交渉
球体は、大気圏を通過して降りて来た。地球人側が指定した場所に。その場所は国連本部ビルの東側、イースト川。川面に銀色が反射し、美しく輝いている。球体の直径は、ほぼ30mで、驚いたことに空中に僅かに浮かんでいた。エンジン音などはしていない。非常に静かである。
周囲の半径500mほどを立ち入り禁止区域とし、境界を国連平和維持軍の兵士たちが見張っていた。アメリカの軍や警察の支援を受けてはどうか、という案もでたが、事務総長のコビナは、それを良しとしなかった。可能な限り、地球人全体の代表であることにこだわったのである。
情報発信は国連広報局が行った。世界中のマスコミが押しかけて、銀河系人を刺激しない為である。
地球人よりも、圧倒的に進歩した文明を持つ相手には、最大限の配慮と警戒をするしかなかった。
世界中の人々が、広報局から発信される映像に見入っていた。銀色の球体の映像に。
コビナとルイーザは、交渉での内容について話し合っていた。最も重要なことは、子供が生まれる手段を得ることにあると。銀河系人は何らかの見返りを求めてくるかもしれない。その時はどうするか。場合によっては、非常に困難な決断を強いられるかもしれない。
コビナはルイーザに言った。
「緊張しているかい?」
「この状況で、緊張しない人はいません」
「そうだな。でも緊張し過ぎないよう努力しよう。でないと、冷静な判断ができなくなってしまう。そう言う私も足が震えているがね」
「あら、私は震えていませんわ」
「そうか、それは頼もしいね」
交渉開始時刻は正午。
その3分前に球体から川岸に向かって、幅3m程の通路が、まるで銀のカーペットが伸びていくように現れた。着岸したカーペットの前に、コビナとルイーザが歩み出た。
球体から、あのアジア人の少女の声がした。
「どうぞ、通路をお進みください」
そして、自動ドアが左右に開くように球体に入り口が開いた。
二人はゆっくりと通路に足を踏み出し、一歩一歩、慎重に歩いて行った。
入り口手前で一旦立ち止まり、顔を見合わせ、小さくうなづき合った。それから球体内に入って行った。
球体内部の通路はやや薄暗かったが、床が仄かに光っていたので、歩きやすかった。数メートル進んだところに、あのテレビ放送で使われた部屋があり、あの3人が待っていた。
部屋の中央には白いテーブルが置かれ、椅子も用意されていた。
「ようこそ、私たちの船に出向いて下さり、感謝します。どうぞ、椅子におかけ下さい」
と、少女が言った。
「こちらこそ、このような場を用意して頂き、ありがとうございます」
と、コビナは答えた。
銀河系人と地球人は、向かい合わせに座った。
今度は白人女性が口を開いた。
「この交渉は、全地球にテレビ放送されています。地球人の皆さんに、真実を知って欲しいからです」
「わかりました。その真実に私たちも興味があります」
と、今度はルイーザが答えた。
黒人男性は、二人の前にそれぞれ水の入ったコップを置き、言った。
「喉が渇くでしょう。お飲み下さい」
「ありがとうございます」
二人は礼を伝えた。
少女が語り始めた。
「地球人は、他の知的生命体には無い、大きな特徴があります。それは、戦争を行うことです。そのような大規模な殺し合いを、銀河系人は行いません。戦争や侵略を表す言葉も存在しません。だから、私たちは地球人を脅威とみなし、長い間、監視してきました。そして準備をし、実行したのです。子供が生まれなくなるように」
コビナは、やや感情的に言った。
「なんですって、あなた方は我々を滅ぼす気ですか?」
「無条件に絶滅させるようなことは、私たちの望みではありません。だからこそ、交渉に来たのです」
「地球人だけが戦争をする。それが真実ということなのですね」
「そうです。地球人は文明を進歩させ、やがては宇宙に進出するでしょう。そして、出会った銀河系人に対し、武力を行使し、滅ぼす可能性があります。私たち銀河系人は武力を持ちませんから」
「平和的な関係を築く可能性もあるでしょう? 必ず武力行使を行うとは限りません。地球人も平和を望んでいます」
「私たちは、地球人の歴史を知っているのです。そして学びました。地球人は危険な存在だと」
「…………」
「それで、子供が生まれる手段というのは、どのようなものなのですか?」
ルイーザが問うた。
白人女性が答えた。
「まず、凍結受精卵を用意し、私たちに提供してください。私たちはそれを持ち帰り、280日後に新生児としてお返しします」
ルイーザは、また問うた。
「では、女性の不妊は治らないまま、ということですか?」
「はい、治りません。また、このシステムで地球人が子供を得るためには、ある条件を満たしていただく必要があります。それは、すべての戦争を止めることです。国と国との戦争だけでなく、内戦も含めてです。それと、すべての核兵器を処分してください」
コビナは、目を閉じて考えていた。これは、地球上から戦争と核兵器を無くすチャンスであると。しかし、その代償があまりにも…………種の存続を銀河系人に委ねるとは、種として不完全な状態であり続けるということだ。何らかの希望があれば。
そして目を開き、言った。
「わかりました。その条件を受け入れましょう。時間はかかると思いますが。ただし、こちらからも一つ要望があります。女性の不妊を治すための研究を続けさせて頂きたい」
黒人男性が答えた。
「それは、実現が難しい要望ですね」
「禁じられても、必ず隠れて研究を続ける者はいるでしょう。種の存続は、すべての命ある者の、生きる目的です」
「その研究に政府が予算を与えることは、この交渉内容と矛盾が生じてしまいます」
コビナは諦めなかった。
「では、政府とは無関係に、民間人が研究することだけは認めて頂きたい。政府は一切関わりません」
銀河系人の3人は顔を見合わせていた。そして、少女が言った。
「確かにあなたの言う通り、種の存続は生きる目的と言えるでしょう。わかりました。民間の研究だけは認めましょう」
最後に、黒人男性が言った。
「実は、あなた方地球人に報告があります。女性の生殖機能を調べる為に、ある一人の女性をお預かりしています。これは、彼女が自ら望んだことです。もちろん健康状態に問題はありません。ただ、地球には帰らないとの意志が強く、現在は冷凍睡眠の状態にあります」
ルイーザが尋ねた。
「その女性の名前は?生殖能力はあるんですか?」
「ミライという名の日本人です。生殖能力は、あるはずです」
交渉は終了した。互いに別れのあいさつをし、地球人代表の二人は球体から出て来た。
コビナは呟いた。
「喉が……渇いたな」
ルイーザも呟いた。
「お水、飲めませんでしたね」
二人は通路を通り、川岸に降り立った。
「さあ、これから忙しくなるぞ!」
コビナは気合を込めて言った。




