表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/6

06. ずっと見ていてくれたひと

「!」


 突然のレオンハルトの行動に、セレスティーヌは戸惑った。

 セレスティーヌの手を取ったレオンハルトが、こちらを見上げる。


「義姉上。いえ、セレスティーヌ。――愛しています。結婚してください。これから王となる私を、あなたに支えてほしいのです」


 青い瞳がまっすぐにセレスティーヌを見つめている。セレスティーヌは苦笑した。

 レオンはまだ十代。これからの人間だ。しかも一国の王。いくら白い結婚だったとはいえ、前王に離縁された自分がその手をとるわけにはいかない。

 セレスティーヌは困ったように微笑んだ。


「わたくしを妃にしなくても、アルヴェリアは条約を結び直すわよ。あなたが国王になるんだもの」

「条約目当てではありません! ずっとずっと私は、あなたのことをお慕いしていたのです。――どうか、私の手を取ってください。セレスティーヌ」


 レオンハルトは真摯なまなざしでセレスティーヌを見つめる。その瞳に宿る熱にセレスティーヌは気づいた。


「わたくし、は――」


 セレスティーヌの視線が揺れたのに気づいたのだろう。

 たたみかけるように、レオンハルトが言った。


「僕は、あなたのために王になったのです」


 いつの間にか、レオンハルトの一人称は普段のものにかわっていた。

 はっとセレスティーヌは息を呑む。

 クラウスから側妃降格を言い渡されたあの日、レオンハルトから聞いた言葉。――あなたのため、あなたを守るために王になります。

 セレスティーヌは茶色の瞳を丸くした。


「もしかして、本気だったの?」

「僕は最初から冗談を言ったつもりはありませんが?」


 レオンハルトが拗ねたように軽く唇を尖らせる。



 

『義姉上は兄上に対してもう少し怒っていいと思いますよ』


 結婚当初から夫に放置されていたセレスティーヌの元に、唯一通ってきてくれたのがレオンハルトだった。

 今思えば、レオンハルトも両親を亡くしてさみしかったのだと思う。精いっぱい大人ぶっていたようだけれど。

 故郷を離れたセレスティーヌにとって、彼の存在がどれだけ支えになってきただろう。

 レオンハルトは、いつもクラウスがセレスティーヌを放置していることに腹を立てていた。そのくせ仕事ばかりは押しつけてくる。


『いいのよ。もう諦めているから。私は王族として役目を果たす。それだけ』


 セレスティーヌの微笑みには諦念が浮かんでいたのだろう。


『そんな……。僕だったら、僕が兄上だったら、絶対放っておくなんてことしないのに』


 そう言ってレオンハルトは拗ねたように唇を尖らせる。

 まだ幼さの残る十代前半。その仕草が可愛らしくて、セレスティーヌは微笑んだ。


『ありがとう。レオン』




 

 忘れかけていた昔のやりとりが脳裏によみがえる。

 あの頃から、ずっとレオンハルトはセレスティーヌのことを見ていてくれたのだ。

 成長し立派になったレオンハルトの姿が、まだあどけない彼の顔と重なる。

 けれど、向けられる青い瞳はあの頃とあまり変わっていない。


(ずっと、レオン殿下だけがわたくしのことを見ていてくれた――)


 そうだ。レオンハルトが成人を迎えるまえから公務を手伝っていたのも、セレスティーヌの負担を軽くするため。

 セレスティーヌが側妃への降格を宣言されたときも、真っ先にレオンハルトが様子を見に来てくれた。手を差し伸べてくれた。

 ずっとずっと側で支えてきてくれたのだ。

 彼を支えるという未来も、悪くないのかもしれない。

 何より、セレスティーヌことをこんなにまっすぐな目で見てくれるのは、後にも先にも彼だけだろう。


(まだ恋じゃないかもしれないけれど)


 でも、今この手を取らなかったら、後悔する日がきっと来るような気がした。

 セレスティーヌはレオンハルトの真摯なまなざしを見返すと、ゆっくりを口を開いた。


「――わたくしでよければ」


 レオンハルトがぱっと顔を輝かせる。

 立ち上がるとぎゅっとセレスティーヌを抱きしめた。


「セレスティーヌ。絶対に幸せにします!」


 心底嬉しそうな声が降ってくる。

 セレスティーヌはたくましくなったレオンハルトの胸に顔をうずめる形になってしまう。

 ここは王宮の大広間だ。貴族たちがみんな見ている。

 かあっと顔を熱くしたセレスティーヌが離れようとするが、レオンハルトの力は強く離してくれない。


「レオン殿下、ちょ、ちょっと」

「昔みたいにレオンって呼んでください」


 レオンハルトは甘ったるい表情でセレスティーヌを見つめてくる。


「大丈夫。将来の国王夫妻の幸せな様子はみんなが喜びますよ」


 ええ、と思いつつも、確かに周囲から聞こえるのは祝福の声ばかり。


「レオン……」


 もう少しだけならこのままでもいいのかもしれない。

 セレスティーヌはもう少しだけレオンハルトに身を委ねることにした。




 * * *





 一年後。ヴァルディス王国は、リンデンに遷都した。

 レオンハルトが前々から準備を進めていたとはいえ、なかなか骨が折れる作業だった。

 もちろんセレスティーヌも、各国への連絡など手伝えることは手伝った。

 それなりにスムーズに進んだのは、クラウスの悪政で既に旧王都は機能を失いつつあったからだろう。

 リンデンの城。代々の領主に受け継がれていたという白亜の城が、今ではヴァルディスの王宮だ。もっとも国政機能をそのまま移転させるには狭かったので、市民の手続きなどを行う部署を中心に城の外に建物を借りてそこで執務をしている。


 アルヴェリアとの条約を結び直したこともあり、新王レオンハルトの評判は上々だ。まあ、前がアレだったというのもあるだろう。そんな前王クラウスはカーラとともに旧王都にある離宮に幽閉されている。毎日ケンカをする怒鳴り声が聞こえてくるという話だ。その話を聞いたとき「そのうち刃傷沙汰になりそうですね」とレオンハルトは感想を述べたけれど、シャレにならないのでやめてほしい。



 

「セレスティーヌ!」


 城の一室。セレスティーヌを呼ぶ声と共に扉が開く。現れたのはレオンハルトだった。


「あ。陛下」


 普段着のドレスをきたセレスティーヌが振り向く。周囲には侍女と帰り支度をするお針子たちの姿があった。


「間に合わなかったか……」


 その様子にがくりとレオンハルトが肩を落とす。


「いいじゃないですか。本番のときには見られるんですから」

「でも、いち早く僕も見たかったんですよ。あなたのウェディングドレス姿」


 そう。今日はセレスティーヌの花嫁衣装の試着日だった。細かな調整は必要なものの、サイズが合わなくなっていた、などの事態になっていなくて心底良かったとセレスティーヌは思う。

 できればセレスティーヌのドレス姿を見たい、と言っていたレオンハルトだったが、さすがに間に合わなかったようだ。


「結婚式でいくらでも見られるわよ」


 来月、このリンデンの城で二人の結婚式が行われる予定だ。前王クラウスの妻だった自分とレオンハルトの結婚が認められるのか不安だったが、公開求婚の効果もあってか、意外と反対の声は少なかった。

 ちなみに結婚式と同時に、多忙で先延ばしになっていた戴冠式も行う予定でいる。

 本当にこの一年は忙しかった。でももう少しで落ち着くだろう。


「でも、今日見たかったんです」


 レオンハルトが拗ねたように唇を尖らせる。この表情にセレスティーヌが弱いことを知っていてわざとやっているんじゃないだろうか。

 後ろからきゅっと甘えるようにレオンハルトが抱きついてくる。


「セレスティーヌ。傷心の僕を慰めてください」


 そんな彼が非常に可愛らしいと思う。けれど。


「こんな人前で駄目よ」

「駄目じゃないですよ。だって、ほら、もう、誰もいません」


 レオンハルトがセレスティーヌの耳元で囁く。優秀な侍女たちはお針子と共に部屋から姿を消していた。


「しょうがないわね。レオン」


 そんな彼が可愛らしくも愛おしい。

 もう断る理由はなくなってしまったセレスティーヌは、レオンハルトの頬にそっと触れた。


 一年前、彼の手を取ったときは、まだ完全な恋ではなかった。ずっと弟としてみていたのだ。当たり前だろう。

 でも、彼の手をとって、正式に婚約をして、共に執務をこなすようになって。

 気持ちは確実に変わっていった。


 ――次の結婚は幸せなものになるだろう。それだけは断言できる。

 

最後までお読みいただきありがとうございました!

少しでも面白いと思ったら、ブックマークや☆で評価していただけると励みににあります。


今度は、親の再婚で出来た or 親戚の子を引き取った義弟も書きたいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ