5-8
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回更新は10月24日(土曜日)21時台の予定となります。
今後ともよろしくお願いします。
王国刑事法Ⅰクラスの授業が終わった。ため息が出そうになるのをなんとか我慢した。
オレは学園を卒業すれば、ジュライフィールド領の治安維持――当然、刑事事件の捜査から裁判も含む。そして、王国では王国全土に適用される王国法の下に領主の自治権が認められている――に携わる第二騎士団に入るはずなので、この授業を選択した。ちなみに言うと、学園はいわゆる単位制で、学生が自分で授業を選択して卒業に足りる単位を取っていくシステムだ。
今日のテーマは「盗み」の罪についてだった。マジで意味が分からなかった。王国法の条文は、ただ「物を盗んだ者」はコレコレの刑に処す、としか書いておらず、細かいところは王国裁判例が補っている。例えば、どの時点で「盗んだ」といえるかについてだが、「商家の店内で商品をポケットに入れた」らアウト、ってのはよくわかる。でも、これが夜中に店内に侵入したケースでは、「商品の棚に近付いた」時点でアウトになるそうだ。さらに、店じゃなくて蔵なんかになると、「蔵の入り口のドアを壊した」時点でアウトらしい。なんか統一感なくね?だが、これらのどの時点で「盗んだ」といえるかについての数十個はある裁判例を覚えて期末テストの「盗み」の事例に当てはめて結論を導かないと、単位は貰えない。はあ?無理だろ。そんなに覚えられるか。もう全部、商品を持って外に出た時点とかに統一しろよ。そもそも全く興味が持てないんだよ。ボケが。
ついでに言うと、オレは初回の授業でメッチャ驚いたことがあった。なんと、王国では、拷問は基本的には禁止されているんだってさ。というのも、かなり昔から、拷問によって自白した奴を刑に処した後で、「実はあの事件は俺がヤりました」とかって真犯人が出てくるというケースがちょいちょいあったそうだ。冤罪ってやつだ。なんでも、拷問による苦しみを避けたい一心で、嘘の自白をする奴が多いらしい。ともあれ、冤罪はその事件を捜査し裁いた貴族、ひいては、王の権威にかかわる問題になる。で、賢い人がいろいろ考えて、「むやみやたらと拷問すんな」ってことになったんだと。嘘でしょ。知らなかったよ。なんか犯罪が起きると、とりあえず、怪しい奴をとっ捕まえて来て、自白するまで拷問に掛けるんじゃねーのかよ。つーか、絶対、それの方が手っ取り早いよね。というか、オレ、前回の人生でもこの授業を取ってたと思うんだが……。
……どうしよう?
この授業で習うこと全てがオレには初見なんだが……。はぁ。多分、この授業の単位は取れんだろうな……。はぁ。つーか、他の授業もこんな感じのやつばっかなんだけど。はぁ。オレ……、卒業できんのかな?はぁ。
「ハアー、やっと終わった。サッサとメシ食いに行こうぜ」
隣に座っていたエリックがそう言ってきた。別に示し合わせたわけではないのだが、この授業はコイツと一緒だ。今日も能天気な顔してやがる。
ケッ。バカは気楽でいいよな。
そう思ったものの、あまりにも能天気な顔をしているので、ちょっと不安になってきた。……まさか、コイツ、実は授業内容がちゃんとわかっているとかないよな?……いやいや、このバカに限って、ソレはないな。だって、エリックだぜ。でも……、コイツ、妙に余裕があるんだよな。それに、確か前回の人生では、まあまあ頭が良かったような……。いやいや、コイツは前回とは全くキャラが違ぇし。大丈夫だ。……いや、でもなぁ、などとオレが疑心暗鬼になっていると、「なに見詰めてきてんだよ?キメェな。おら、早く行くぞ」とかエリックが吐かしやがった。
このガキ、後で、絶対、泣かす。
ドヨーンと淀んだ気持ちのままのオレとエリックが廊下を歩いていると、そこかしこでオレたちを見て、ヒソヒソ話してる奴らがいた。中には指差してくる奴もいる。殺すぞ、ボケ。
一応、言っておくと、自意識過剰なわけではない。入学当初から、なんでか知らないけど、こういうことはあった。だが、ここ数日はフィーバー状態に入っている。原因はわかっていた。例のチャーリーの件だ。しかも、なぜかチャーリーに言ったセリフまでもが皆に知れ渡っている。
クソっ、やらかしちゃったよ……。
でも、しょうがねぇじゃねーか。だって、あの場にはリナがいたんだぞ。しかも、すでに大公まで「OK」って言ってるんだぞ。断れねぇじゃねーか。アレで断ったら、ケツの穴が小せぇ男だとリナに思われるに決まってる。それは許されない。ただ、あのセリフはいらんかった。反省してる。ほら、なんかノリでね、ツイね、いつか言ってみたい台詞リストに載ってた言葉をちょっとアレンジして言っちゃったんだよな。クソっ。普通に「OK」っていえばよかった……。
しかし、どこから漏れやがったんだ?まぁ、多分、チャーリーだろう。きっとそうだ。あのガキめ。今日も泣かしてやる。
ちなみに、父上にはちゃんと報告済みだ。父上は物凄ーく貴族的な笑みを浮かべて、「そうか。わかった」と言っていた。何を考えているんだか、まったく読めなかった。兄上は珍しく同席していなかったが、屋敷の廊下で出くわした時、珍しい生き物にでも会ったかのようにマジマジと見られた。一瞬、ズボン履くの忘れてんのかと思って、確認したわ。まあ、今回はヘンに絡んでこなかったから良かったよ。
すると、突然、視線、いや、軽い剣気を感じた。そっちを見る。背の高い男がオレを見ていた。目が合う。知ってる顔だ。ギルバート・ジューンスペンサーだった。
今度の人生でも前の人生でも超がつく有名人だ。大公家の嫡子であり、フェルビー流の切紙持ちにして、入学した時点で学園最強の剣士。実際、秋の武闘蔡――この行事は、学園では珍しく、学年を跨いで行われる――では前の人生のオレみたいなド素人が見てもわかるほどの手加減をしてもなお軽々と上級生をも倒して優勝していた。
ギルバート・ジューンスペンサーとは、今回の人生では初めましてだ。第一印象は「ああ、なるほど。自然体ってこういう立ち方なんだ」ってことだった。ムチャクチャ自然に立っている、いや、存在していると言った方がいいかもしれない。例えるなら、毎日目にしている何百年もの間そこにある建物とか大樹みたいな感じだ。最初からそこにあるというか、あって当然のものがそこにあるというか、そこの風景に溶け込んでいるというか。上手く言えないけど、極めて自然にスッとそこに存在しているって感じだ。
……これは強いわ。
学生じゃあ相手にならんのは当然だ。……オレでも、無理かもしれん。てゆうか、どうしよう?ムッチャ目が合ったままなんだけど。どんな反応をすればいいのかサッパリわからん。
オレが困っていると、ギルバート・ジューンスペンサーが軽く会釈してきた。オレも慌てて会釈を返し、さりげなく見えることを心から願いつつ、目を隣のエリックに向けた。すると、エリックがなぜか小声で言ってきた。
「アレがギルバート・ジューンスペンサーか。どうよ?勝てるか?」




