(2)工場内巡回
気を取り直した山内は、開出場から調合場へ向かった。調合場は開出場と同じ衛生域であり、地続きでそのまま移動できる。
調合場には六千リットルのジュースを調合できる大きなタンクが三基ある。この日は六千リットルのジュース仕掛かりを二バッチ仕上げる製造計画である。
開出場で開け出した果汁は配管を通って調合タンクへ送液される。調合タンクでは規定量の水を追加し、さらにフレーバーを投入して撹拌する。仕上がったジュースはサンプリングし、糖分と酸分、pHを測定し、規格内に入っていることを確認する。最後に検味を行い、異常味、異常臭がないかどうかをチェックする。
続いて、山内は充填室へ移動した。充填室も衛生域であるため、調合場から衛生服のまま入る。
充填機が停止していた。充填・包装エリアを管轄する主任の大里と、オペレーター二名が、紙パック充填機の滅菌チャンバーを開けて作業している。
「おはようございます。どうかしましたか?」
「充填機でジュース漏れが発生しました。どうやら紙の縦シールがうまくできていないようなので、今、部品を交換して再立ち上げするところです」
三島工場では、ロングライフ(LL)の紙パックジュースを製造している。LLは紙パックにアルミ層がラミネートされているため、ショートライフ(SL)に比べて賞味期限を長く設定できる。
LL紙パックのジュース充填工程は、まずペーパーロールを過酸化水素槽に浸して滅菌した後、筒状に成形して密封し、その中に殺菌したジュース液を充満させる。次に筒の一パック分の上下を熱でシールしたのち、カットする。すると枕状のジュースパックが切り出されるが、このパックの上下を折りたたんで四角い箱型に形をつくり、完成形となる。この一連の作業はすべて充填機が自動で行う。
「そうですか。では、部品交換したら速やかに充填再開して下さい」
「はい。ジュースを二百リットルぐらいロスしてしまいました。申し訳ありません」
大里は三島工場に紙パックの充填機が導入された約三十年前から充填オペレーターとして勤務している。現在では他工場へも充填スキルの指導のために出張することがあり、三島工場内だけではなく、社内の他工場も含めて紙パック充填に関しては第一人者と言える技術者である。
衛生域は充填室までである。山内は前室へ戻り、衛生服を脱ぐと、今度は包装場へ向かった。
包装場では、充填室からコンベアで運ばれた紙パックの背面にストローを接着させ、次いでハーフトレーのダンボールへ紙パックを十二本ずつ収納する。さらにハーフトレーを二つ接着させて一箱二十四本とし、それにシュリンクフィルムを巻いて蒸気トンネルを通過させ、フィルムを収縮・密着させる。これで紙パックのジュース一箱が完成する。
三島工場では、充填機の速度が各工程の律速であり、一時間あたり六千パックの充填速度である。つまり、一箱二十四パック入りのジュース製品を一時間あたり二五〇箱製造する能力を有していることになる。
この日の製造計画はフルーツミックスジュース二千箱であるため、充填時間は計画上、八時間となる。三島工場での一日あたり製造数量は二千箱前後のことが多い。
完成したジュースの箱はコンベアで運ばれ、ロボットアームでパレット上に積み上げられる。一パレットあたり一二〇箱が積まれるため、二千箱は約十七パレット分ということになる。
山内は、工程で次々とジュースがつくられ、製品がパレットに積み込まれる光景を見るのが好きである。ものがつくり出される姿というのは無条件に健全であり、見ているだけで気持ちが浮き立つ。
この日、山内が巡回に来たときには充填機トラブルでラインが停止していたため、紙パックが包装場へ流れて来ていなかった。小休止している包装場は機械音がせず静かであり、どこか寂しい。
包装場の次は、倉庫へ向かった。平積みで約二〇〇パレット分の収納スペースがあるが、現在ではその三分の一も埋まっていない。年々、製造数量の減少傾向が続いている。
製品は関東と中京、関西にある配送センターへトラックで運ばれ、そこから全国へと出荷される。出荷のトラックはそれぞれの配送センター向けに一日あたり各一台、合計三台のみであり、午前中早々に出荷作業が終了する。
(俺が入社した頃は、この工場はもっと活気があったのに)
現在五十六歳の山内が入社した三十余年前の三島工場と今の状態とを見比べて、山内はふとため息をもらした。
次に山内は、包装場の二階部分にプレハブでつくられた現場事務所へ立ち寄った。
「おはようございます」
階段を上がって事務所へ入ると、従業員がいっせいに山内へあいさつした。現場事務所は約二十坪の広さであり、十坪ほどの製品分析室が事務所に隣接している。ここは、山内がふだん執務する総務課、管理課の事務室とは別に、製造課と品質管理課の詰め所として使われている。
事務所には製造課長の小林、技術担当主任の立川と技術スタッフ二名、それに品質課長の内田と、課員二名がいた。
「充填機が停止しているようですね」
山内が製造課長の小林へ言った。
「筒からジュースが漏れてしまいました。紙パックの熱シールが弱いようです。たぶん部品の劣化だろうということで、現在、部品交換を行っています」
「大里さんと充填オペレーターが対応しているのを先程現場で見ました」
「部品は定期交換しているのですが、どうやら今回は定期交換前に劣化が進んでしまったようです」
「定期交換の頻度を早める必要があるかもしれませんね」
「そうですね。のちほど大里さんも交えて検討します」
技術担当主任の立川が、自分の席で相見積もりした二枚の見積書を見比べている。雨漏りしている倉庫屋根の修繕を近日中に行う予定だが、A社とB社のどちらへ発注すべきか、腕組みしたまま思案している。
「立川さん、難しい顔をしていますね」
山内が言った。
「倉庫屋根の雨漏りの修繕をどちらの業者へ頼もうか迷っています。A社の方が信頼はおけるのですが、見積額が高めです。B社は見積額は低めなのですが、私個人としてはB社はあまり信頼がおけないので、どうしたものかと」
「一応、A社の見積額も予算内には収まっています」
製造課長の小林が立川の机のそばまで来て、山内へ言った。
「それならA社への発注でいいのではないかと思います。立川さんの勘なら間違いはないでしょうから」
山内はそう言った。
「分かりました。ではA社へ発注します。ただ、見積額が高めなので、もう少し下げられる余地はあると思います。もう一度A社と値段交渉してみようと思います」
立川はそう言った。
最後に山内は、となりの分析室へ足を運んだ。分析室は品質課が製品分析を行う場所だが、ここで製品の検味も行う。
工場で製造されたジュースは、工場長、管理職、品質課員によって検味を行うのが日課である。製品は糖分、酸分、pH、色調などの一般分析に加え、検味によって最終的な出荷判定を行う。
分析室内に、前日製造した紙パックのオレンジジュースが並べられている。製品は一時間ごとにサンプリングされていて、紙パックの片方のフラップ部分の先端がハサミでカットされ、中身を注ぎ出せるようになっている。
山内は並べられた製品を手に取ると、試飲カップに少量のジュースを注ぎ、口に含んで風味を確認した。それを並べられた製品すべてについて行う。
その結果、どの時間帯のジュースにも異常味、異常臭はなく、フレッシュ感のある香味であることを確認した。
検味チェックシートにチェックを入れると、山内は現場事務所を出て、総務課、管理課事務室へ戻った。
事務室の自席へ座ると、前日の製造日報や分析日報へ目を通したり、受信メールの確認を行ったりなどの事務をこなす。
十時になると、事務室となりの会議室で定例の朝ミーティングが行われる。出席者は管理職と主任、それに管理課員で、前日の製造状況や、喫緊の検討事項、伝達事項などを工場内で共有する場としてこのミーティングは位置付けられている。
司会は管理課長の藤田が行う。
「昨日はオレンジジュースを一九八〇箱製造しました。製造計画二千箱に対し、出来高は二十箱少ないですが、ライン停止や品質事故等、特に問題はありませんでした」
藤田がそう報告した。
「本日、充填機でジュース漏れが発生しました。部品交換を行ったため、ラインが約一時間停止し、かつジュース液約二〇〇リットルをロスしました。ラインはつい今しがた充填を再開しています」
製造課長の小林が、続けてそう報告する。
ミーティング終了後、山内は事務室へ戻り、再び事務作業を続ける。本社へ提出する書類の作成などもけっこう多い。
十二時に昼休憩をとる。事務室を出て、会議室を通過した奥に約六十坪の食堂がある。ここでは仕出し弁当が用意されていて、工場従業員はその弁当を食べるか、自分で持ってきた弁当をここで食べる。山内はいつも仕出し弁当である。ときどき事務室のメンバーと一緒に食堂へ行くこともあるが、たいがいは一人で食堂へ行き、食堂のテレビを見ながら食べる。
食堂の横に十二畳の従業員休憩室があるが、食後、山内はそこへは行かず、事務室の自分の席へ戻り、新聞を読んだりして過ごす。
十三時から勤務を再開する。この日は午前中のミーティングのほかは会議の予定はない。本社からの指示事項や喫緊の課題も特にない。午後、もう一度工場巡回に出ることもあるが、この日の山内は自席で業務を続けた。
十七時に勤務終了である。この日はライン停止による遅れはあったものの、十七時には製造終了した。工場従業員へは、なるべく残業せず、仕事が終わったら速やかに帰宅するようにと日頃から奨励しているため、山内は率先垂範して十七時過ぎには事務室を出るようにしている。
更衣室で作業着を脱ぎ、私服へ着替えると、車で帰途に就いた。




