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05. 新王誕生

「何を馬鹿な。レオンハルト! お前、王座を簒奪するつもりか!」


 王の座から降りろ。レオンハルトの宣言にクラウスが声を震わせる。隣のカーラも口元をおさえた。

 簒奪という言葉に、会場の貴族たちが息を呑んだのがわかった。


「そう取っていただいてもかまいません」


 レオンハルトはあくまで冷静に、しかしきっぱりと言い切った。

 憤慨したクラウスは玉座から立ち上がると、片腕を上げ大声で叫んだ。


「騎士らよ! レオンハルトを捕えろ!」



 ――しかし、大広間を警備しているはずの騎士たちは、誰一人動かなかった。


 

「何をしている! 相手は簒奪者だ! 引っ捕らえろ!」


 もう一度クラウスが怒鳴り立てるが、騎士たちは一人も動かない。


「これがどういうことかわかりますか? 兄上」


 レオンハルトは諭すように尋ねる。しかしクラウスは聞く耳を持たなかった。


「騎士団長! 何をそこでぼんやりとしている!」


 どうやら出席者の中にいた騎士団長を見つけたらしく、指をさして怒鳴り付ける。

 やれやれといった風に騎士団長――中年のがっしりとした体格の男がレオンハルトの方に近づいてきた。

 しかし、騎士団長がレオンハルトを捕まえる気配はない。

 それどころか、騎士団長は冷めたまなざしを向けて、ゆっくりと首を振った。


「私もレオンハルト殿下の意見に賛成です。この王宮の荒れ具合を見て、陛下は何も思わないのですか? 国の機能はほぼ停止しています。騎士たちはあなたの私兵ではない」

「何を言う! こうなったのも、セレスティーヌがもらってやった私への恩を忘れて条約を破棄させたからだろう!! 恩知らずのせいだ!」


(また条約破棄のせい)


 セレスティーヌはうんざりしながら、わめき立てているクラウスを見つめる。

 アルヴェリアは確かに大国だ。だが、七年間もの間、それに甘え、何もしてこなかったのはクラウスなのだ。

 現に、レオンハルトはアルヴェリアへの依存に危機感を持って動いた。それがリンデンを新たに貿易の拠点にすること。


 条約破棄をされてここまで落ちぶれたのは、王都を始めとする一部のみだというのに。

 そして、そう思っているのはセレスティーヌだけじゃない。他の貴族たちも同じだ。皆呆れたまなざしを玉座に向けている。


「何もわかっていませんね。兄上。そんなだから、皆の心が離れていくんですよ」


 怒りで震えるクラウスを尻目に、レオンハルトは余裕たっぷりに会場の貴族たちを見回す。


「それに、一つ言っておきますが、僕の味方は、騎士団長だけじゃありませんよ。そうですよね?」


 レオンハルトが呼びかけると、大広間中に拍手が巻き起こった。

 そう。国のほとんどの貴族には根回し済みだ。セレスティーヌも根回しに関する協力は惜しまなかった。

 もともとクラウスの王としての求心力は低い。まともな貴族は、セレスティーヌへの側妃降格の宣言を見て、彼を密かに見限っていた。セレスティーヌの軽視は、そのままアルヴェリアを軽視していると取られることに気づいていたからだ。

 元々、クラウスの代わりにレオンハルトが実務を代行していたのは、知る人ぞ知る事実。反発は意外なほど少なかった。

 貴族たちに笑顔を向けるレオンハルト。その光景にクラウスが言葉を失っている。

 どちらかが王にふさわしいかなど、一目瞭然だ。


「ここにいる貴族たちのほとんどは僕たちの味方ですよ。あなたが一部の自分に都合のいい家だけを優遇するから、ずいぶん不満がたまっていたみたいですね。その貴族たちも、あなたを見捨てたようですけれども。安心してください。兄上を裏切った貴族たちは僕が代わりに裁いて差し上げますから」


 貴族の一部がざわめく。ここでレオンハルトについておけば過去の悪事をうやむやに出来ると考えていたのだろう。しかし、彼がそれを許すわけもなかった。何人かの貴族たちがぎくりと身体を震わせたのがわかる。


「ちなみに、カーラ殿を正妃にしたのが破滅の始まりでしたね。彼女に何を言われたかはわかりませんが、セレスティーヌ様をそのまま正妃に据えておけば、あなたもきっとまだ玉座に座っていられたでしょうね」


 なっ、とカーラが顔を真っ赤にしているが、数人の貴族がちらりと視線をやっただけで、あとは無視だ。

 レオンハルトはゆっくりとクラウスの方に近づいていった。

 レオンハルトの迫力に推されているのか、クラウスが後ずさろうとして、玉座に倒れるように腰を落とした。

 ついに、玉座の前に立ったレオンハルトが、無様な格好で座っているクラウスを見下ろす。


「終わりです。兄上。あなたの存在はこの国にとって害悪にしかならない」


 静かにそう宣言する。


「安心してください。あなたの育った環境を考慮して幽閉にとどめておきますから。とりあえずは地下牢で沙汰を待っていただきましょうか」


 レオンハルトが手を上げると、騎士たちがクラウスの身柄を拘束する。完全に騎士団がレオンハルトの傘下にいることの証明だった。


「レオンハルト! この簒奪者が!」


 騎士たちに引きずられながらクラウスが叫ぶが、レオンハルトは動じない。


「なんとでも言ってください。この国のためですから」


 セレスティーヌが引きずられていくクラウスを見送っていると、ふと彼と目線があった。


「セレスティーヌ! お前、私を見捨てるつもりなのか?」


 みっともなく叫ぶクラウスは、キラキラした服を着ているが、矮小な人間にセレスティーヌには映った。


(――ああ。こんな人にわたくしは今まで傷つけられてきたのね)


「見捨てる? わたくしを最初に捨てたのはあなたです」


 自分でも驚くほど感情がこもらない声だった。まだ何かをわめいているが、セレスティーヌの心には何も響かない。

 クラウスの姿が大広間から消えた後、次にレオンハルトはまだ玉座の隣で座っているカーラに視線を向けた。


「わ、私は何もしてないわよね。そ、そうよ。レオン。確かあなたには妃がいなかったでしょう。私がなってあげるわ」


 あからさまに誘惑しようとしているが、レオンハルトは冷たいまなざしを向けただけだった。


「あなたのような、頭の軽い妃は不要です。そもそも愛称どころか名前で呼ぶことすら許した覚えはない。兄上と仲良く幽閉されてください」


 とりつく島もないというのはこのことを言うのだろう。

 頭が軽いと言われたカーラは顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせている。

 レオンハルトが無言で片手を上げると、心得たとばかりに騎士たちがカーラを捕えた。


「ちょ、ちょっと何するのよ! 私はこの国の王妃なのよ」


 クラウスと同様見苦しくぎゃあぎゃあ文句を言っていたが、もちろん温情がかけられるわけもない。

 ここまで国の財政が傾いたのは、カーラの浪費も大きな原因だ。

 王都を廃れさせた元凶――クラウスとカーラの姿が完全に大広間から消える。

 これから王宮の離宮に二人で幽閉されることになる。最低限の衣食住で暮らす日々になるだろう。


(二人がどこまで耐えられるのかしらね。もっとも、わたくしにはもう関係のない話だけれど)


 セレスティーヌは二人が消えていった扉を見つめ――再び視線を玉座へと戻した。

 玉座の前に立ったレオンハルトと視線が合う。

 レオンハルトは、大広間をぐるりと見回して宣言した。



「本日から、私、レオンハルト・アウグスト・ヴァルディスがこのヴァルディス王国の王になることを宣言する!」



 大広間が沸く。玉座に座っていなくとも、王冠をかぶっていなくとも、レオンハルトの姿は王だった。


(レオン殿下。ほんと、立派になったわね……)


 セレスティーヌは貴族たちの支持を得るレオンハルトに胸をいっぱいにする。

 おそらくこのあとレオンハルトはリンデンへの遷都を進めるだろう。行政機能の大半はすでにリンデンに移っている。


(……もう、私がやれることは十分にやったわ)


 レオンハルトが王になれば、もうこの国の民が苦しむこともないだろう。


(もう、アルヴェリアに戻っても大丈夫)


 父にはクラウスが王位を退いたこと、そして弟のレオンハルトが王になったことを告げる。そして、条約を再び結ぶよう進言しよう。レオンハルトは信用のできる王だ、と。

 会場の注目はレオンハルトが一心に集めている。少しずつ離れて、会場を去ろう。そう思っていたのに。


「義姉上。どこへ行かれるつもりですか?」


 そっときびすを返そうとした瞬間、レオンハルトから声をかけられる。慌てたように彼はセレスティーヌの方に駆け寄ってきた。

 セレスティーヌは困ったように微笑む。


「わたくしは、もう――」


 この国には不要な人間だもの。そう続けようとした瞬間、レオンハルトがセレスティーヌの元に跪いた。


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