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29 長い一日の終わり

 

 紫紺の空が、透き通る青へと変化する。

 そろそろ朝日が昇ってくる時間だった。私たちはナブラとリリアが調理してくれた焼き魚を食べ終わり、精霊たちを見送ろうとしていた。


『本当はもっと人間界で遊びたかったんだけどね。私たちもお仕事をしないといけないから』


『王さまからのおねがいだもんね! ちゃんと回路は閉じないと!』


『もっとあそびたかったな〜』


『またあそびに来たら、おかしちょうだいね!』


『……いっぱい、ちょうだい?』


 五匹の精霊は名残惜しそうに別れを告げてくれた。代表として、フェアリーが一歩前に出てきて、フラーテさんとリリアに言った。


『精霊界との繋がりは、私たちが責任を持って必ず断つわ。精霊王の意向として、人間界に害を及ぼすつもりはありません。これからは、災害もおさまるはずよ』


 精霊界で別行動している間、フェアリーたちは精霊王に会っていたらしい。もともと、彼女たちは人間界に異常がないか調査をしにきていたとのこと。そこでオーデンス領のことを知ったため、精霊王に報告し、人間界との繋がりを完全に断つことを命じられたらしい。

 フラーテさんは彼女の言葉に涙を浮かべた。


「はい! ありがとうございます」


「嬉しいですね、お兄様」


 リリアも頷き、晴れやかな笑みを浮かべた。なぜか彼女は喧嘩をした後のようにボロボロな姿であったが。

 そんなリリアのことを、ナブラは面白くなさそうに鼻を鳴らす。彼女の顔にも殴られた痕があった。


「ふん。精霊は殴らないのか? 貴様のことだから拳を振るうと思ったぞ」


「あなたには思うところがありましたから先ほど喧嘩になりましたけど、精霊さまには感謝しかありません。人を暴力女みたいに言わないでください」


「見た目にそぐわず血の気が多いだろうが。無言で顎を打ち込むとかな」


「褒めていただきありがとうございます?」


 リリアが首を傾げながら微笑むと、ナブラは舌打ちする。二人はまだ口論していたが、彼女らの間に流れる雰囲気は穏やかだった。

 リリアがナブラを連れて魚を取りにいった時は心配したが、どうやら問題なかったようだ。私は彼女らを横目に、精霊たちに向き直った。


「今までありがとうね。寂しくなるわ」


『私たちもよ。ところで、アザレア』


 フェアリーはパタパタと飛びながら、私の顔を覗くように見上げてきた。


『結局、答えは見つけたの?』


 私は曖昧に笑った。


「とりあえずは、かな?」


『そう。あなたが納得しているならそれで良いわ。でも、覚えておいてね? 私たちは、アザレアを祝福するわ』


「ありがとう、フェアリー」


 フェアリーは満足そうに笑って、今度はロータス殿下の方に向かって飛んだ。

 殿下が彼女にお礼を述べていると、フェアリーは彼に耳打ちし、そっと何かを手に握らせた。顔を真っ赤にした殿下がフェアリーの名を呼ぶが、彼女はケタケタと笑って仲間たちの元へ颯爽と戻っていった。


『それじゃあ、私たちはあっちに帰るわ!』


 フェアリーの掛け声と共に、転移の魔法陣が光り始めた。目が痛いほど魔法陣が輝く中、粒子を纏った精霊たちが『ばいばーい!』と手を振っている。さらに眩いほどの光が当たりを包み、思わず目を閉じる。しばらくたって、ゆっくりと目を開けたら、精霊たちの姿は消えていた。


「……帰っちゃいましたね」


「ああ」


 殿下は寂しそうに頷いて、クウロを呼んだ。彼女は鳴き声を響かせ山の向こうから飛んで現れると、私たちの目の前に着地した。クウロの頭を撫でながら、殿下はフラーテさんとリリアに別れを告げる。


「余たちも宮廷へ戻る。領地の復興、楽しみにしておるぞ。フラーテ、リリア」


 二人は地面に膝をつき、頭を下げた。正式な臣下の礼だ。


「ロータス殿下、アザレア様、そしてシュナ殿。この度はリリアと我が伯爵家領地を救ってくださり、心より感謝申し上げます。このご恩は、いつか必ず、我が身に変えてもお返しいたします」


「兄に同じく、私からも感謝の念を。この命尽きるまで、王国の繁栄に我が身を捧げると誓います」


 殿下は微笑んで頷き、私はリリアに声をかけた。


「もし、また侍女としてそばにいてほしいと頼んだら、引き受けてくれる?」


 リリアは満面の笑みで答えた。


「もちろん、喜んでお引き受けいたします」


 私も彼女につられて笑顔になった。

 二人にも別れを告げ、私たちはクウロで宮廷に戻ろうとしていた。嫌がるナブラを無理やり彼女に乗せ、空を飛ぶ。行きと同じ四人乗りのため窮屈であったが、苦ではなかった。


「ところで、ロータス殿下」


 ふと思い出して、私は前で操縦している彼に尋ねた。


「先ほど、フェアリーから何を渡されたのですか?」


「……な、なんのことだ?」


 殿下がわかりやすく動揺すると、私の後ろに乗っていたナブラが彼を茶化した。


「なんだ。王太子とはいえ希少な太陽の石は独り占めしたいのか。残念だったなぁ、小娘よ」


「〜〜っ!」


 殿下は頭を抱えた。一番後ろに乗っているシュナが「僕は何も言っていませんよ、殿下」と、責任回避のため大声で言った。

 太陽の石、と聞いて、私は指輪のことを思い出した。私は顔を熱くなるのを自覚しながら、前に座っている殿下の背中に寄りかかる。


「指輪、楽しみにしております」


「……まだ材料が揃っただけだ。これから、つくり始める。もう少し、待っていてくれ」


「はい。待っていますね」


 私が幸せな気分でいると、ナブラが私たちを指差し、シュナに尋ねた。


「まさか、いつもこんな調子なのか?」


「まさかも何も、いつもこんな調子ですよ」


 ナブラは嫌そうに顔を顰め、シュナはそんな彼女の肩にポンっと手を置く。

 私は手を招いてシュナに近づくよう指示し、ナブラを挟んで耳打ちした。


「シュナ殿。フェアリーにはああ言ったけど、恋に対して、私、一つだけわかったものがあるわ」


「へえ。なんですか」


 シュナが面白そうに目を細める。殿下の背をチラリと見て、私は思わず微笑んだ。


「恋って理解するもんじゃなくて、落ちるものってこと」


 私が自信満々に教えると、シュナは不思議そうな様子で「はあ。そうですかと」気の抜けた返事をした。間に挟まれているナブラがゲンナリとした顔で「良いからさっさと前を向け」と言って、私の顔を前に押し返す。

 だけど私は特別気分を害すこともなく、殿下の背に寄り添った。

 早朝の風は冷たく、殿下の背中は暖かい、私は彼の体温を感じながら、地平線の彼方を眺めた。



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