(4)初枝との出会い
翌土曜日。秋晴れである。幸いにも、山内は二日酔いになることなくすっきりと目覚めた。
朝食を摂り、身支度を終えると、山内は家から車で約二十分の場所にある霊園へ向かった。途中、ホームセンターに立ち寄って、お供えの花を買った。
霊園は小高い丘の上にあるため、眺望が見事である。山内は駐車場に車を停めると、霊園入口で手水桶に水を汲んだ。
墓参りにはほぼ毎月来ている。
墓石には「山内家之墓」と彫られている。この墓は、父の武彦が生前購入したものである。墓には武彦と、母の君子、山内の妻の初枝、それに息子の浩一が眠っている。
一ヶ月前に墓参りへ来たときに備えた花を取り除き、花立てを水で洗ってから、持ってきた花を供えた。
墓石に水をかけ、線香に火をつけて線香皿に置くと、数珠を手にしてしゃがみ、黙然と祈る。寂しさと虚無感とに包まれながら。
山内は三島で生まれ育った。武彦は地方公務員、君子は専業主婦、三歳上には姉の敏子がいて、山内を含めて四人家族である。
静岡県内の国立大学農学部を卒業後、大手食品会社へ総合職として入社した。その会社は三島市内に工場を保有しており、山内は小学生のとき、社会科見学でその工場へ行ったことがあった。子供の頃からなじみ深かったことが、この会社へ入社するきっかけとなった。
新入社員研修ののち、最初に配属されたのが三島工場であった。
三島は、富士山の雪解け水や雨水が長い年月をかけて溶岩層でろ過され、まろやかな軟水となってあちこちから湧き出ている水郷地帯である。そのため、三島には企業の工場が数多く存在する。山内が勤める食品会社の三島工場は、今から六十三年前に建設されたものである。
山内は大学へ入学するまで三島に住み、大学時代の四年間は大学近くへ下宿した。就職後、最初の配属先が三島工場だったため、山内は実家へ戻り、実家から工場へ通勤した。
山内が入社した頃の三島工場は、瓶と缶のジュースラインを合計四ライン保有しており、昼夜稼働する日も多かった。従業員は約百名と、現在の三倍以上の人数を擁していて、活気があった。山内は工場の品質課担当として勤務した。
三島工場に七年間在籍したのち、千葉県にある茂原工場へ異動となり、工場近くにある社員寮へ入寮した。
茂原工場は瓶のドレッシングや調味料を製造しており、従業員は約一五〇名。山内は管理課担当として、製造計画立案や資材調達の業務に従事した。
山内の姉、敏子は、短大卒業後、静岡県内に本部がある銀行の三島支店へ入行した。二十五歳のとき、同じ銀行に勤める四歳上の男性と結婚し、二男一女を設けた。現在も三島市内に住んでいる。
山内が茂原工場にいた頃、敏子は、おくてな山内に女っ気がなく、本を読む以外、趣味と言えるものもない様子であることを心配していた。
ある休日、茂原から三島へ帰省した山内へ、敏子は言った。
「あんた、彼女はいないの?」
「いないよ」
「工場にいい子はいないの?」
「いないことはないけど」
「じゃあ、どんどん声をかけたらいいじゃないの?」
「声をかけたらって、そんなこと、簡単にできるわけないよ」
「あんたはもう三十二よ。このまま一生独身でいるつもり?」
「そんなつもりはないけど」
山内は、大学時代にほんの数ヶ月間、同学年の女子と交際したことはあったが、それ以外に女性と交際した経験はなかった。三十歳を過ぎ、学生時代の友人や会社の同期入社の連中が次々と結婚する中、あせりを感じなくもなかったが、山内自身、どういうきっかけで女性へ近づいたらいいのか分からなくなっていた。合コンへ参加する機会は何度かあったが、女性へ気さくに話しかけることができず、結局うまく行かなかった。
(俺は一生、独身かもしれない)
そんな思いを抱きながら、粛々と工場勤務を続けていた。
「私の銀行の後輩で、あんたより二歳下の女の子がいるんだけど、一度会ってみる?」
そう言われて敏子に紹介されたのが初枝だった。
初枝も三島の出身である。両親は美容室を営んでいて、四歳下に弟がいる。高校卒業後、敏子と同じ銀行の三島支店に入行した。
敏子とは同じ窓口業務を担当したことがきっかけで親しくなった。趣味は手芸であり、敏子とは銀行の同僚であると同時に手芸仲間でもあった。
敏子は結婚後、程なくして銀行を退職したが、初枝はこの当時も銀行に勤めていた。
山内と初枝は、敏子の紹介で三嶋大社の大鳥居前で初めて会うことになった。折しも桜の季節であり、早咲きの河津桜はもう葉桜になっていたものの、境内にはソメイヨシノ、三島桜、しだれ桜が満開で、多くの見物客でにぎわっていた。
紹介者の敏子がはじめは二人に同行していたが、神池の途中まで来たとき、
「それじゃ、私は帰るね」
と言って、立ち去ってしまった。
取り残された二人は慌てた。初対面で、お互い会話が弾まない中、どうやって間をもたせたらいいのか、山内にも初枝にも分からなかった。
二人はお互い、相手を意識しながらも無言で進んだ。やがて、総門をくぐり抜けると、山内は意を決して言った。
「ちょうどいい時期に来ましたね」
「ほんと、桜が満開ですね」
たどたどしく、そんな会話を交わした。
このとき二人は、初めて相手の顔をまじまじと見合った。
山内は、初枝がもつ柔らかい雰囲気に緊張が解け、覚えず顔がほころんだ。すると、初枝も笑い返した。
(歯並びがきれいで、笑顔が素敵だ)
山内はそう思った。




