04. 王宮へ
約半年ぶりの王都は、驚くほど寂れていた。
馬車の中から、閑散とする大通りをセレスティーヌは眺める。
王宮を出たときはもっと活気があったというのに。
もっとも、王都にだけ特別高い税がかけられてしまっては当然だろうとも思える。ただでさえ、通行料が上がり品物が入りづらくなったところに、追い打ちがかかった。
よほどの事情がない限りは、王都を出て行った方が得。セレスティーヌは、リンデンの街に人が増えていることを思い出した。
「思った以上に人がいないわね」
セレスティーヌがつぶやくと、向かい側に座るレオンハルトは肩をすくめた。
「特別関税が決定打でしたね。まともな商人は王都を出ていきましたよ。兄上がこの惨状にどこまで気づいているかは怪しいですけどね」
まさか、気づいてないなんて……と口にしようとして、クラウスなら十分あり得ると気づく。
あの男は自分に都合のいいところしか見ないから。
それが顔に出たのかレオンハルトがくすりと笑った。
「義姉上、そろそろ王宮に着きますよ」
馬車で王族用の入り口につける。
馬車を降りるセレスティーヌにさりげなくレオンハルトが手を貸してくれる。こうした気遣いができる大人になったんだな、とセレスティーヌはじんとした。
何せ、初めて出会ったとき、レオンハルトは十一歳だった。身長だってセレスティーヌより低かったし、声だってまだ高かったのだ。
「馬車に乗るときも思いましたが、今日の義姉上は一段とお美しいですね。その色、よくお似合いです。僕はもっと義姉上は明るい色を着るべきだと思っていたんです」
今日、セレスティーヌが着ているのは華やかな水色のドレスだ。クラウスが絶対に送ってくれなかった華やかな色合い。
セレスティーヌは一瞬目を見開いてから、破顔する。
「ありがとう。レオン殿下こそ、よく似合っているわ」
今日彼が着ているのは、質のいい生地で出来た黒の上下だ。
セレスティーヌの褒め言葉にレオンハルトは本当に嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます。では――いざ、王宮へ行きましょうか」
――王宮は非常にボロボロな状態だった。
なぜ、半年足らずでここまで荒れるのだろう。
セレスティーヌが首をかしげていると、隣を歩くレオンハルトが言う。
「おそらく、いろいろ切り売りしているんでしょう。飾られていた絵画が全くありません」
もしくは雇った人間の質が悪いのかもしれないですね、などと恐ろしいことを付け加える。
セレスティーヌが暮らしていた頃の王宮ではたくさんの人が働いていたのに、見かける使用人もごくわずか。
「人の手が圧倒的に足りないみたいね」
掃除も追いつかなければ、修繕も追いつかない。それでどんどんみすぼらしくなっている、と。
「そもそも王都から人が逃げていますからね」
「大広間がどうなっているか、ある意味楽しみね」
最低限の体裁は整えているのだろうけれど。
「ええ」
「それにしても、どうしてほかの貴族の姿を見かけないのかしら」
セレスティーヌは周囲を見回しながら言う。建国記念式典なのだ。他の貴族たちも呼ばれているはず。
怪訝そうに眉をひそめるセレスティーヌにレオンハルトは軽く肩をすくめた。
「兄上のことだから、くだらない企みをしているんじゃないですか」
セレスティーヌとレオンハルトが姿を現すなり、大広間中の人間の注目が二人の立つ扉の前へと集まった。
扉からまっすぐ玉座まで敷かれた赤絨毯。その両脇にいる貴族たち。貴族たちが遅れて登場した二人にざわめく。
どうやら、すでに貴族たちは集まっており、式典も開始しているようだ。
玉座には偉そうにふんぞり返ったクラウス、そしてその隣には濃い桃色のドレスを着たカーラが座っている。キラキラと輝くドレスは美しいが趣味がいいとはあまり言えない。
「セレスティーヌ! レオンハルト! 堂々と遅れてくるとはどういう了見だ」
クラウスは二人の姿を見るなりわざわざ立ち上がってそう糾弾した。貴族たちのざわめきが大きくなる。
(こちらは時間通りに来たわけだけれど……)
なるほど。わざと遅い時間を知らせておいて、こちらが失礼をしたという形に持っていくつもりなのか。それで何か要求を呑ませるつもりなのだろう。
レオンハルトのエスコートで、セレスティーヌは広間の中央まで進む。
「失礼いたしました。陛下。何らかの手違いがあったようです」
セレスティーヌは言いたいことを押し殺して、殊勝に謝罪をする。貴族たちのざわめきがやんだ。
はん、とクラウスが鼻で笑った。
「この建国記念式典に遅れてくるとは言語道断。しかし、アルヴェリアとの仲を取り持つのであれば、お前の失態を許してやろう」
最初からそのつもりだったのだろう。が、考えることが浅はかすぎる。
セレスティーヌはすっと表情を消して玉座に座るクラウスを眺めた。
隣のレオンハルトを盗み見れば、彼も冷め切った表情でクラウスを見つめている。
(いい機会だわ)
セレスティーヌは大きく息を吸い込むと、大広間中によく通る声で宣言した。
「お断りいたします」
しんと会場がしずまる。少し間を置いて、クラウスが間抜けな声を出した。
「――は?」
「だって、わたくしにはアルヴェリアとの仲を取り持つメリットがありませんもの」
セレスティーヌは今までクラウスに刃向かったことがなかった。
そのためだろう。セレスティーヌの反抗的な態度にクラウスが驚いている。
(今までずっと我慢してきたわ。でも、それが間違いだった。もっと早く気づくべきだったのよ)
「な、何を言っているんだ! セレスティーヌ」
(だってこの人は、直接言ってもわからない人間なのだもの)
「だってそうでしょう。アルヴェリアとの条約が破棄されたのは陛下の失態。何故、わたくしが取りなさなければならないのですか?」
「お前は、私の妃だろうが! 国のために身を粉にするのは当然だろう!」
「いいえ。もう妃ではありませんわ」
セレスティーヌはゆっくりと首を振った。
隣ではレオンハルトが楽しそうな顔で見守っている。
「何を言っているんだ。側妃だって立派な妃だろうが」
「そうですわよ。正妃から外されたからと言って、いじけるのはやめたらいかがです?」
今まで黙っていたカーラがここぞとばかりに口を挟む。その口調はどこか誇らしげだ。セレスティーヌを押しのけて正妃になった自負があるからだろう。
はあ、とセレスティーヌはこれ見よがしにため息をついた。
「陛下。ご存じないのですか? わたくしと陛下はもう既に夫婦ではありません。離縁が成立しているのです」
セレスティーヌのこの宣言にはさすがに貴族たちも驚いたらしい。が、もっと驚いていたのは当事者であるはずのクラウスだった。
「何を――」
「結婚の際に、契約を交わしたではないですか。正妃から降りるようなことがあった場合、わたくしが望めば離縁ができる、と」
思えば父親は何かを感じ取っていたのかもしれない。わざわざそんな項目を盛り込んだのだから。
「あなたに側妃への降格を宣言された時点で、わたくしは離縁を望みました。書類だって提出して、陛下のサインもありますよ。つまり、離縁は成立しております。もう既にわたくしたちは赤の他人です。わたくしはただ、アルヴェリアの大使としてこの国に滞在しているだけ」
「馬鹿な。そんな書類は……見ていない!! つまり無効だ!」
苦し紛れにそんなことを言い出すクラウスに対し、セレスティーヌははあとため息をつく。
レオンハルトをちらりと見ると、彼は小さくうなずいて手を叩いた。一人の文官が書類を持ってやってくる。
セレスティーヌは書類を受け取ると、視線を落として、わざとらしく声をあげた。
「おかしいですわね。離縁届にはしっかり陛下のサインが入っていますが」
セレスティーヌははぴらりと書類をクラウスの方に向けた。
「セレスティーヌ!」
「陛下がこの書類にサインをしたとき、文官は目を通さなくてもいいのか、と聞いたそうですわ。あなたは読まないままサインをしたそうですが」
「……」
淡々としたセレスティーヌの指摘に、クラウスは顔を真っ赤にしている。心当たりがあるのだろう。
まあいい。セレスティーヌはクラウスの方を見て言った。
「その上で申し上げます。アルヴェリアはあなたが玉座に座っている限り、条約を再び結ぶことはありません。これはアルヴェリアからの正式な文書として預かっております」
「なっ」
言葉を失ったクラウスだが、すぐに思い直したらしい。
「この恩知らずが! お前をもらってやったというのに!」
もらってやった。この男はいつもそればかりを言う。もううんざりだ。
「陛下が勘違いしているようなので訂正しておきますわね。むしろ、わたくしが頼まれて陛下と結婚したのです。周囲からは止められたんですよ。もっといい相手がいると」
まあ、その相手というのは、小国の王という立場の意味でクラウス自身の評価ではないのだが、まあそれをわざわざ言ってやる必要はないだろう。
「本当にあなたは容姿しかみていないのですね」
下に見ていたセレスティーヌから、逆にこちらが結婚してやった立場だと宣言されて、クラウスは憤慨する。
「セレスティーヌ。お前、何を偉そうに」
「わかってなかったのは兄上ですよ。大国アルヴェリアの末の王女にもらい手がないわけがないでしょう。わざわざこんな小国に来てくださったことに感謝しなければならなかったんですよ。それを兄上ときたら、髪と目の色だけで義姉上を蔑んだ。考え得る限り最悪の立ち回りです。そして、それが今の王都の原因になっている」
割り込んだのはレオンハルトだった。真面目な顔できっぱりと言い切る。
大広間中の注目がレオンハルトに集まる中、彼はびしりと玉座のクラウスを指さすと大きな声で宣言した。
「というわけで兄上。国王の座から降りてください。ヴァルディスにはアルヴェリアの後ろ盾が必要です。あなたが玉座にしがみついている限り、この国に未来はない」




