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雪月華  作者: 杏月飛鳥
雪月華
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第一二話 今夜の誘い(いざない)

 壁に凭(もた)れて言う怜治を見遣って、健一はベッドから降りると詰め寄った。


「なんか馬鹿なこと考えてるわけじゃないよな?」

「馬鹿なことって?」


 顔を上げずに返す。


「怜ちゃんが俺の分まで身代わりになるとか、そう言うことだ。どうせ、まだ自分のせいだとか思ってんだろう」


 怜治は健一から顔を逸らした。それはあからさまな肯定だった。

 と、その時、怜治はいきなり布団に引き摺り倒された。


「何す……」

「取り敢えず、寝ろ!」


 起き上がろうとする怜治の頭を無理矢理に押さえつけて健一は強く言った。


「なんで」

「いいから寝ろって!」


 眉を顰めて健一を見る怜治を、怒ったような顔をして叱りつける。


「俺が疲れてたように、怜ちゃんも疲れてるはずだ。だから晩飯までは寝てろ。あとで起こしてやる。雪にも月にも華にも何もさせねぇ!」


 それでも何か言おうとする怜治の機先を制して、健一は怜治の瞼の上に手を置き、もう片方の手で手を握ってやった。


「俺がちゃんとここについてる。手も握っててやる。だから怖くない! 少し寝ろ」

「……健ちゃん」


 それにどこか脱力したような声が出る。


「怜ちゃんは昔から考えすぎる悪い癖がある。何も考えなくていいから、今はとにかく寝ろよ」

「……でも、華緒はいつの間にか俺達を夢の中に連れて行った。徹夜しようとしても、無駄かも知れない」

「そんなの分かんねぇだろ? 昨日はたまたまそうだっただけかも知れない。それに、あいつらのことなんて何も分かってねぇんだ。抵抗しようと思えば、出来なくないかも知れないだろ? やってみなきゃ分かんねぇことだらけだ」


 言って、手をぐっと握りしめる。


「今分かってることは……そうだな、昨日は怜ちゃん夜の十二時くらいに夢見たって言ってたよな? そのくらいからがやばいってことじゃないか? それまでは安全なはずだ」

「瞬きするだけで、気付かないうちに夢の中だ。起きているつもりなのに、二人共夢の中にいる。……でもこれは華緒の力なのかな? 雪野の時は俺だけ。月姫の時は健ちゃんだけだった」

「実際、分からないことの方が多すぎる。考えすぎるのはやめよう」


 それにどこか仕方なげに、うん、と返して怜治は瞼を閉じた。

 健一も掌の下で怜治が瞼を閉じたのを感じて、手を退ける。そして怜治の腹の上にタオルケットを掛けてやった。これは健一の癖のようなものだ。母の文代に、「どんなに暑くても、お腹にはタオルケットを掛けなきゃ駄目よ」と子供の頃から散々言われ続けたせいだ。自分でもそうするように、怜治にもそうしてやった。


 暫くは沈黙の時が流れた。健一も怜治も身じろぎ一つしない。


 健一がそのままじっとしていると、いつしか怜治は静かに寝息を立て始めた。繋いだ手からは力が抜け落ち、瞼の下では目玉が動き出している。夢を見始めたのだ。しかしその顔に苦しげな色は微塵もない。

 少しでも苦しげならすぐに起こしてやろうと思っていたが、その必要はないようだった。それだけでもほっとする。溜息を零して、知らず苦笑していた。


 健一は怜治の手を取ったまま、ベッドの上に置きっぱなしにしてあった漫画を手に取ると、ベッドに背を預けてぱらぱらと読むでもなしに眺めていた。


 その間中、壁掛け時計の秒針の音が空気を微かに震わせながら、ゆっくりと確実に時を刻んでいく。部屋の中も時間が経つごとに徐々に薄暗くなってきた。顔を上げて時計を見れは、もう六時半を過ぎていた。そろそろ階下から夕食が出来たと声が掛かる頃。

 健一は怜治を起こす為に肩に手をかけた。


「怜ちゃん、そろそろ飯だぞ。起きろ」


 その声に、怜治は寝惚け眼をぱちぱちと瞬かせながら起き上がる。


「少しは眠れたか?」

「なんか、変な夢見てた気がする」


 額に手を当てて答えると、


「変な夢?」


 聞いた健一の眉がぐっと寄る。

 それにすぐ気付き、怜治は慌てて否定した。


「いや、違う。あいつらの夢じゃない。意味不明のただの夢だ。どんな夢だったか半分も思い出せない」

「なんだ、そうか」


 怜治の言葉に安堵して、溜息と共に肩を落とした。

 健一が肩を落としたと同時に、階下から二人を呼ぶ文代の声が聞こえてきた。


「ようやく飯だ。流石に腹は減ったかな。でもあんま、食欲はねぇな」

「昼抜きだったのに?」

「うん。……でもま、行こうぜ」


 ごちゃごちゃ言いつつ、二人は階下に降りて夕食をすませ、交互に風呂をすませてから部屋へと再び戻る。


 部屋へ戻ってすぐに健一はデスクトップパソコンを立ち上げた。音楽を聴く為だ。怜治はいつもヘッドフォンで音楽を聴いているが、健一はネットで買った一万円ほどのツーウェイのスピーカーをパソコンに繋げて音楽をかけている。僅かばかりパソコンを弄ったあと、すぐにスピーカーからロックが流れ始めた。


 それを聴き、すぐに怜治が反応を示す。


「キラー・ビーか? 新譜?」

「分かったか?」

「ここ、ギターが独特だし、この曲知らないし」


 キラー・ビーはメジャーにならないのが不思議なくらい人気のあるアマチュアロックバンドだ。所謂、インディーズというやつだ。一説では、なぜかメジャーからの誘いを悉く断っているとも伝えられている。人気がある故にインディーズでありながら、ライブのチケットもネットでは二、三分で完売してしまうほどだ。最近ではチケットの転売が酷いとも聞く。


「このアルバム、先週発売されたばかりなんだぜ」

「買ったのか?」

「mp3でな。CDなんて発売前からショップに並ばないと買えねぇよ。でも、CDじゃないと聞けない曲もあるんだよなぁ……欲しいよなぁ」


 悔しげに頭をがりがりと掻きながら、漫画本の散らかったベッドに座り込む。その拍子に、本がばさばさとベッドから落ちた。


「いい加減、本片付けろよ。俺は健ちゃんが眠ってる間に片付けたぞ」


 それに対して、ん~、と唸ると、


「今夜は完徹するつもりだから、暇潰しは必要なんだよな」


 少しばかり暗い顔で言い遣る。


 完徹という言葉を聞いて、怜治も僅かばかり頬を引き攣らせた。

 そうなのだ。今夜は完全徹夜のつもりで起きていなければならない。少しも油断は出来ないのだ。

 怜治はベッドに背を預ける格好で布団の上に座ると、傍に落ちていた本を拾い上げてぱらぱらと捲った。そして口を開く。


「今夜はどうやって出てくるかな?」

「徹夜のつもりだから、ひょっとしたら昨日みたいに気がついたら夢の中に引き摺り込まれるかもな」

「一体、俺達の目がどうしたって言うんだろうな。この目を手に入れたら、あいつらどうなるって言うんだ?」


 いいながら、怜治は右の目元に手を持って行く。


「分かんね。分かんねぇけど、きっと碌なことは起こらないと思う」


 それを聞きながら、怜治はぽつりと零した。


「画竜点睛、なのかも……」

「え? 画竜点睛? どういうことだ?」

「ほら、絵に描いた龍に瞳を描いたら、龍は天に昇ったってやつ。それと通じるものがあるんじゃないか、と思って」

「どういう意味だ?」

「俺達の目って、右目と左目の色が少しだけ違う。俺は右目、健ちゃんは左目。それをあいつらは欲しがってた。もしかしたらだけど、俺達の目を奪ったら、あいつら人間になれるとでも思ってるんじゃないのか?」

「それが……画竜点睛?」


 うっそりとした薄気味悪さを感じて問い返す。


「うん、なんかそんな感じ? 深い意味はないけど、なんとなくそう思った。俺達の目を奪ってどうするのかって考えたら、思いついた」

「もしそうなら嫌な話だな。笑えない」

「思いついた俺だって笑えないよ」


 そのまま会話が途切れて暫く、ロックの重低音だけが二人の腹に響いた。


「とにかく、ここで暗くなっててもしようがねぇよ。あいつらがまた出てきたときにどうすればいいか、その対応策でも考えるか」

「対応策? どんな」


 怜治が顔を上げて健一を見上げる。


「取り敢えず、捕まっちゃ駄目だ。拘束されても。昨日の華緒の力、凄かっただろ? 雪野も月姫もきっと力は凄い。人形のくせに、俺達より力があるはずだ」

「それは……人形、だからかも知れない」


 その言葉を聞いて、健一は不思議そうな顔をした。そのせいか鸚鵡返す。


「人形だから?」

「人間じゃなく、人形だから力の上限なんてないんじゃないかな?」

「……かも、知れないな」


 怜治の言葉に、健一は考え込む風にして頷いた。そして続ける。


「あとは何があると思う?」


 怜治は、そうだなぁ、と呟いて、


「俺か健ちゃんのどっちかが眠っていたら必ず起こすことかな」


 必須の言葉を口にした。


「だな。……でも、二人同時に夢に引き摺り込まれたら意味がない」

「それは……その時に考えるしかないよ。ただその場合は、どうやったら夢から醒めることが出来るかを考えなきゃいけない。どうしたら自力で夢から醒めることが出来ると思う?」

「自力でってのは難しいんじゃねぇか? 今まで、何かの拍子に目が醒めてたからな」

「やっぱり難しいか」


 それに対して健一は、うん、と答えるしかなかった。


 そしてそのまま会話はぷつりとなくなってしまった。音楽はスピーカーから流れ続けるまま、互いに没頭できずに本のページを捲るだけだ。


 その間、二人はそれぞれに時折ちらと時計を見遣る。だが、時間はじりじりとしか刻を刻まない。まんじりともしないまま夜が更け、無事に明けるのを待った。

 そうして時間が経過していき、ようやく深夜零時を迎えた頃だった。


「そろそろ、かな」


 健一が時計を目にして言う。

 その声に導かれるままに怜治も時計を見た。そして読んでいた本に目を落とし、そのまま本を閉じる。


 だがその瞬間、怜治の視界に奇妙なものが飛び込んできた。


 目の前に机がある。

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