カルナヴァル号を降りた乗客が語った不気味な光景/『奥の裏道』平成11年秋季特別号
■「幸せで、希望に満ちあふれているように見えました」
豪華客船『パシフィック・カルナヴァル号』で発生した一連の不可解な事件。その中で、洋上で起こった集団自殺事件のあとに途中下船して九死に一生を得た三守陽子さん(仮名・45歳)が、事件発生直前に目撃した恐ろしい光景を語ってくれた。
三守さんは結婚25周年の銀婚式記念として、夫とともにカルナヴァル号へ乗船した。折角の記念だからと奮発し、最上階近くのペントハウススイートを取ったのだという。
当初は順調だった航海の最中、三守さん夫妻はラウンジでとあるグループと知り合うこととなった。当時の印象を振り返り、三守さんは静かに目を伏せる。
「カフェラウンジで何度かお会いして、それから少しずつ言葉を交わすようになったんです。
中にはまだ30代の若い女性もいて『こんな贅沢な旅行は人生最後になるから、思い切って奮発しました』だなんておっしゃっていて。『まだそのお歳なら、いくらでもチャンスはあるじゃない』なんて笑って返したんですよ。……まさか、それが本当に『人生最後』のつもりだったなんて、思いもよりませんでした」
三守さんが親しくなったグループ、――それこそが、かつて1995年の進水式事故で家族を奪われた「被害者遺族」の集まりだったのだ。
後にこのカルナヴァル号に乗船した遺族グループは、航海中に全員が船内で自殺遺体として発見されることになる。
「あんな悲惨な過去を背負っているなんて、到底思えませんでした。本当に、みなさん幸せそうに見えたんですよ。いつも綺麗なお洋服を着て、テーブルを囲んで楽しそうに笑ってらっしゃいました。まるで新婚旅行のときの自分たちを見ているかと思うほど、心の底から幸福が湧き出しているような……眩しいほどの希望に満ち溢れていたんです。
何でそんなに嬉しそうなのか、尋ねてみたこともありました。そうしたら『もうじき、世界で一番愛おしい相手に会えるから』って、微笑みながらおっしゃって。
だから私はてっきり、寄港先の港のどこかで離ればなれだったご家族や恋人と合流するんだろうな、と思い込んでいたんです」
■「今も、ここにいるのよ」
しかしその後、三守さんはバーラウンジで彼らの狂気の一端に触れ、背筋の凍る思いをすることになる。
「バーで一緒にお酒を飲んでいた時でした。『よほど大事な人に会いに行かれるんですね』って重ねて尋ねたんです。そうしたら、あの女性が嬉しそうに笑って、小さな小箱を見せてくれました。手のひらサイズの可愛らしいオルゴールです。
それで……『ええ、そうなの。今もここにいるのよ』って言いながら、蓋を開けて中を見せてくれて。
最初は何か分かりませんでした。白い石か、珊瑚の欠片かな……なんて思ったんです。でも、先に異変に気付いたのは夫でした。私の袖口を強く引っ張って、顔色を無くして私の目を見つめていて。それで私もハッとしたんです。
……それは、小さな人骨でした。分骨したご遺骨をオルゴールに入れて、持ち歩いていたんです。
それが骨だと理解した瞬間に、頭が混乱してしまいました。今まで聞いていた話とまるで辻褄が合わなくなったからです。後に、彼らが『あの事故』の遺族だと分かって、ますます恐ろしくなりました。
だって彼らは、あまりにも心から幸せそうに『もうじき会える』と語っていたんですから。でも、そんなこと絶対にあり得ないじゃないですか。……ああ、この人たちはみんな狂ってしまっているんだ。狂っているから、こんなにも幸せそうなんだって……」
■「甘い匂いのする恵比寿様」
日常のすぐ隣に潜んでいた底なしの狂気。三守さんは「思い出そうとすると今でも震えが止まらなくなる」と肩を抱く。
「だから、後になってあの人たちが船内で集団自殺したって聞いたときは、不謹慎ですが……むしろほっとしたんです。これで、あの異様な空気から解放されたんだって。
でも、やっぱり恐ろしくてたまらないことがあります。自殺される少し前、彼女はこんな風にも言っていました。『船が大好きだった息子が、もっと長く船に乗っていられるようにしてあげる』って。それが本当はどういう意味だったのか、私には分かりません。ただ……あのご遺骨を、船のどこかに隠してしまったんじゃないかって、そう思えてならないんです」
さらに三守さんは、遺族グループの中心にいた「ある人物」の所持品についても言及した。
「遺族の集まりの中に、大学教授だという文化人類学の先生がいらっしゃったんです。その方は奥様のご遺骨と一緒に、もっと奇妙なものをお持ちでした。
『恵比寿様だ』とおっしゃっていました。海を渡るための御守りなのだと。少しの間だけ巾着袋から出して見せていただいたんですが、それは500円玉より少し大きいくらいの、丸みを帯びた奇妙な石のように見えました。でも……それを袋から出した瞬間、その場にとてつもなく甘い、重苦しい匂いが立ち込めたんです。
私はその甘い匂いのせいか、それともお聞きした話のショックからか、途端に激しい吐き気に襲われて……夫に抱えられるようにして自分の部屋へ逃げ帰りました」
その後、隠された遺骨と「恵比寿様」がどうなったのか。三守さんは静かに首を横に振る。
「分かりません。ただ、きっとあのまま船の中に残されたんじゃないか……誰の目にも触れない場所に隠されたんじゃないか、と……。
結局、私は体調が戻らなかったことと、あの集団自殺の事件に耐えきれなくなって、博多湾で荷物をまとめて下船しました。もしあのまま船に乗り続けていたら、私たち夫婦はどうなっていたのか……今でも恐ろしくてたまらないんです」




