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世紀末物語~ヒトが生まれない惑星地球~  作者: 玉井 マリト
第二章

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夜景

 そよ風に背中を押されるように、アルと明日香の二人を乗せた青いバイクは優しく走り出した。明日香は最初少しだけあった恐怖心が、消えていくのがわかった。

 静かなモーターが徐々にバイクを加速させる。街の灯りがどんどん後ろに流れていく。ビルの窓の明かり、多彩な店の看板、そして何より街路樹のイルミネーション、目に見えるすべての景色が美しかった。

「夜景は上から観るよりも、バイクで走りながら観た方が綺麗なんだぜ」

 アルが得意げに言った。

「本当に綺麗。夢みたい」

 明日香は風を少し冷たく感じたが、心地良さの方が勝った。また、アルの大きな背中に安心感を覚え、幸せだった。このまま時間が止まればいいのに、とさえ思った。

「ご両親を心配させちゃいけないから、そろそろ戻るぞ」

「ええ、あっ、うん」


 トーマスとジョンは『風輪亭』の駐車場で明日香の帰りを待っていた。

「ねえ、トーマス。これがきっかけで、あのアルって人と交際が始まっちゃうなんてことになったりしないかしら?」

「私も少しそれを考えたよ。でもたった一度バイクに乗せてもらっただけでそれ以上の関係にはならないだろう」

「でも、好奇心旺盛な明日香ちゃんのことだから、一度じゃすまないかもよ」

「もしそうなったら、彼の身辺調査をしないとな。ジョウ博士にも報告しないと……」

「あっ、来た、戻って来たわよ、明日香ちゃん」

「ん? どこだい、おおあれか」


 トーマスとジョンの前に、二人を乗せた青いバイクがゆっくりと停車した。

「ただいま!」

 明日香がアルの腰をつかんだまま言った。

「もう手を放していいぞ」

 アルが言うと、はっとして手を放した明日香。名残惜しそうにタンデムシートから降りた。

「どうもありがとう。すっごく……幸せだった! 楽しかった! 綺麗だった!」

「ヘルメットも外していいぞ」

「あっ、そうか。外さなきゃ」


「本当にありがとうございました。娘も楽しい時間を過ごせたようです」

 トーマスが言った。

「こんなに喜んでくれて、俺もうれしいし、楽しかったです。またいつでも乗りたくなったら来ていいですよ」

「やったー! また乗りたい」

 ヘルメットを抱えた明日香が大喜びした。

「じゃあ連絡先を交換しようぜ」

「うん、するする」

 二人はポケットからコムを取り出し、連絡先を交換した。


 コムというのはコミュニケーターの略称である。小さな円筒状になっていて、指紋認証をすると巻物が開くようにモニター画面が出て来て、昔ながらのスマホのように使用する。


 トーマスとジョンは、あまりの急展開にあっけにとられていた。

「そろそろ帰りましょ、明日香ちゃん」

「うん、わかった。帰るよ」

 プレンティス家の三人は、改めてアルにお礼を言うと、自動運転車に乗り込んだ。車が動き出しても、明日香は窓を開けアルが見えなくなるまで、大きく手を振った。

「またねぇ!」

 と大声で言いながら。

 アルも手を振りながら大声で言った。

「おお、またな!」


 自宅に向かう車の中で、ジョンはできるだけさり気なく明日香に尋ねた。

「バイクに乗ってるとき、何か会話はした?」

「したよ。夜景は上から観るより、バイクで走りながらの方が綺麗だって。本当に綺麗だった。車から観るのと全然違うんだよ。それに……自由になったように感じた」

 明日香は今も興奮が冷めない様子で、目を輝かせながら続けた。

「お小遣いで自分のヘルメットを買おうかな。いっその事免許取って自分でバイクを運転できたらいいな」

「それは駄目だよ。危険だからね」

 思わずトーマスが言った。

「絶対に安全運転するから」

「今はまだ学生なんだから、勉強が優先だよ」

「じゃあ、勉強で一番になったら? 全教科一番」

「そういう約束はできない。駄目なものは駄目だ。これは安全の為なんだよ」

 明日香は俯いて、少し悲しそうな表情をしたが、すぐに顔を前に向けると

「約束してくれなくてもいい。勝手に一番になる」

 と、勢いで言ってしまった。

 ジョンは、明日香とトーマスのやり取りを困った表情で見ている事しかできなかった。


 アルは独り暮らしのアパートの部屋へ帰ると、

「あそこまで喜んでくれるなんてな、面白れぇ子だな」

 と、呟いた。

 その時、ポケットの中のコムが震えた。見ると明日香からのメッセージだった。

「今日はありがとうございました。今までの人生で一番楽しかったです。おやすみなさい」

 アルはすぐに返信した。

「こっちこそ楽しかったよ、ありがとう。またいつでも来ていいぞ。おやすみ」


 翌朝、プレンティス家の三人は朝食を食べながら、ネットニュースを見ていた。ニュースの内容は、女性の不妊を治す研究施設『生殖回帰機構』がテロの攻撃を受けて、多くの死傷者を出したと報じていた。

「私たちは大丈夫よね?」

 ジョンが不安げに言った。

「ああ、『生殖回帰機構』は大規模な組織で、大きなスポンサーもいるから、テロリストに目を付けられたんだろうな。それに比べて私たちは、弱小研究チームだからな」

「弱小だけど、ジョウ博士は親地球人派の銀河系人と、極秘に連絡を取り合ってるのよね? そのことがばれたら……真っ先に狙われるんじゃない」

「だからばれないように、弱小のままでいるんだよ。そもそも、民間での研究は200年前の『イースト川の交渉』で認められている。悪いのはテロリストだ」

 明日香は黙ってトーマスとジョンの会話を聞いていたが、どこか他人事のように感じた。自分は現実逃避をしているのだろうか? そうかもしれない。

「私はどうすればいいの?」

 明日香は口をひらいた。

「明日香ちゃんは、普通の日常生活をしていればいいのよ。ていうか私たち三人ともね」

「そうだよ、どこにでもいる普通の家族だ。ということで、私は来月から週四日、非常勤の精神科医として勤務することになったのでよろしく」


 ジョウ・チンリュイ博士は、新東京大学で遺伝学の教授をしている。その傍ら弱小不妊治療チームである『リバイブ』を率いている。指導は厳しいが、誠実に仕事と向き合う姿勢から、学生たちの信頼を得ている。


 20年前、ジョウ博士がまだ大学院生だった頃、銀河系人との民間交流として恒星間ワープゲートを通り、親地球人派の銀河系人たちと出会った。といっても直接触れることはできず、ガラスの壁越しに翻訳機を介しての会話をするのである。銀河系人の姿は様々で、地球人と似ている種もいれば、外骨格を持つ種もいた。そのうちの一人、非常に小柄で頭が大きく、まるで子供のような体形のフィアール星系人のアーノとの会話で意気投合し、後に直径50cmほどの小さなワープゲートを譲り受けた。

 そのワープゲートは研究室内の、厳重に鍵がかかる小部屋に設置してある。ただ小さいとはいえ、非常に大きな電力が必要で、起動するのは年に数回が限度だった。数ヵ月かけてバッテリーに電気を貯めるのである。

 また、大学の敷地内にワープゲートが存在することは、ジョウ博士と数人の研究員、それとトーマスとジョンしか知らない。

 このワープゲートがあったからこそ、明日香は誕生したのである。


 週明け、明日香は登校するなり、真希に笑顔で話しかけた。

「おはよう、真希。ねえ、聞いて、私ね、バイクに乗ったの!」

「あの青いバイクの人?」

「そう、青いバイクの人。すっごい綺麗だったんだ」

「青いバイクの人が?」

「街の夜景だよ! 風も気持ち良かったし、楽しかった」

「へえー、ふーん」

 真希は笑いながら、話を聞いている。

「また乗せてくれるって言われた」

「てことは、連絡先交換したんだ。明日香にしては上出来じゃん」

「上出来って、何が?」

「鈍い、鈍すぎるよ。つまり、明日香の初恋の人になるかもってこと。ここまで言わせるな」

「ええええ! そうなの?」

「で、どんな人なの?」

 明日香は夢見心地な表情を浮かべながら言った。

「優しかった。私が怖がらないように丁寧に運転してくれてたみたいだった」

「変顔からの恋かぁ」

「まだ恋とかそういうのじゃないってば」


 プレンティス家では、トーマスとジョンが話し合っていた。明日香が真剣に男性と交際を始めた場合、どう対応するかについてである。

「基本的には、交際OKなのよね? いきなりセックスしなければ」

「ああ、基本的にはね。相手の男性が普通に健康で、信頼できる人物であれば、明日香の秘密を伝えることも検討する、とジョウ博士も言っている。将来的には、その男性の子供を妊娠、出産ということも考えられる」

「普通に健康って具体的には?」

「遺伝性の病気や障害がある場合は、駄目かもしれない」

「ええ、それって優生思想じゃない! 嘆かわしい」

 ジョンは憤慨した。

「もちろん、私も優生思想には反対だ。しかし明日香の場合、あくまで正常な妊娠、出産でなければ意味が無いんだよ。正確なデータを取るために」

「じゃあもし、明日香ちゃんが遺伝性の障害のある男性と愛し合うようになったら、無理やり引き離すってこと?」

「私だってそんなことはしたくない。明日香には幸せになって欲しいと思っている」

 ジョンが急に立ち上がって言った。

「私、今からジョウ博士の所に行ってくる」

 トーマスも立ち上がり、

「待ってくれジョン! 私が行く。医学的な話になる。私が話した方がいい」


「ただいまぁ」

 明日香が学校から帰って来た。

「おかえり」

 ジョンが出迎えた。

「トーマスは?」

「トーマスは、ちょっとジョウ博士の所に」

「そうなんだ。……ねえ、ジョンは私がバイクを運転すること、どう思う?」

 明日香は探るように聞いた。

「私はかまわないと思うわ。明日香ちゃん運動神経いいし、大丈夫よきっと」

 明日香はジョンに抱きついた。

「やったぁ、味方ができた。勉強頑張ってトーマスにも認めてもらう。じゃあ部屋に籠って勉強するね」


 ジョンは心の中で願った。「どうか青いバイクの青年が、普通に健康な人でありますように」と。


 トーマスはワープゲートのある部屋で、ジョウ博士と話していた。普通に健康な男性とは、具体的にどの程度の健康体なのかについてだ。ジョウ博士は言った。

「もちろん、正常な妊娠が継続できる正常な遺伝子を持つ男性ってことよ。胎児の命に影響を与えるような病気や障害があってはいけないから」

「胎児の命に影響がでなければ良い、という事ですね?」

「そうね、でもどうしたの? この事に関してはラスカから地球に来る時に話し合っているわよね」

「もし、明日香が好きになった男性が遺伝的要因となる病気や障害を持っていたら、どうしますか?」

「……可哀そうだけど、諦めてもらうしかないわ。その時は……私から明日香に説明する。あなた達二人は明日香に寄り添ってあげて」

「憎まれ役を買って出るおつもりですね」

「それが私の責任だから」

 ジョウ博士はきっぱりと言った。

「ところで、こんな話をしに来たってことは、気になる男性が現れたってこと?」

「まだどうなるかわかりませんが。バイクに夢中なのか、乗ってる青年に夢中なのか」


「そろそろ夕飯よ、明日香ちゃん。部屋から出てらっしゃい」

「はーい」

 ちょうどそこにトーマスが返って来た。

「ただいま」

 部屋から出て来た明日香は、トーマスに向かって

「いっぱい勉強したよ、これから毎日頑張るからね」

 と宣言した。

「わかったよ、成績一番目指して頑張ってくれ」

 明日香は「わかったよ」の言葉に期待が膨らんだ。

「もしかして、一番になったらバイクの免許取ってもいいの?」

「ああ、一番になったらね」

「やったー、ありがとうトーマス」

 明日香はトーマスの手を取り、飛び跳ねて喜んだ。


「それでね、また次の週末も『風輪亭』に行ってもいい?」

 夕飯のパスタを食べながら、明日香が尋ねた。

「毎週行ったら迷惑じゃないのかい?」

 トーマスが言った。

「大丈夫、また来ていいぞってコムのメッセージに書いてあったから」


 明日香は幸せな気持ちだった。学校は楽しい、愛してくれる両親もいる、バイクという目標もできた。アルと並んで走れるかもしれない。ラスカから地球にやって来て本当に良かった。


 明日香はアルにメッセージを送った。

「また今週末、『風輪亭』に行けそうです。よろしくお願いします」

 すぐに返信が来た。

「そうか、楽しみに待ってるよ」



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