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世紀末物語~ヒトが生まれない惑星地球~  作者: 玉井 マリト
第二章

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出逢い

 広島市は、核兵器廃絶と世界平和が成し遂げられた事を心か

 ら歓迎します。これは被爆者をはじめ、核兵器の無い世界を

 望んできた人々の努力よりも、銀河系人という外圧によるも

 のと言えます。しかし今後、この状態を維持するのは私たち

 です。恒久平和の実現に向け、力を尽くします。

 2010年9月21日 広島市長 秋本隆利



 地球――22世紀末。


 日本、東京。     


 明日香プレンティス

 16歳の小柄な少女は、教室の電子黒板に自分の名前を書いた。その文字はたどたどしく、まだ日本語に慣れていないことがわかる。

 担任教師の竹中は生徒たちに言った。

「明日香プレンティスさんは日本人ですが、日本に来てから間もないので、皆さんいろいろ教えてあげて下さい。じゃあ自己紹介をお願いします。簡単で良いですよ」

 明日香が、同年代の少女たちと接することは、これまで生きて来て初めてだった。何をしゃべったら良いのか、全く言葉がうかばず、頭の中が真っ白な状態になってしまった。

 すると、生徒の一人が手を上げ質問をしてきた。

「今までどこで暮らしてきたんですか?」

「ラ、ラスカです」

「あっ、聞いたことある。珍しい鉱石がいっぱい採れる星だよね。いいなあ、恒星間ワープゲートを使って来たんでしょう。私も使ってみたい」

「ラスカの重力は、地球の1.3倍あります。まだ地球の重力に慣れてないです。学校も初めてなのでよろしくお願いします」

 明日香は内心、「よろしくお願いします」って言えた、と少し喜んだ。

 と、また別の生徒が質問してきた。

「今までは、家庭教師と勉強してたんですか?」

「父から勉強を教わっていました」

 ここで、教師の竹中が遮った。

「はい、質問はこれくらいにしましょう。明日香さん、あなたの席は窓際の二番目よ」


 その頃、学院長室では、明日香の両親が学院長と面談をしていた。

「我が白鷺女学院は、世界で唯一の女子だけの学校であります。校訓は『清く、気高く、聡明な人となれ』です。女性が命懸けの妊娠、出産から解放されて200年が経ちますが、その間女性の社会進出が進み、男女また性的少数者の平等も進みました。そのことは、あなた方も実感しておられると思います。プレンティスさん」

 明日香の養父であるトーマス・プレンティスとジョン・プレンティスのゲイの夫婦は、明日香が生まれた時、正確には銀河系人から新生児の明日香を受け取った時から、愛情深く育ててきた。ただ、人口の少ない辺境の惑星ラスカでは、多様な人生経験をさせることができない為、地球に引っ越してきたのである。そして、唯一の女子学校のある日本にやって来た。

「はい、おっしゃる通り充分実感しております。私とジョンは法的に婚姻関係にあり、明日香という最愛の娘もいます。家族三人、何不自由無く暮らしています。ありがたいことです」

 続いてジョンが言った。

「私たちの娘は、良く言えば純粋ですが、世間知らずとも言えます。集団行動の経験は、ほとんどありません。その点が心配なんです。あっ、日本語は三年前から勉強してきたので、日常会話は問題ありません」

 学院長は、穏やかな笑みを浮かべながらも、力強く答えた。

「ご心配はもっともです。私たちは、生徒一人一人の個性を大切にして教育を行っています。集団行動に慣れていないことも、明日香さんの個性の一つだと認識しています。ご安心ください」


 トーマスとジョンは自動運転車に乗り。学院を後にした。

 車内ではジョンが、しきりに明日香の心配をしていた。

「明日香ちゃん、大丈夫かな? いじめられたりしないかしら?」

「僕は大丈夫だと思っているよ。慣れない環境で一番不安なのは、明日香自身なんだから、僕たちはどっしりと落ち着いていなきゃ」

「そうね、そうなのよね。わかった、不安は見せないようにする」


 一方、明日香は教室で、辺境の惑星ラスカについて質問攻めにあっていた。そして、疲れていた。

「重力が1.3倍ってどんな感じ?」

「どんなと言われても、それが当たり前だったから」

「気温は地球と比べて暑いの、寒いの?」

「ずっと地下施設の中で暮らしてたから、快適な気温」

「一日は何時間?」

「26時間くらい」

 などなど、休み時間は質問に答えるだけで終わった。


 そして放課後、下校準備をしていた明日香に一人の生徒が話しかけて来た。

「はじめまして。私は山田真希って言います」

 そう言って、生徒手帳の名前のページを見せてきた。

「今時、紙の手帳なんて古風だよね。それにしても、今日は疲れたんじゃない?」

「……疲れた」

「だよねぇ。みんなから質問の嵐だったもんね。みんなも遠い星から来た人が珍しくて、ちょっと興奮しちゃったのかも。少しは遠慮すればいいのに、初日なんだからさあ。あっ、校門まで一緒に歩かない?」

「うん、いいよ。よろしく、山田さん」

「真希でいいよ」


 明日香と真希が校舎から出たところで、校庭の桜の木の一本に人だかりができていることに気が付いた。

「何だろうね?」

「行ってみる」

 と言うなり、明日香は走り出した。

「ええ、疲れてるんじゃないの」

 真希も後を追って走り出した。


 見ると、木の枝の先の方に子猫がいた。高さは3mはあろうか。ミャアミャアと鳴き声が聞こえる。

「まだ子猫だから動けなくなっちゃったんだね」

 真希は言った。

 すると、明日香は人をかき分け木の側まで行くと、軽々とジャンプし、子猫のいる枝の下の方の枝に飛びつくと、まるで忍者のようにするすると子猫に近づいた。そして子猫を抱き寄せた。周囲からは歓声が上がる。

「さすが、1.3G育ちは違うね!」

 真希も驚いて言った。

 だが、明日香はなかなか降りてこない。

「…真希、どうしよう。私高い所怖い、動けないよ」

「ええ、何で!? あんなに身軽に登ったのに。そうだ、梯子だよ。梯子を持って来よう」

 1.3G育ちは高所恐怖症でもあった。


 結局子猫を抱いた明日香は梯子を使い、無事に地面に降りて来た。

 真希は明日香の手のひらを見て、

「擦り傷だらけだよ。医務室で消毒してもらった方がいい。行こう」

「子猫はどうしよう?」

「取り合えず連れてくしかないよ」

 周囲に集まっていた生徒たちは、少しずつ帰っていった。

 誰かが言った。

「てゆうかさあ、始めから梯子使えば良かったんじゃね」


 プレンティス家では、トーマスとジョンが明日香の帰りを心配しながら待っていた。つい先ほど、明日香が軽いけがをして、医務室で処置をしたとの連絡があったのである。なぜけがをしたかの理由も聞いていた。

 そして、明日香を乗せた自動運転車が戻って来た。二人は急いで玄関のドアを開けると、そこには子猫を抱いた明日香が立っていた。

「ただいま。この猫飼ってもいい? 名前も決めてるんだ、サクラって言うの。桜の木にいたからサクラ」

 ジョンが明日香を抱きしめた。

「もう、初日から心配させるんだから……」

「手を見せてごらん」

 医師であるトーマスは明日香の小さな手を見て、

「これくらいなら大丈夫だ。良かった。でも一歩間違えれば、大けがをしていたかもしれない。これからは注意するんだよ」

「わかった。ごめんなさい。心配かけて」

 明日香は心から反省し、落ち込んだ。いつも深く考えずに、咄嗟に体が動いてしまう。気をつけなきゃいけない、小さい子供じゃないんだから、と自分に言い聞かせた。

「あっ、猫は……飼ってもいいの?」

 恐る恐る聞いた。

 ジョンとトーマスは顔を見合わせて笑った。

 ジョンが言った。

「いいよ。キャットフードとかいろいろ用意しなきゃね。ああ、まだミルクかしら?」

「じゃあ今から買いに行こう」

 明日香の表情が明るくなったのをトーマスが制した。

「今日はこれから、ジョウ・チンリュイ博士が来ることになったから、買い物は明日にしよう」

 明日香はまた落ち込んだ表情になった。

「ええ、これから~」

「木登りのことは、ジョウ博士には言わないでおきましょう。絶対に怒られるから」

 ジョンは言った。


 ジョウ・チンリュイはとても厳格な女性であった。人に厳しく、自分にはもっと厳しかった。

 時刻はちょうど19時、インターホンが鳴った。プレンティス家の三人はジョウ博士を出迎えた。

「いらっしゃい。どうぞ中へ。まだ片付いてない所もありますが」

「いいえ、いいのよ、気を使わないで」

 トーマスがジョウをリビングに招き入れた。

「こんばんは」

 明日香とジョンもあいさつをした。

「こんばんは。三人とも元気そうで良かったわ」


 四人はソファーに向かい合わせに座った。

 さっそく、ジョウが明日香に話しかける。

「学校初日はどうだった? 慣れなくて疲れたかしら?」

「あ、えっと、疲れました……でも友達ができました」

「ミャアミャア……」

「あっ、サクラが鳴いてる」

 明日香は立ち上がると、キッチンに行きサクラを抱いて戻って来た。

「まあ、猫を飼うことにしたの? どうしたの、その猫」

「あのう、実は……」

「拾ったんですよ、家の近くで。親とはぐれたんでしょうね。生き物を飼うのも良い経験になるかと思って」

 ジョンが笑顔で、咄嗟に思いついた理由を言ってくれた。

「そうね、良い事だわ。サクラって名前にしたのね。名前の由来は?」

「……さ、桜が好きなんです。だからサクラって名前にしました」

 今度は明日香が何とか答えた。

「そう。私も桜は好きだわ。ところで、体調は問題無いわよね。生理も毎月来てる?」

「はい、大丈夫です」

「あなたは普通の女の子じゃないんだから、健康にはくれぐれも注意するのよ。けがにも気を付けてね。それじゃ、今夜はこれで帰るわ。明日香の元気な顔が見れて良かった」

 そう言って、ジョウ博士は帰って行った。


 ジョウ・チンリュイ博士は、女性の不妊を治す研究をしているチームのリーダーである。チーム名は『リバイブ』。トーマスとジョンもメンバーである。そして、明日香はおそらく、世界でただ一人の生殖能力を持つ可能性のある女性であった。この事は絶対に秘密にしなければならない。なぜなら、命を狙われるからである。銀河系人の生殖管理のおかげで世界は平和になった。そのため、一部の過激な親銀河系人派は、不妊を治す研究をしている人物や施設を狙った妨害、時にはテロを仕掛けてくる。世界平和の為にテロを行うのである。


 翌日は週末でもあり、プレンティス家の三人はサクラを動物病院に連れて行き、健康状態を診てもらった後、ペットショップで猫を飼うのに必要なものを買った。一度自宅に帰り、引っ越しの荷物の片付けをして、夕食はお寿司を食べに行く事になった。


 夜、お寿司屋の帰りの事だった。自動運転車の窓から外を眺めていた明日香は、信号で止まった時、車のちょうど横に止まったバイクに目が釘付けになった。流線形の美しいデザインと、街の灯りが反射している青い車体から目が離せない。思わず窓を開け手を伸ばした。その様子を見たジョンが、

「明日香ちゃん、危ないから手を引っ込めて、窓を閉めなさい」

 明日香は窓を閉めた。信号が青になり、車もバイクも発信した。

「興味があるからって、何でも咄嗟に触ろうとするのは悪い癖だよ。ましてや他人の物だったら余計にね。危険な場合もあるし」

 トーマスからも注意されてしまった。

「ごめんなさい。あの青いバイクがあまりにも素敵だったから、つい手が……。もうしないよ」

 明日香は、またやっちゃった、という表情をした。

 次の信号でもバイクはすぐ側に止まり、明日香は車の窓に顔を思い切り押しつけ、バイクに見入った。

「そんなに顔を押し付けたら、よだれが付いちゃうわよ」

「んん、凄いバイクなんだよ」

 顔を押し付けながら言った。

「ええ、あら本当ね。でも、さすがにジロジロ見過ぎよ」

 その後も車とバイクは、つかず離れず並走していた。


 また信号で止まった時だった。バイクに乗っていた男性が、車の窓を優しく叩いた。明日香はびっくりして窓を開けた。男性は言った。

「バイクに興味があるのか? 良かったらこの店に来いよ。毎週末の夜にバイカーが集まってるから。俺、ここでバイトしてるんだよ」

 と言って、店の名前のカードを渡された。ヘルメットの中の顔は笑っているようだった。

 信号が青に変わり、バイクはスピードを上げて走り去って行った。

 明日香はトーマスとジョンに言った。

「今度、このお店に行きたい」







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