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28話 あくまで風邪を引かないために。



ほとんど人のいなくなった学校を後にし、校門を出る。


いかんせん、ただの折り畳み傘だ。肩を寄せ合うようにして、ゆっくり歩いても、とてもじゃないが二人は入りきらない。


「ごめん、結局濡れてるよな」

「あは、いいの。というか、山名のほうこそ濡れすぎ。私に遠慮しなくていいのに」

「してないよ。俺はこれくらいで風邪ひいたりしないから」

「それを言うなら私もだよ。美夜ちゃん強い子!」


そう笑う彼女だが、傘の先から雨粒を浴びて前髪がでこに張り付いていた。


ほかにも化粧が少し落ちてしまっていたりと、不快な状態に違いない。


そのはずなのだが、むしろ機嫌はよさそうだった。

表情も声も、この薄暗い天気を無視した、太陽のごとき明るさ全開だ。


「えと……細川さん、なんでそんなに嬉しそうなの? 雨、好きなの」

「あは。雨は好きでも嫌いでもないかな。強いて言うなら、いい恋人の練習ができてるからだよ。そういう意味じゃ、雨にも感謝してる。ね、明日からは練習再開していいよね」

「……えっと、そういう話になる?」


「なるよ、なっちゃうよ。少なくとも私はこのままなし崩し的に、そう転がすつもりだよ」

「それ、俺本人に言っちゃっていいの」

「あは、私正直者だからねぇ。そんな女の子の方がいいでしょ?」


そう言って彼女は会心の笑みでこちらを覗きこむので、俺は顔を逸らす。


その服を正面から見るのを避けたかったのだ。ブレザーを着ているとはいえ、その下でシャツは肌にべったり張り付いている。

着けている下着が、水色だと分かってしまうくらいには。


見た目だけではない。もうさっきからずっと、彼女の胸元につけられたリボンの下から漏れる、むわっと蒸れた甘い匂いに、ノックアウト寸前なのだ。


「なんで、目逸らすの……って、あぁ」


彼女はやっと、あられもない自分の恰好に気付いたらしい。自分の胸元を見つめて少し固まったかと思えば、


「へぇ、こういうのドキドキするの? 意外かも」


いつもの彼女みたく、揶揄いモードに突入してしまう。ふくよかな丘の上、わざとらしく手を置いて、まばたきをする。


「だって、いつもはもっとくっついてるじゃん。香水つけても、唇を耳に寄せたって、びくともしないじゃん」

「……それ、動画に関係ある時だけだろ。というか、その格好じゃ俺だけが見た見てないって話じゃすまないし。人が通りがかったら大変だっての」

「…………わお。それ言われたら急に恥ずかしくなってきたかも」


まったく忙しい人だ、細川美夜は。


急に首を下にして俯いてしまったと思ったら、そのまま黙り込んでしまう。足取りも重くなっていく。


横目に見れば、耳たぶまで真っ赤だった。

濡れて冷えているはずのうなじまで、朱色がさしている。


こりゃあ重症だ。俺は傘を前に傾け彼女を隠すと、避難場所を探す。


「ここしかないか……」


苦肉の策だが、しょうがない。

すっかり静かになった彼女を連れて入ったのは、公園の中にあったドーム型の遊具だ。


頭をぶつけないよう、しゃがんで中へと入る。


「こんなところで、どうしたの? 雨宿り?」


不思議そうにする美夜の前、俺はブレザーを脱ぐ。


シャツの中まで濡れているのは、美夜だけじゃない。俺もだった。中のシャツが雨で浮き出てしまっているが、別に俺の上半身をわざわざ見ようとする人はいないだろう。


「なっ、いきなり、な、なに!? あ、温めあう、とか、そういうこと!?」

「はぁ? なにって、ほら、ブレザー。これ、前に被せておけよ。えっと、それで色々隠せるだろうし、あと中にハンカチ入ってるから勝手に使ってくれ」


こうなったら心頭滅却して、無心になるしかない。

俺は、ブレザーを手渡しながらも、目線はドームの外。降りしきる雨に意識を集中させる。


あられもない姿になった美少女が、こんなこもり切った空間で、すぐ目の前にいるのだ。


少なくとも、去年一年間でほぼ女性耐性0(梨々子や姉を除く)になってしまった俺に、正気でいられる環境ではない。


雨で至る所が濡れたうっとうしさ含めて、安らげるはずもない場所だ。


「……山名、ブレザーいいの? 寒くない?」

「そりゃ少しはな。でも、少しだっての。匂いとかは気をつけてるつもりだけど、着たくないってなら返してくれ」

「……そう言うなら、うん、借りる」

「おう。いらなくなったら、その辺に放り投げてくれ」


こうして話すうちも、視線は逸らしっぱなしにしていた。


本音を言えば、すぐにでも立ち去りたかった。どこに意識を置いていいのか分からない。


とはいえ見捨てては帰れないから、ドームの中、美夜がいる場所からもっとも遠くになる場所まで離れていようとしたら…………、美夜が俺の手を引く。


振り返ると、三角座りの美夜は、俺のブレザーを膝にかけた状態で、その右袖だけを持ち上げた。


「寒いなら、ほら、少しここで休んでいこうよ」

「えっと」

「ほーら、入った入った。私だけ山名のブレザー借りて、それで山名が風邪ひいたら困るし。動画の編集とか撮影とか大変じゃん。そういうの、極力避けたい」


袖をぐいっと引かれて、バランスを崩されたこともあり、なされるがままに彼女の隣へ。


膝上にブレザーをかけてもらったと思ったら、こてんと頭を肩へ預けてくるから、ガチガチになってしまった。



引き続き応援よろしくお願いします!

きゅんとして、悶えてください!!



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