(11)今後のこと
強い日差しに肌を焼かれる季節になった。三島工場閉鎖に向けて、着々と準備が進められている。
製造課所属の契約社員がまた二名退職した。二名とも転職先が決まったとのことなので、山内は安心した。退職者の人員補充は行わないが、工場の稼働に影響はなかった。
工場は最終的には建屋を取り壊して更地にし、土地は売却する予定である。工場の建物や機械装置、工具器具備品等の固定資産実査と、除却や売却によって発生する損失額の算定が行われた。また、閉鎖後の整地についても業者との打ち合わせが進められた。
閉鎖後の紙パックジュース二五〇ミリリットル製品の委託先との交渉も行われており、三島工場で製造している製品全量の受託が可能であるとの製造受託会社からの回答が得られている。委託加工賃についての交渉もほぼまとまりつつあった。
工場の休日に、姉の敏子が山内の自宅へ訪ねてきた。
敏子は仏壇で線香をあげ、鐘を鳴らしてから両手を合わせた。
「貞夫。あなた最近、だいぶいい顔になって来たわね」
「そう?」
「やっと乗り越えられたように見えるわ。今ならもう、会社を辞めても大丈夫そうね」
「そうかもしれない」
「会社を辞めて、どうするつもりなの?」
山内は、退職後の大まかなプランがようやく固まりつつあった。
「退職したら、伊豆半島の巡礼に出ようと思っている」
「巡礼?」
伊豆半島の外周と内陸をほぼ網羅するようにして巡る八十八ヶ所霊場、約四百四十キロの道のりを、山内は歩き遍路で回ろうと考えていた。その全行程を歩き通すには約一ヶ月はかかると見込んでいた。
巡礼の道のりは平坦なだけではなく、起伏のある難所が何ヶ所もあって、相当な苦行になるものと覚悟していた。
「だけど、十二月から出かけるのは厳しいんじゃない? これからだんだん寒くなるわよ」
「そうなんだけど、春まで待っていては気持ちがだれてしまうし、それまでの間、どう過ごせばいいかも分からない。一刻も早く巡礼に出て、浩一と初枝の供養をしつつ、自分を見つめ直す時間をもちたい。だから、会社を辞めてすぐに出かけた方が気持ちを整理しやすいと思うんだ」
「なるほどね」
「時間を気にせず、自分のペースでゆっくり歩くさ」
「そうしてちょうだい。浩ちゃんと初枝ちゃんの供養、あなたが納得がいくまで存分にしてきてね」
「親父とおふくろの供養は、特にしなくてもいいよね?」
「まあ、それでいいんじゃない。お父さんもお母さんも、一応天寿を全うしたんだから。お遍路での供養はあえてしなくても、きっと怒らないと思うわ」
敏子がそう言うと、二人は顔を見合わせて笑った。
敏子は、持参してきた手作りのおはぎを皿に乗せ、二つの湯呑みにお茶を注ぎ入れた。山内は好物のおはぎを皿から箸で一つとり、そのままかぶりついた。
「お遍路から帰ってからは、何かやることを決めているの?」
「まだきちんと決めているわけではないけど」
山内はおはぎを咀嚼し終わってから、続けた。
「児童養護施設で働こうと思ってる」
「へえ、どうして?」
「突き詰めて言えば、浩一を失ったことへの代償行為みたいなものかもしれない。俺は父親として、浩一を大人になるまで育て上げることができなかった。もちろんそれは、理不尽な事故によるものだけど、自分の心の中でそのことが大きな空洞のようにぽっかり空いたままなんだ。だから、その空洞を埋めるために、子供たちの成長を見守る役割を任じてみたいんだ」
「そうなの」
「子供たちのためというよりも、結局は自分のためなんだけどね」
敏子は皿のおはぎを小皿に一つとり、箸で小さくしたものを口に運んだ。
「貞夫の考え、とてもいいと思う。結局、人は自分が納得するように行動することが一番大事なんじゃないかしら。あなたにとっても、施設の子供たちにとっても、きっといい結果が得られると思うわ」
「実際には、そんなに甘くないのかもしれないけど」
山内は、箸を手に持ったまま、しばらく一点を見つめていた。
浩一も初枝も、早死した。
特に浩一は、大学生になって、将来の夢や目標を胸に秘めたまま、わずか十八歳でそれが絶たれてしまった。浩一の無念を思うと、山内は自分の胸をかきむしりたくなるような衝動を抑えるのがやっとだった。
(その衝動を鎮めるためにも、まずはお遍路に出るしかない)
山内は、藁にもすがるような思いで巡礼に出発する日が来るのを待ちわびていた。




