5-2
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月5日(土曜日)21時台の予定となります。
今後ともよろしくお願いします。
隣で並んで門下生の立会稽古を総見していたドナルド・マクガバン先生になんか話しかけられた気がした。
例のゼワリン男爵領の事件から2週間ほど経っていた。高位魔剣と依頼料を取り上げられた恨みはいまだにグラグラとオレの中で煮えたぎっている。
そんなオレは今、グローブ流王都中央道場で稽古のバイト中だった。道場の端で椅子に座って門下生の動きをチェックしていたはずだったんだが……。どうやらちょうどいい陽気で、目を開けたまま一瞬意識が飛んでいたようだ。
マズい……。
どうしよう?金貰ってんだからちゃんと仕事しろよ、オレ。……ついね、うん。クソっ。辛うじて「デレク殿のお陰」とか言うセリフが聞こえたように思われる。あまり長いこと黙っているわけにもいかない。オレはとりあえず、「そんなことはありません」と返してみた。
「いやいや。最近、道場のみならず学園においてもデレク殿と稽古をするようになってから、サラの成長は目を見張るものがある」
マクガバン先生がそう言った。良かった。どうやら良い返しだったようだ。
「いえいえ、それは私に関係なくサラの努力の賜物でしょう」
オレが心の底からそう言うと、先生が「そう謙遜なされるな」とか言ってくる。いや、マジで、オレ、何もしてないんだが……。ただボコってるだけっス。そんなやり取りをしていると、サラが先程まで打ち合っていたチャーリー・キャッシュと一緒にこっちに来た。チャーリーも学園生で同学年だ。
「おお、サラ。ちょうどその方がデレク殿の薫陶を受け、一皮剥けたなと話していたところだ」
マクガバン先生がそう言うと、「本当ですか?いやぁ、確かにいい勉強をさせてもらっています」とメチャクチャ嬉しそうにサラが応えた。そしてチャーリーに目をやり軽口を叩く。
「フフフ、もうチャーリーじゃあ相手にならないかもね」
「クッ……、調子に乗りおってからに」
チャーリーが苦笑いを浮かべながらそう返した。この二人はかなり仲がいい。いわゆる幼馴染ってやつだ。サラは王家の直臣の正騎士の家系だから、生まれも育ちも王都だ。それはチャーリーも同じで、キャッシュ家は大公家の騎士爵家――当然だが、ゴリゴリの大公派だ――だけど、代々王都屋敷に勤務する家柄だった。そして、二人共ガキの頃からこのグローブ流王都中央道場に通っている。とゆうか、この二人だけでなく他にも同じような境遇の学園生が大勢いる。皆、派閥を超えて仲良くやっていた。
「……でも、ホントに最近、サラに全然勝てなくなったんですけど、何がダメなんでしょう?」
かなり真剣な顔をしてチャーリーがマクガバン先生にそう訊いた。すると、マクガバン先生はオレの方を向いて聞いてきた。
「デレク殿はどう思われますかな?」
ええぇ、あんまりよく見てなかったんですけど……。もちろんそれをそのまま言うわけにはいかないだろう。「ふーむ」とか言って考えてみた。この前の稽古のときはどんな感じだったけ?さらに海賊派のサロンでの最近のサラの動きも加味してみる。ふむ……、ちょっと思い当たることがあった。
「そうですね……、おそらくは動きの起こりの見極めの差ではないかと思います」
マクガバン先生を見ると、小さく頷いている。どっちなんだ?いい感じなのか?それとも悪い?いずれにせよ、もう行くしかない。
「チャーリーは……付き合いの長いサラの表情や雰囲気といったものに基づいて、なんとなくといった感じでサラの動きを察知しているのだと思います。だから、フェイントにも簡単に引っ掛かったりします。それに対して、サラはもっと本質的な相手の動きの起こりというものに目を向けているように感じます。ゆえに安易なフェイントに引っ掛かりにくくなり、結果として、サラが一方的に勝つようになってきたのではないでしょうか」
すると、マクガバン先生は大きく頷いて、「うむ、さすがはデレク殿。その通りだと私も思う」と言った。
おお、良かった。当たってたわ。そう思っていると、サラがチャーリーに言った。
「いや、ホント、アンタの動きはわかり易いよ。……それに最近はチャーリーだけじゃなくて他の人の動きもよく見えるんだ」
「やはり、デレク殿のお陰よ。礼を言わねばなるまい」
また、先生がオレを持ち上げだした。やめてくれ。オレ、マジで何もしてないんスよ。つーか、先生ってゲーリーのジジィの舎弟だから、オレを通して間接的に胡麻擦ってんのか?いや、さすがに邪推しすぎか。
「まあ、長年同じ相手とばかり立ち会う弊害の一つよの」
難しい顔をした先生が続けてそう小さく呟いたのが聞こえた。
これにはオレも頷かざるを得ない。同じ相手とばかり立ち会っていると、相手の癖みたいなものを否でも覚えてしまうため、その相手限定の汎用性のない戦術眼になってしまいがちだ。実際、サラも海賊派のサロンに来始めた当初は純粋な剣の腕では明らかに負けそうにない奴らにも勝てなかったりしたからな。まあ、シンシャ流は海賊派しか遣わないレア流派だし、闘い方も独特なところがあるけど。剣を投げつけて無手の勝負なんか他流は絶対しない。とはいえ、やはり何回も戦ったことのある奴と初見の相手は大分勝手が違う。なんとなくでは予測できない。でも、それがガチの殺し合いだと文字通り命取りになっちまう。ある程度早めに色んな相手と対戦経験を積んで、汎用性のある戦術眼というか観察眼を磨いとくに越したことはない。
サラには海賊派のサロンでの稽古は一つのいいきっかけになったと思う。相手をよく見るようになった。それまでは、なんてゆうか……、持って生まれた素早さとかの自分のストロングポイントをただただ相手に押しつけるだけみたいなところがあった。
その先生の呟きが聞こえたのか聞こえなかったのかわからないが、「なぁ、学園での稽古って何してるの?」とチャーリーがサラに訊いた。今や、王党派武官系細剣閥の学生が海賊派のサロンに通ってることを学園で、いや、王都で知らぬ者はいない。
「立ち合い稽古が多いかなぁ。デレク……じゃなかった師範とかエリックとかにいつもいいようにやられてる」
サラが苦笑交じりにそう言った。
「立ち合いで背を取られるなんていう貴重な経験をさせてもらってるよ」
「背を?何それ?」
「いや、サロンでは師範も双子派スーザン流全開でさ。間合いに入って、右に行ったと思って右向いたらいないんだよ」
「ふーん……、そうなんだ」
そんなやり取りをしている二人にマクガバン先生が言った。
「デレク殿に比べればチャーリーの動きなど子供のようなものよ。それゆえ、チャーリーの動きがサラには良く見えるのさ。速さに目が慣れとるからの。それにな、初見といっていいシンシャ流長剣術の剣士とも立ち会うことで、相手の動きの起こりを見る目も育ってきておる。そして、逆にというべきか、サラ自身も己の動きの起こりを悟られぬように注意を払うようにもなってきた。だから、サラにはチャーリーの動きが読めるが、チャーリーにはサラの動きが読めぬようになってきておるのさ。おぬしも……と言いたいところだが、いろいろと難しいか……」
先生も元は貴族で、学園にも通っていたはずだ。派閥のこともよく知っている。つーか、オレの解答って、半分しか正解してないような……。
チャーリーを見ると、無言で難しい顔をしてなにやら考え込んでいた。




