだった


 知らせを受け、駐在とともに現場へ向かった隣村の住民・浜田隆司さん(漁師・57歳)は発見当時の凄惨な様子をこう語る。


「村に近づいて行っても、波の音以外は何の音も聞こえなかった。ただ、空気に妙に甘ったるい、腐敗したような脂の匂いが混ざっていた。村の中央広場に入ると、そこに大勢が倒れていた。一体何が起こっているのか理解できなかった。誰ひとりぴくりとも動かないもんだから、こりゃ不味いということになって慌てて方々に連絡した」


 その後、警察関係者が駆けつけ、事の重大さが明るみに出ると現場は蜂の巣をつついたような騒ぎになったという。


「たいていの奴は広場で倒れてた。けど全員じゃない。見つからない奴もいた。どこを探しても見つからなかったから、狂って海に飛び込んだのかもしれない」


 食中毒を起こし苦しんでいる最中に、なぜ海へ飛び込んだのか。捜索と調査結果が待たれる。


■なぜ豚汁を食べたのか


「恵比寿様ってのは肉類がご法度なんだ。それをよりによって恵比寿講で振る舞うなんて何を考えていたのだか。罰が当たるとは思わなかったのか」


 近隣の漁村からは、そうした困惑と恐怖の声が上がっている。


 恵比寿講は、八百万の神々が出雲へと発つ「神無月」において、留守を守る恵比寿神を各家庭や地域に招き、供物をもって歓待する「神迎え」の儀礼である。他神が不在のなか、家々や集落へ直接的に神霊が降臨するため、その場に「穢れ(けがれ)」が立ち入ることは厳しく戒められ、古くから過酷な「神罰」や「祟り」の伝承とともに恐れられてきた。


 神道における祭礼儀礼では、明治以前の肉食禁断令や仏教的忌避に由来し、「四足の肉」は代表的な穢れとして神域への持ち込みや食害が禁じられてきた経緯がある。恵比寿講における直会(なおらい)においても、供物や膳には魚類や野菜が用いられるのが本義であり、四足の肉を食すことは神気の途絶や神の憤怒を招くと解釈されてきた。さらに地域によっては、神話的禁忌から鶏肉や卵すら忌む例も少なくない。


 しかし現代において、こうした禁忌意識の薄れは著しい。近年では都市部の恵比寿市などで焼き鳥等の露店が出店され、伝統を重んじる氏子との間で感情的な対立を生んだ事例も観察されている。


 かの事件の当日、端午村の祭礼において豚汁(すなわち四足の肉)が振る舞われていたという記録は、単なる偶然や近代化のあおりと片付けるには、あまりに示唆的である。それが神の祟りであったか否かを科学的に検証することは不可能であるが、古来の禁忌を踏みにじったという事実が、いまなお周辺住民の心理に重い陰影を落とし続けていることは紛れもない事実である。


■恵比寿様は「祟る神」でもある


「恵比寿様は豊漁をもたらす福の神としてのイメージが強いですが、祀り方を誤ると恐ろしい祟りをもたらす神でもあります」


 そう語るのは、筑紫国立大学文学部で文化人類学を研究している佐久間善司教授である。


「端午村には半年ほど前に珍しい恵比寿様(漂着神)が流れ着いたという話を聞き、私も一度足を運んで見せていただく機会を頂戴いたしました。今回の祭りは、その新たな恵比寿様を祀るために殊更盛大に執り行われたものだったのでしょう。しかし、祭りの最中に禁忌を知らない者が混ざっていたのか、豚汁が振る舞われてしまった。これが恵比寿様の怒りを買ったのではないかと言われているのです。

 実際のところは、集団食中毒などが発生したと見るのが医学的には正常でしょう。しかし、世の中にはタイミングというものが存在します。今回は奇妙な、そして不幸な符合が存在してしまった」


 佐久間教授は「呪い」という見方を否定しつつも、古くからの禁忌を軽視することの危険性を警告する。

 なお、村に祀られていた「恵比寿様」とされる漂着物は、佐久間教授が一時的に預かり、大学の研究室で調査が行われる予定だという。


「一見したところ龍涎香(りゅうぜんこう)ではないかと思います。詳しく調べてみないとはっきりしませんが、手に持ってみると仄かに甘い香りがしてきました。大学で分析を実施したのちには、然るべき場所で改めて祀っていただく予定です」


 龍涎香とは、マッコウクジラの腸内に発生する結石で、非常に希少かつ甘い香りが特徴の漂着物のことである。

 果たしてこの惨劇を引き寄せたのは、この甘い香りのする「恵比寿様」なのか。

 豚汁の代償としては、あまりにも大きすぎる悲劇であった。

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