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(8)異動?


 十一月のある平日、山内は毎月開催される工場長会議へ出席するために、新橋の東京本社へ来ていた。

 山内は工場長会議のほかにも、企業方針発表会や設備投資・修繕打ち合わせ、それに技術成果発表会、QC工場代表大会などのイベントへ出席するために、毎月一、二回は出張に出ている。

 工場長会議は十七時に終了した。

 山内が会議室を出て帰ろうとしていたところ、生産企画部長の乾が山内を呼び止めた。

「山内工場長、大事なお話があります。長谷川常務が打ち合わせ室でお待ちです」

(異動の話だろうか?)

 山内はとっさにそう思った。三島工場長に就任してから三年弱、初枝が亡くなってから二年以上が経過しており、すでに山内が三島に居なければならない家庭的事情は消失している。会社側が山内を三島工場から他の事業所へ動かす意思決定をしたとしても何ら不思議はない。

 山内は、もし異動、転勤の話であれば、どういう内容であれ異議なく受け入れるつもりでいた。会社は、初枝が入院したとき、山内の三島工場への異動希望を了承し、速やかに辞令を出してくれた。それも、工場長への昇進人事というおまけまで付けて。

 山内は会社へ恩義を感じており、今度は自分がいくばくかでも会社へ返す番だと理解していた。

 山内はスマホのエクスプレス予約で、東京駅を十八時過ぎに出発するこだまの切符を予約してあったが、一旦キャンセルした。

 山内が乾と連れ立って打ち合わせ室へ入ると、長谷川がすでに座っていた。

 長谷川は生産部門のトップである生産本部長であり、工場長の山内にとって直属の上司である。

「帰りがけに呼び止めて申し訳ない」

 長谷川は山内をねぎらった。

 乾は長谷川の隣りの席へ座り、山内は机を隔てて二人と対面して椅子に座った。

(いったいどこへ飛ばされるのだろうか?)

 山内は緊張を抑えながら、長谷川が発する言葉を待った。

「実は、昨日の経営会議で、来年の十一月末日をもって三島工場閉鎖が決定した」

 山内は驚いた。異動の話だろうという予測が見事に外れた。

 と同時に、やはりそうか、とも思った。

「山内工場長へ事前に知らせなかったのは、正式な決定が下る前にもし何らかの形で三島工場従業員や組合員へ情報が漏れたら、話がややこしくなる懸念があったためだ。別に疑っていたわけではないので、その点は了解願いたい」

「このことはもう組合へは話したのでしょうか?」

「今日、中央執行部の委員長はじめ三役へは人事部から伝えてもらった。組合側は、経営判断としての工場閉鎖に必ずしも反対するものではないが、三島工場従業員へはそれなりの対応をお願いしたい、とのことだったそうだ」

 三島工場は、自社の全八工場中、従業員数、製造数量ともに最少の工場である。しかも、紙パック飲料二五〇ミリリットル一ラインの日中稼働のみで、三十名の従業員を抱えていては採算がとれないのは明らかである。三島工場の業績悪化は、生産企画部が毎月集計、報告している工場別レポートで山内も認識していた。

「知っての通り、紙パック二五〇ミリ飲料は他社に大きくシェアを占められていて、わが社はもはや太刀打ちできる状況にない。広告宣伝費を投入したところで巻き返しは望めず、焼け石に水だ。今後は現状維持か縮小を前提に、製造委託で事業を続ける方針だ」

 三島工場での自社製造をやめて、委託加工賃を支払って製造受託会社へ製造を発注する。三島工場で発生する諸費用と、委託加工賃とを天秤にかければ、今の状況では委託の方が圧倒的に有利であった。

「紙パック二五〇ミリの製造をやめる代わりに、三島工場へ別の製造ラインを導入するという案もあったが、建物の老朽化に加え、敷地面積が狭く、しかも建設当初とは違って工場周辺が市街地化してしまっている現在の環境下では、どんなラインを導入したとしても投資採算が取れないという結論に達した。だから、苦渋の決断ながら、閉鎖ということになった」

(無理もない)

 山内は、会社の経営を考えれば、この決定はやむを得ないことだと思った。

「お話は分かりました」

 山内はそう言った。

 問題は、三島工場従業員への説明の仕方と、閉鎖後の従業員個々の対応についてである。

「明日、私は人事部の担当者と一緒に三島工場へおうかがいします。山内工場長は管理職と主任以上を会議室へ招集して下さい。私がその場で工場閉鎖について説明します。また、組合の三島工場支部長と三役へは、人事から説明してもらいます」

 乾がそう言った。

(みんな驚くに違いない)

 今日の明日とは急だが、先延ばしするよりも、早めに従業員へ知らせた方がいい。工場閉鎖は約一年後であるため、個々の従業員への対応については個別にじっくり検討する時間的余裕があった。

「閉鎖後の工場従業員への対応ですが、現時点、社員については別の事業所への異動が基本方針です。ただ、異動が無理で、退職する社員へは退職金の割り増しを考えています。契約社員については退職していただくことになりますが、勤続年数に応じた特別手当を支給する方向で考えています。また、派遣社員については、工場閉鎖以降、契約を更新しない、ということになります」

 乾はそう付け加えた。

「山内工場長には、工場閉鎖までの厄介なかじ取りをお任せすることになるが、どうかよろしくお願いしたい」

 長谷川にそう言われると、山内は本社を出て、新橋駅へ向かった。

 異動の話どころか、もっと重大な事態発生であった。

 ただ、工場閉鎖となれば、工場長の山内も別の事業所への異動を余儀なくされることとなる。山内は長谷川から、一年後の異動を事前通告されたものという見方もできる。

(それにしても、気が重い)

 工場従業員の中には、工場閉鎖と、それに伴う異動や退職に反対する者も出てくるであろう。山内は、そういう人たちを説き伏せる役割を担わなければならない。

 そう思いながら、山内は東京駅からこだまに乗り、三島へ帰った。


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