孤独
白鷺女学院高等部1年A組の担任教師竹中は、バスの中で生徒たちに言った。
「あと10分ほどで、東京愛育総合センターに到着します。今日の社会科見学はとても重要な学習です。くれぐれも私語は慎んでください。白鷺女学院の生徒として、恥ずかしくない行動をお願いします」
「はーい」
生徒たちは元気に返事をした。
東京愛育総合センターとは、銀河系人が運営している地球人の生殖の一部を担う施設である。銀河系人といっても実際に施設内で作業をしているのは、地球人そっくりに造られたアンドロイドで、銀河系人はいない。見学ツアーの案内員は地球人である。
竹中教師と生徒たちが到着したバスから降りたところに、案内員がすでに待っていた。細身で背の高い男性である。
「白鷺女学院の皆さん、私は案内員の長谷川です。今日はよろしくお願いします。質問があれば何でも聞いて下さい」
長谷川は胸に付けたネームプレートを指差して言った。
「よろしくお願いします」
竹中と生徒たちは軽く会釈をしながら答えた。
「それでは皆さん、このシールを服の胸の辺りに貼ってください。センターに入る際の許可証になります。シールには通信機能がありまして、各フロアごとにチェックされます」
長谷川はシールを配った。シールには『見学者』とプリントされていた。
「では私について来てください」
センターの周囲は公園になっていて、たくさんの花々が訪れる人たちを迎えてくれる。非常に手入れが行き届いていて、美しい噴水まである。長谷川が言った。
「正面に見える乳白色のドームが愛育総合センターです。実はこの建物は、直径約300mの球体の形をしていて、地上に見えているのはその上層部です。残念ながら、地下の下層部には地球人の立ち入りが禁止されています」
「はい」
と生徒の一人が手を挙げた。
「質問ですね。どうぞ」
「地下には何があるんですか?」
「小型のワープゲートがあります。月の地下にある胎児保育センター、通称『月のゆりかご』と通じています。どのような方法で育てられているのか、地球人は知ることができません。そのかわり、銀河系人は強い責任感を持って大切に胎児を育ててくれています」
ドームの入り口までは、広く長いアーケードになっている。その下を通り抜け、開け放しの広いドアをくぐると、エアカーテンの風が体に当たる。風は暑くも寒くもなく、快適であった。
入り口を入るとすぐに、広くて明るく天井の高いエントランスがあり、所々にベンチも設置されていた。
また、壁や天井そのものが柔らかく発光して、照明の役割を果たしていた。
エントランスの奥まで来ると、長谷川が説明を始めた。
「日本には東京の他にもう一ヵ所、大阪に愛育総合センターがあります。世界には合計で60ヵ所です。1施設あたり毎日約1700人の新生児が受け渡されています。今、皆さんが入って来たのは中央入り口です。中央から向かって右側、東口には凍結受精卵を提出する人専用の入り口があり、左側、西口は新生児を授かる人専用になっています。東口と西口はプライバシーと警備上の理由で見学はできません」
明日香は、大規模な施設に戸惑っていた。そして、ジョウ博士が言った「普通の女の子じゃないんだから」という言葉が頭から離れない。理由のわからない気持ちの落ち込みを感じる。
山田真希が小声で話しかけてきた。
「どうしたの? 体調悪い?」
「あっ、ごめん。大丈夫。ちょっとボーッとしちゃった」
「無理しちゃだめだよ」
「うん、ありがとう」
「次はエレベーターに乗るみたいだよ。行こう」
エレベーターを降りると、そこは凍結受精卵を提出する窓口のモデルルームになっていた。
「これが凍結受精卵を入れるカプセルです。どうぞ順番にお手に取ってご覧ください。これには受精卵は入っていないのでご安心を」
長谷川は前にいる生徒にカプセルを手渡した。
「このように細長い卵のような形をしています。両親の名前、個人識別番号、暗証番号、生体認証などのデータも入っています。ではこちらでホログラム動画をご覧ください」
長谷川が紹介した動画では、凍結受精卵をを提出する際のアンドロイドのスタッフとのやり取りが写し出されていた。アンドロイドのスタッフはとても穏やかで丁寧な対応をしていた。そして最後に微笑みながら言った。
「責任を持ってお預かり致します」
カプセルを最後に受け取った明日香は、少しだけそれを見つめた後、長谷川に返した。
動画が終わり、長谷川は言った。
「残念ながら、すべての受精卵が新生児となるわけではありません。遺伝子異常などで胎児が死亡してしまうことがあるからです。その場合は両親に連絡が届くことになっています」
次に通されたのは、新生児を授かる窓口のモデルルームだった。かご型のベビーキャリーが広い受付テーブルの上に置かれていた。中には新生児の人形が小さな布団を掛けられ、寝かされている。
「わあ、小さい」
生徒の何人かが言った。
「それではまた、ホログラム動画をご覧ください」
動画ではアンドロイドのスタッフが両親の身元確認を慎重に行い、受け取ったベビーキャリーを持って、部屋の奥のエレベーターに入っていった。数分後、新生児が寝かされたベビーキャリーを持って出て来た。そして、にこやかに微笑みながら、
「おめでとうございます」
と言い、受付テーブルの上にそっと置いた。
両親は目を細めて我が子を見つめ、幸せそうに親子三人で部屋を出ていく。
「ありがとうございます」
とお礼を言いながら。
アンドロイドのスタッフは笑顔で見送る。
「はい、以上で動画は終了です。皆さんもいつか大切なパートナーと一緒に、ここを訪れるかもしれませんね」
と、長谷川が言うと生徒たちは
「きゃあ、大切なパートナーだって」
「ええ、ちょと恥ずかしいかも」
「いつか来れるかなあ」
「はい、皆さん静かにしてください」
担任の竹中が注意した。
「残念ながら」
と、長谷川はまた言った。
「やむを得ない理由で、新生児を受け取りに来ることができない両親もいます。不慮の事故などで両親ともに亡くなってしまったり、また、カップルが別れてしまったり。その場合は、親族や養父母登録されている人の中から適性を考慮して、選ばれた家庭に養子として引き取られていきます。が、どうしても引き取り手の無い新生児は養護施設に送られます」
見学ツアーが終わり、竹中と生徒たちは長谷川に
「今日は、どうもありがとうございました」
と、お礼の挨拶をし、バスで帰途についた。
バスの中で生徒たちは、将来のパートナーについての話題で会話を楽しんでいた。
だが、明日香だけは無言だった。今日の見学も、将来のパートナーの話も、自分には関係が無いように思えた。そんな明日香を真希は心配して、話しかけて来た。
「今日は疲れたね。大丈夫? ずっと元気無いみたいだったから」
「うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。私も疲れたかな。家に帰ったらのんびりしよう」
明日香は帰宅するなり、サクラを抱いて自室に行った。
「ん? 帰って来たのか?」
トーマスが気付いた。明日香の部屋の前まで行き、ドアをノックした。
「お帰り明日香。大丈夫かい? 部屋に入ってもいいかな?」
「…………いいよ」
トーマスが部屋に入ると、明日香はサクラを抱いて、ベッドに横になって壁側を向いていた。トーマスはベッドに腰かけて言った。
「今日の社会科見学で、何かあったのかい? 良かったら話してごらん。溜め込むよりはいいから」
「―――になりたい」
「ん? 何だって、今何と言った?」
「普通の女の子になりたい!」
明日香の目は潤んでいた。
少し間をおいて、トーマスはゆっくりと話し始めた。
「もしかして、社会科見学では孤独を感じたのではないかい? 無理もない、確かに明日香は普通の女の子ではないのだから。でもね、少なくとも私とジョンは君を心から愛しているよ。大切な最愛の娘だ。将来、妊娠と出産を経験することになろうとも、私たちは、明日香の人間としての、また女性としての尊厳を全力で守ると約束する。例えジョウ博士が何と言おうともね。パートナーとなる男性も自分で選んで良いんだよ。普通の女の子と同じように恋をしてもいいんだよ」
明日香はサクラを抱いたまま、起き上がった。
「本当にいいの?」
「ああ、いいとも。その代わり、まずは私とジョンにその彼氏を紹介しておくれ。わかってると思うが、いきなりセックスは無しだよ」
「もちろん、わかってるよ!」
「やっと笑顔を見せてくれたね。良かった」
そう言って、トーマスは明日香を抱きしめた。
明日香は、社会科見学の間、自分が孤独を感じていたことを自覚した。そして今、トーマスの言葉によって、完全に孤独では無いことも理解した。普通の女の子のように恋をしてもいい、パートナーを自分で選ぶこともできる。心の中の霧が晴れたようだった。
「ただいまー」
玄関からジョンの声がした。明日香とトーマスの二人が出迎えた。
「おかえりー」
「あら、二人でニコニコして、何かあったの?」
「トーマスに相談に乗ってもらったの」
トーマスはジョンに言った。
「後で話すよ」
「今日の夕食はシチューよ。明日香ちゃんも手伝って」
「はーい」
シチューを食べながら、明日香は言った。
「この間の青いバイクの人からもらったカードのお店、行ってみたいんだけど。できれば三人で。いいかな?」
「なんてお店なの?」
「お店の名前は『風輪亭』って言うの。調べたらハンバーガーがおいしいんだって」
「まあ、食べてみたいわね。トーマス、今週末にでも行ってみない?」
「バイカーが集まる店なんだろう? 場違いじゃないかな?」
「向こうから誘ってきたんだよ。大丈夫だよ。行こうよ」
明日香はもう一度、あの青いバイクが見たくてたまらなかった。もしかしたら、触れるかもしれない。
「よし、じゃあ三人で行こうか」
「やったー!」
明日香は青いバイクのことで頭がいっぱいだった。授業中も集中できず、窓の外を眺めては、自分がバイクに乗っているところを想像して顔が微笑んでしまうのだった。当然、何度も注意された。
休み時間に、真希が話しかけて来た。
「最近どうしたの? 心ここにあらずって感じだよ。もしかして、彼氏ができたとか」
「ええ、違う違う。実はさ、今週末に『風輪亭』ってハンバーガー屋さんに家族で行くんだ」
明日香は、なぜ『風輪亭』に行くことになったのか、いきさつを話した。
「その青いバイクの人は、窓ガラスに押し付けてた明日香の変顔が見たくて、車と並走してたんじゃない」
「ああ、そうか。今気づいた。ヘルメットの中の顔が笑ってたみたいだった。ちょっと恥ずかしい」
「ちょっとじゃなくて、かなり恥ずかしいよ」
二人は笑い合った。
週末の夜がやって来た。
プレンティス家の三人はお腹を空かせて、自動運転車に乗り『風輪亭』に向かった。
その店は坂道のカーブに差し掛かった場所にあった。ログハウスで、『風輪亭』と大きく書かれた板が立て掛けてあった。店の前の駐車場には、バイクがたくさん並んでいた。
明日香はその中から、あの青いバイクを見つけ、
「あっ、バイクがあるからあの人いるよ」
三人は、少し緊張しつつ店内に入った。
「いらっしゃいませ、空いてるお席へどうぞ」
明日香はあのカードを、声をかけて来た店員に見せて
「このカードをくれた人、いますか?」
「ああ、これね。少しお待ちを。……アル!、あんたのお客だよ」
店員は店の奥に声をかけた後、明日香たちに向き直り、
「掛けてお待ちくださいね」
三人がテーブル席に掛けて待っていると、アルと呼ばれた青年が注文を取りにやって来た。
「いらっしゃい。よく来てくれたね、うれしいよ」
アルは明日香の方を向き、
「今日は普通の顔だね、その方がいい」
微笑みながら言った。
明日香はとても恥ずかしくなりながらも、
「今日は両親と一緒に来ました。両親のトーマスとジョンです。私は明日香って言います。あの……あとで青いバイクを見せてもらってもいいですか?」
「もちろん、OKだよ。俺の名前はアルバロ、アルって呼んでくれ。良かったらバイク乗って見るかい? 俺、もうすぐシフト上がりだから、この周辺を走ってもいいよ。ヘルメットもあるし」
「ええ! 本当、うれしい。やったー! ありがとう」
トーマスとジョンは、顔を見合わせた。
「ちょっと明日香ちゃん、危なくないかしら?」
とジョンが言った。
「ご心配なく、しっかり安全運転で走りますから。ところでご注文は?」
明日香は憧れの青いバイクを目の前にして、心が弾んでいた。ヘルメットをかぶせてもらい、タンデムシートにまたがった。顔が自然とほころぶ。胸がドキドキする。
アルが説明した。
「足はここのステップに乗せて、できるだけ動かさないように。そう、その位置。手はここのバーに届くかい? うん、ちょっとぎりぎりかな。じゃあ俺の腰につかまって」
トーマスとジョンは、やっぱり心配だった。だが、あまりにも嬉しそうな明日香の様子を見て、止めることはできなかった。
アルと明日香の二人がバイクに乗り、全固体電池からの電気でモーターが音を発し始めた。
「それじゃあこの近くを一回り走ってきます。スピード控えめで安全運転で行くので、安心して待っててください」
明日香はアルの腰につかまった。そういえば、トーマスとジョン以外の男性につかまるのは初めてだ、と思いながら。
「よろしくお願いします」
トーマスは言った。
「しっかりつかまってるのよ!」
とジョンが言った。
「大丈夫だよ! 行ってきまぁす!」
二人が乗った青いバイクは発進し、夜の闇の中に小さくなっていった。




