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海洋学の専門家に聞く:漂流船『パシフィック・カルナヴァル号』奇跡的帰還のメカニズム(2026年4月19日)

 大型客船『TMC オーシャン・フロンティア』と、30年前に消息を絶った大型漂流船『パシフィック・カルナヴァル(以下、カルナヴァル号)』の衝突事故から四日が経過した。

 現地・和歌山県串本港沖は依然として悪天候が続いており、カルナヴァル号の捜索および状況把握は難航している。海上保安庁の発表によれば、カルナヴァル号は衝突による船体損傷から浸水が進んでおり、このままでは数日内に沈没するおそれがあるとして、二次災害を防ぐため、至急捜索と船体調査を進める構えだ。


 一方世間では、30年余りにわたり行方不明となっていた巨大客船が、なぜこのタイミングで和歌山沖へと現れたのか、様々な推測や議論が飛び交っている。

 海洋物理学を専門とする東京海洋大学の仙川高次教授は、今回の事象について「科学的・理論上の可能性として」と前置きした上で、カルナヴァル号が辿ったと考えられる環流ルートについて説明する。


「結論から言えば、漂流の確率としては極めて低いと言わざるを得ません。ですが海流の理論上、博多湾を出発したカルナヴァル号がいずれかの海域で機関停止・漂流を開始し、黒潮に乗って北上したのち、偏西風と北太平洋海流に押し流されたとすれば、数年をかけてアメリカ西海岸沖まで到達します。

 そこからカリフォルニア海流に乗って南下し、渦の停滞域である『太平洋ゴミベルト(亜熱帯収束帯)』へと捉えられたはずです。

 船体がこのゴミベルトに数年から十数年留まった後、何らかの気象条件で渦を脱出し、北赤道海流に乗って西進。再び黒潮、あるいは親潮との境界海域に入り込んだと仮定すれば、太平洋を大きく1周して再び日本の近海へ戻ってくるルート自体は存在します。

 これは決して机上の空論ではありません。1992年に発生した『フレンドリー・フローティーズ事故』――コンテナ船から大量のプラスチック製アヒル玩具が流出し、ゴミベルトを経由して何年もかけて太平洋を周回・漂着した事例によって、この環流メカニズム自体は証明されています。近年でも、2011年の東日本大震災で押し流された漁具や建造物の欠片が、ゴミベルトを経由して10年以上を経て再び日本近海で回収されたケースがあります」


 しかし、と仙川教授は表情を曇らせる。


「問題は、それが『数万トン級の大型船舶』で起こり得るかという点です。いくら1990年代半ばに建造された強固な船体とはいえ、一切の保守・整備がされないまま、過酷な外洋の塩害や荒波に晒され、30年間沈没もせずに漂流し続けるなど本来は考えられません。物理的な耐久性の観点から見ても、極めて不可解と言わざるを得ないのです」


 海洋物理学的に「経路として成立すること」と、実際に「大型船が30年持ちこたえて戻ってくること」の間には、あまりにも大きな隔たりが存在する。

 しかし、どれほど確率がゼロに近くとも、30年の時を経てカルナヴァル号が不気味な姿を現したのは紛れもない現実である。


「他に可能性があるとすれば、犯罪組織によって密輸船として使用されていたパターンです。海上で船を奪われ、それが何十年にもわたって無断で使用され続ける。その場合は定期的な整備もなされ、船体を保つことも可能でしょう。

 しかし、やはりここでも『数万トン級の大型船舶』であることがネックとなります。これがタンカーであれば話は変わりますが、この規模の大型客船を密輸船として扱うのはあまりにもリスクもコストも高すぎる」


 果たして漂流船となったカルナヴァル号は、長い年月を経て海上のどこへとたどり着いたのだろうか。

 そして今またなんのために戻ってきたのか。

 人々の不安が募る中、原因究明のための本格的な現場調査が待たれている。

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