(12)旅立ち
十一月下旬、三島工場会議室で工場閉鎖の神事が執り行われ、工場管理職と主任以上、それに生産本部長の長谷川、生産企画部長の乾が参列した。神主による祝詞奏上後、一人ずつ順番に玉串奉奠を行った。
工場の契約社員は、全員の転職先が決まった。派遣社員三名についても、工場閉鎖後の新たな派遣先が決まったとの知らせを受けた。山内はようやく肩の荷が下りた思いだった。
総合職社員の異動先もすでに言い渡されていた。総務課長の高橋は茨城県の石岡工場、管理課長の藤田は茂原工場、品質課長の内田は長野県の茅野工場、製造課長の小林は東京本社技術部へ転勤する。非管理職の総合職社員も、それぞれ異動先が決まっていた。
工場最終日、全従業員が食堂へ集まり、山内は工場長として最後のあいさつを行った。
「みなさん、長い間大変お疲れさまでした。これで三島工場六十四年の歴史に幕が下ろされますが、これからも三島工場は私の記憶の中で、あるいはみなさんの記憶の中でずっと存在し続けます。三島出身の私にとって、三島工場は入社して初めて配属された工場であり、会社人生を閉じる最後の工場にもなりました。これはとても幸せなことだと思っております。私はこれからも三島で暮らし続けますが、みなさんのご活躍を陰ながらお祈り申し上げます。ありがとうございました」
山内は、深々と頭を下げた。
多くの従業員のすすり泣く声が聞こえた。退職する森本、立川、高木も目に涙を浮かべていた。山内も、涙を禁じ得なかった。
十一月末日をもって、三島工場の三種類の食品営業許可(清涼飲料水製造業、乳製品製造業、乳酸菌飲料製造業)の廃業届を静岡県東部保健所へ提出し、受理された。
同日付で、会社からニュースリリースが配信された。
「弊社は、チルド二五〇ミリリットル飲料製造拠点である静岡県の三島工場を本年十一月末日をもって工場閉鎖いたしました。
当該工場は築六十四年が経過しており、老朽化対策が必要な状況ではあるものの、近隣地域の市街地化進展によって、工場敷地拡張や建て替えは不可能であると判断し、工場閉鎖のやむなきに至りました。
三島工場閉鎖に伴い、固定資産除却損・売却損、解体整地費用、撤退に伴う諸費用等、合計約六億円の特別損失を見積もり計上いたします。」
山内は、敏子と一緒に、丘の上の「山内家之墓」へ来ていた。師走になり、きれいな青空が広がっているが、風は冷たい。いつものように花を取り替え、墓石に水をかけ、線香に火をつけた。
それから墓石前にしゃがんで、二人は静かに祈りを捧げた。
(しばらく留守にします)
ようやく伊豆八十八ヶ所の霊場巡りへ出立する日がやって来た。山内にとって、この日が来るまでがずいぶんと長く、かつ多忙な日々であった。
冬の巡礼は決して楽ではないだろうが、浩一と初枝の遺影を胸に携えて、同行三人で長い道のりを歩くつもりでいた。
「……待ってるからね」
敏子は一言、それだけ言った。山内にとって、何よりのはなむけだった。
了




