第一一話 休息
怜治と健一は部屋に戻ってすぐ、ニュースの話をし始めた。
「さっきのニュースの犯人って……あの人形だよな?」
怜治が言って、布団の上で硬く手を握った。
「多分。だって、目玉抉って首絞めるなんて、まるで今朝の夢と同じじゃんか」
ベッドに腰掛けて膝の上で組んでいる両手を見詰めながら、健一は忌々しげに言った。
「じゃあ、あの華緒の真っ赤な手って、住職さんの血か?」
「それしか考えられねぇ」
「……こんなこと言うの今更だけど、俺、びびってる」
怜治は膝を抱えながら言葉を吐き出した。
それを受けて、健一も返す。
「俺だってマジ怖い。人形のくせに人殺したなんて」
その言葉に怜治はこくりと頷いて、
「あの人形、夢の中で目を欲しがってたよね? 住職さんも目を抉られてる。なんでだと思う? なんで目なんか欲しいんだ?」
酷く暗い声を出した。
「それは……分かんねぇよ。でもあいつら、俺の左目と怜ちゃんの右目を欲しがってた。あの坊さんは、多分だけど……俺たちの代わりに目を刳り抜かれたような気がする」
「目を刳り抜いたはいいけど、欲しかった目じゃなかったってこと? それで昨日、俺達のところにまで来たってことか? いったい、俺達の目がなんだって言うんだよ……」
「さぁな。わけが分かんねぇよ」
怜治は健一のどうにもならない言葉に、握り合わせた両手をぎゅっと握りしめる。
二人の間に沈黙が落ち、少ししてから不意に怜治が呟いた。
「……どうする?」
「え? どうするって?」
その問いに怜治は難しい顔をしてから返した。
「あの人形だよ。供養して貰えるかも知れなかったのに、住職さん死んじゃったじゃないか。取り返さなくてもいいのか?」
「ば、馬鹿」
健一は慌てたように顔を上げて口走った。
「殺人事件で警察が彷徨いてんだぞ? そんなところにのこのこ行けるかよ」
「なら、どうする? 放っておいていいわけないだろう?」
僅かに呼気を落として言う。
「それでも……今は手出しできねぇよ」
その言葉に怜治は、目を伏せて眉を曇らせた。
「今日……連絡が来ることになってたんだ。寺内で検討してくれたはずなんだから」
「寺じゃ今、それどころじゃないだろ? 坊さんがあんな殺され方したんだ」
「うん……、全く関係ない人まで巻き込んじゃったな」
「俺達の考えが甘かった。こんなに恐ろしい人形だとは思わなかった」
言いながら、健一は手形のついた足首をさすっていた。
「関係ない人を巻き込んだ挙げ句、殺した……俺のせいだ」
怜治が苦々しい表情で呟いた。
「ちょっと待てよ。なんで怜ちゃんのせいなんだ?」
「だって、俺が人形供養に出そうなんて言わなかったら、住職さんは死なずにすんだんだ。俺のせいだ」
「それは違う! 俺達は二人共、あの人形があんなもんだとは思わなかった。それでも怜ちゃんのせいだってんなら、俺のせいでもある! 人形供養に賛成したんだからな」
馬鹿なこと考えるなよ、と建一は最後に語気荒く言う。
怜治は溜息をついて健一を見るが、その目には沈鬱な色があった。
その目を困ったように見遣り、健一は言葉を落とす。
「これは……誰のせいでもない。もし誰かに責任があるんなら、俺のせいだ。あんなもの、引っ張り出すんじゃなかった」
「健ちゃん」
「だって、そう言うことだろ?」
健一は自嘲するように笑んだ。
それに対して、怜治は何も言い返すことが出来なかった。ただ困惑したように眉根を寄せるだけだ。
その様子に健一は嘆息してから言った。
「取り敢えず、この先どうなるかは様子見だな。寺からも連絡が来るかも知れないしよ」
「そうだな。人形が手元にないんじゃ、どうすることも出来ないもんな」
「……それにあいつらは昼間は手出ししてこないみたいだ。今まで全部夜だった。夢の中でも夜だった。でも、朝には目が醒める。この間、怜ちゃんが昼寝したけど、その時は大丈夫だっただろ?」
「まぁ、あの時は……」
健一の言葉に、曖昧に頷いてみせる。
「……ってことは、昼間は休んだ方がいいってことじゃないか? 身体は疲れてないみたいだけど、精神的には確実に参ってる」
最後に「疲れたよ」と言って健一はベッドの上に倒れ込んだ。暫く天井を眺めていたが、ふと怜治に声をかけてくる。
「怜ちゃんは疲れてないか?」
「どうかな? よく分からない。でも健ちゃんが寝るんなら、その間に何が起こるか分からないから、俺は起きてる」
「……眠れるかな……」
「ちゃんと俺が見張ってるよ。だから眠れるなら眠った方がいい」
それに対して、「ん」とだけ答えると、健一は目を閉じた。その耳に、
「昨日煎れてくれたコーヒーまだ余ってるよな? 貰ってくる」
怜治の声が聞こえて、うん、と返す。
怜治は階下に降りて勝手知ったる他人の家といった風情でキッチンに入ると、保温状態になっているコーヒーメーカーからマグカップにコーヒーを注いだ。コーヒーから香りはかなり飛んでしまっていたが、今更そんなことはどうでもいいことだった。
リビングでは母親たちが世間話に花を咲かせている最中だ。話に夢中になっていて、怜治がキッチンに入ったことなど気付いていない風だ。何やら賑やかだが、二人共楽しそうなので水を差すことなく健一の部屋へと戻った。
部屋へ戻ると、室内はしんとしていた。健一もベッドにきちんと横になっている。横になり直したのだ。
「……健ちゃん、寝たのか?」
けれど、それにすぐ返事が返る。
「怖いし、そんなすぐには眠れねぇよ」
言って、寝返りを打つ。腹にはタオルケットが掛かっていた。
「大丈夫だよ。俺が見張ってるって言っただろ?」
「それは分かってるけど……昼間でも出ないって保証ないからな」
そんな健一を落ち着かせるように、健一のベッドに腰を下ろした。
「こうしてたら大丈夫だろ?」
言いながら、健一の髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜる。
「よせって」
そう言いはするものの、口調は怒っているわけではなかった。どちらかというと、照れ臭がっているようだった。
怜治は髪を掻き混ぜるのをやめて、昨夜読んでいた本を手に取ると、そのまま続きを読み始めた。
すると、いつの間にか部屋の中には健一の寝息が響き始める。月姫と華緒のことで余程堪えたのだろう。こんな風に寝入ってしまうとは。
健一の寝顔を見ながら怜治は、嫌な夢、悪い夢を見なければいいと漠然と考えていた。
それから暫く経った。昼食の時間になったが、怜治は健一を起こすことはしなかった。ぐっすり眠り込んでいる健一を起こす気になれなかったからだ。このところ互いに嫌な夢を見続けていたから、健一が言っていたように神経が参っているのだと思ったのだ。
文代伯母には適当に言い訳をして、昼食は三人で摂った。
母親と伯母と共に摂った昼食時には、自然と大学進学の話が持ち上がった。勉強の話になった途端、怜治は元々なくしていた食欲が更になくなった気がしたが、しかしこれが現実なのだと思うと心のどこかで安堵する感情が頭を擡げた。
怜治の頭の中で、そうだ、と声がする。これが当たり前の日常なのだと。ここのところ体験した異常な夢は、大きく日常から逸脱したものなのだ。
だが、それをどうすることも出来ないのも事実だった。人も死んでいる。それを思うと改めてぞっとすると同時に、無力な自分にも辟易する思いだった。
昼食の席で散々受験のことや成績のことで振り回されたが、食事を平らげると、怜治はさっさと部屋へ戻っていった。
部屋へ戻っても、変わらず健一は眠っていた。時折寝返りを打つ以外に特に変わったところはない。うなされるでもなく、苦悶の表情を呈するでもなく、深く気持ちよさげに眠っているままだ。
そんな健一の様子を見ながら、本棚から引っ張り出した漫画はあらかた読み終えてしまっていたので、それらを片付けると、今度は小説を読み始めた。手に取ったのは翻訳物の倒叙物のシリーズだ。壁に凭れ掛かって小説を序盤過ぎまで読み進んだ時だった。健一がむくりと起き上がる。
「起きたのか?」
怜治の言葉に健一は眠そうにしながら、「ん~」と伸びをする。
「あぁ、なんかすげー寝た気がする」
ぼんやりしたまま時計を見ると、もう午後三時だった。
「俺、何時頃寝たっけ?」
「十時前には寝てたよ」
「じゃあ、五時間は寝たってことか」
「なんか、変な夢は見なかった?」
それを耳にして健一は怜治を見遣ったが、そのまま首を横に振る。
「あいつらが出てくるような夢は見なかった」
「そうか」
「やっぱりあいつらは夜見る夢にだけ現れるんだと思う。さっき言ったみたいに、この間、怜ちゃんが大丈夫だったのと多分同じ理由だ」
「そうなのかもな」
読んでいた本を脇に置きながら短く答える。
「なぁ、怜ちゃん。昨日、俺達は確かに起きてたよな?」
それに対して怜治は頷いた。健一はそのまま苦々しい顔で言い遣る。
「でも、いつの間にか眠ってたな。どんなタイミングで眠ったのか分かんねぇけど、俺も怜ちゃんも気がついたら夢の中だった」
「あいつら、雪月華の名前の通り、雪、月、華の順で現れた。しかも健ちゃんは二度も狙われてる。月姫と華緒に」
「どういうことだよ?」
「うん……、これから暫く健ちゃんは昼間眠った方がいいのかな、って思って」
「それじゃ怜ちゃんはどうするんだよっ。まさか普通に寝るつもりか? そんなことしたら危ないのは一目瞭然じゃねぇか」
それに怜治は答えることはなかった。ただ壁に凭れて項垂れるだけだ。




