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27話 雨の日、放課後、二人。



ルールは、ルール。

一度そうと決めたら、守らないわけにはいかない。


とはいえ、普通であれば高校生が自主的に設定したルールなんて、破られて然るべきだ。


かく言う俺も、「一日一時間は勉強に当てよう」と決めて、3日以上守れた試しがない。


日直だったから、編集が忙しかったから、などと理由をつけて結局守れなかったことがほとんだ。


だが、動画が絡んだなら話は変わってくる。


一度決めたルールは守らなければならない。

これは、動画投稿者として順守すべき行動だ。


「おはよ、ひなくん。どうしたの、今日は。なんか気の抜けたコーラみたい」

「なんだよ、その例えは。気の抜けてるのなんて、いつもだろ。今更、幼馴染のりりに言われても困るんだけど」

「違う、そうじゃなくて。たしかに、髪ぼさぼさシャツ出しスタイルのひなくんは、常時ださいけど」

「おいおい、言いすぎだろ。わざとやってるとはいえ、グサグサ刺さってるからな、その言葉。胸とか痛くなってきたかも」

「ふふ、やめて。ひなくん、強調しすぎ。というか、わざとダサいキャラを演じてるからででしょ。自業自得。でも、なんというか、最近はそれでももう少し緊張感があったような気がするから」


通学路を二人歩いていると、彼女は唐突に数歩、俺の前へと出る。

身体を返したと思えば顎先まで寄って、その丸くて黒い目で、梨々子は俺をまじまじと見つめた。


素朴ながら形の綺麗なその瞳は、一見すると単に可愛らしいが、奥にはそれだけに留まらない意思を感じる。


そこらの凄腕探偵より、あっさりと真実を見抜きそうな瞳だった。

相変わらずの鋭い洞察力にたじろぎ、色の悪い空へと目を向けて、その視線から逃れる。


「なんにも。気のせいじゃないの。それか、この微妙な天気のせい、とか? この雨が降りそうで降らなさそうな感じは、たしかに好きじゃないな」

「……そうかな。でも、あたし、長い間ひなくん見てるから、なんとなくそうじゃないかって気がしたんだけど」

「……把握の仕方が怖いな、おい。だとしたら、梨々子センサーが壊れてるんだよ。そう、たぶん、この曇り空のせいで!」


……実際をいえば、梨々子の指摘は大当たりだった。



気が抜けていたというならば、それはたぶん美夜との恋人練習が一時休止となったからだろう。


ネタ会議での勝負の結果、はからずもストレート勝ちを決めた俺は、学校生活において、しばらくの安寧を勝ち取ったのだ。



だから、登校してクラスに入っても、なにもなし。

美夜からは、眉間にしわを寄せたもの言いたげな視線が、こっそりよこされるだけだった。


妙な手紙も入っていないし、メッセージも届かない。



そこからは実に、安寧で平和な一日だった。

騒がしすぎた日々から解放され、少し前までの一人で完結していた時間が帰ってきたわけだ。


昼休みも、久しぶりに自席で弁当を食べた。

スマホをいじくって、暇があったので梨々子から来たメッセージに返事をして、いつもどおりに過ごす。


……そんな当たり前が少しだけ物足りない気がしたのはたぶん、そう、これも煮え切らない曇天のせいだ。

決して、美夜と一度も会話をしていないせいじゃない。


そう思うことにして、なにも起こらないまま終礼を迎えた。



普通ならこれで一日の終わりだが、動画投稿者としては、むしろここからが本番だ。

今日は集まらずに、各々で編集作業に精を出す予定になっていた。


一つ意気込んで昇降口で靴をつっかけていたら、外からぽつりと。ほんの数秒見ていたら、ざぁざぁと雨が降り出した。


「……なんだよ、まったく」


……俺がやる気を出した途端、ゲリラ豪雨ってそんなことあるか、普通?


クラスメイト達だけではなく、天気にすら嫌われるなんて、俺は前世でなにをしたんだよ。



自分の不運を恨みたくなるし、誰かに共有したくもなるのだけど、うん、俺ぼっち。

できることは、教室に置き忘れてきた折り畳み傘を取りに戻ることだけだ。


仕方なく、降りてきたばかりの階段を引き返す。

外から見ると教室は消灯されていたので、もう全員、部活に行くなり帰路につくなりしたらしい。



誰もいない方がよほど気楽だと思って、扉を開ける。

雨のせいもあり、そこはほとんど真っ暗な空間だった。だが、一か所だけ、ぽわりとライトが浮かび上がっていて俺は驚いた。



……こんな雨の日に、消灯された教室で一人、スマホいじりなんて俺より暗い奴もいたらしい。



気が合うかもしれない。

なんて思えど、話しかけたりはしないのが陰キャたるゆえん。


顔も見ずに自席まで行って折り畳み傘を掴む。ただ去り際に気になって、ちらりとそいつの顔を見て、


「……は、なにやってんの。細川さん」


声をかけざるをえなかった。


いつもなら、周りにたくさんの友達を侍らせて、その中心でにこにこと笑顔を浮かべている明るさの権化みたいな彼女だ。


それがどういうわけか、放課後の教室で一人、スマホいじりときた。


そのイメージとの落差には、パートナーとして心配にさせられる。実際、今も返事がないので、


「どうしたんだよ、なんか悩み事?」


気さくさを装って、できるだけ重くならないようにこう聞けば、美夜はスマホを机に伏せる。

明かりを失って、教室がさらに暗さを増した。ほとんど視界が効かない。


「……えっと、山名。私に話しかけていいの? 私も喋っていいの?」

「むしろ、なんでダメなんだよ」

「だって、学校じゃ恋人の練習はしないって話になったよね」


「別に、話しかけられて答えるくらい、普通のクラスメイトの範疇だと思うけど」

「あ……あは、そっか。言われてみれば、そうだよね。でも、山名って普段は誰とも喋らないから、口を聞いちゃいけないのかと思ったよ」


とくに落ち込んだ様子ではなかった。

耳ざわりのいい、少し跳ねるような声で彼女は笑う。誰しもの心をあっさりと掴んでしまえる、その明るさは健在だ。


だが、いずれにしても気になることだらけだ。


「で、なにやってたの、こんなところで」

「傘忘れたんだよね、今日。そしたら、この豪雨でしょ。落ち着くまで少し待たなきゃ、と思ってさ」

「電気つけてなかったのは、関係ないの?」


「ないよ、まったく。ただスマホいじってただけ! さっき、お手洗い行って戻ってきたら、誰もいなくなって電気も消えてたの。ウケるよね」

「いや、これっぽちもウケないし。電気付ければよかっただけじゃないの」

「ないの。まあ、なんていうか、あぁいう暗いところでスマホいじるの好きなんだよねぇ。逆に落ち着くっていうかさ」


なんだよ、それ……。

暗がりから響く彼女の緩みきった笑い声で、肩からごっそりと力が抜ける。


「なーに、心配してくれたの? 私が悩んじゃってるとか思ってくれた?」

「……わりと本気でそう思った」

「あは、ごめんごめん。まぁ実際、さっきまでは少し落ち込んでたんだけどね。山名と話したら、あっさりどっか飛んじゃったや」

「俺、なんにもしてないけど」

「そんなことないよ。ほら、山名から話しかけてくれたじゃん? 今日一日ね、恋人の練習しなかったじゃない?

それだけで、なんかこう大事な物なくしちゃったみたいな……、とにかくそういうマイナスな気分だったんだよ。たぶん最近は、山名と喋るのが当たり前になってたからかな。

だから、こうやって喋れて嬉しかったの。ただそれだけ」


美夜は少しずつ、選ぶかのようにして言葉を紡ぐ。

それからちょっと重くなりかけた空気を振り払うように顔をあげ、能天気に笑った。


「あは、変なこと言ったね、今のなし! 動画ならカットしてほしいシーンだよ、記憶からなくして?」


本当に読めない人だ、細川美夜は。


最近はやけに押しが強いと思ったら、一転して、「恋人の練習はしない」という約束を律儀に守ろうとして、教室で一人落ち込んでみたりするのだから。


こんな姿を見せられると、ついあるはずもない勘違いしそうになるが、それは厳禁だ。

俺たちの関係は、あくまでビジネスにすぎない。


ただ俺とて、まったく割り切れているかといえば違った。俺の方だって、多少なり揺らいでいる。


「……なんとなく、分かる。少しだけ物足りない気はしてたよ、俺も」

「む、忘れてって言ったのに。でも、そっか、山名も。それはなんというか……、えっと、光栄です、はい」

「全然そんなこと思ってないだろ、それ」


「ううん、そんなことない。嬉しいよ? いくら動画の中だけのニセ彼女とはいえ、まったくどうでもいい存在だって思われてたら辛いじゃん? だから、うん。この豪雨が上がっちゃうくらいには、嬉しいかな」

「調子のいいこと言って、しばらく上がらないぞ、これ。どうすんの」


俺は窓の外でいまだ振り続ける雨粒を見やる。

さっきより少し粒の大きさが小さくなったとはいえ、やむ気配はまったくない。


「まぁ待つよ、もう少し。それでもダメなら、六時には帰るから心配しないで」

「……あのさ、入ってくか、これ」


折り畳み傘を手にこう申し出たのは、自然の流れだった。

雨が降って暗くなるのも早いのだから、このまま残ると言われて、放置はできない。


「え、いいの? だって、ここ学校だよ? 恋人の練習はしないんじゃないの」

「クラスメイトなら傘に一緒に入るくらい……」

「ないよ、普通! だって、こんなの相合傘じゃんか。恋人とか好きな人とかじゃなきゃしないよ。それ以前に、誰かに見られちゃうかもよ? いいの?」

「……この雨なら、顔を覗かれなきゃバレないだろ、きっと。いいから行くぞー。来ないなら、もう行くけど」


俺は鞄を背負いなおして、教室を出ていく素振りを見せる。


「あぁ待って待って! すぐに準備するから!」


うん、思ったとおり。

つべこべ言う隙を奪うことで、重い腰を上げさせることができた。



かなり長めの回でした!

どんどん甘酸っぱか、青春の匂いが漂ってくる…………。


引き続き投稿していきますので、どーか下記のお願いをよろしくお願いします。


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・面白かった、楽しかった


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ブックマークも歓迎です!(╹◡╹)



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