28 主従の契約
フェアリー以外の皆の視線が殿下に集まる。
「通常、肉体と魂はそれで一対であり、異なるそれらを入れ替えれば、先に肉体が滅びる。七日も経てば心臓が止まり、左胸から腐っていく。だが其方は——」
一度言葉を切って、殿下は剣を軽く振り上げた。剣の軌跡をなぞるようにイザベラの衣服が裂け、胸元が露わになる。彼女の左胸は、血色の良い肌色をしており、特に異常は見当たらなかった。
「見た通り、腐るどころか健康そのものだ。おそらく、心臓も正常に動いている。肉体が無事だということは、魂も無事だということ。本人の意識がなく、肉体の主導権を握っているところ、支配魔法の上級——傀儡の術で彼女を操っているのだろう。身体に魂を無理やり二つ閉じ込め、容易に引き剥がせないようにする。精霊界にわざわざ赴いたのは、それも理由にあるのだろう?」
殿下が逆手で剣を収めながら話していると、魔物は不快そうに顔を顰めた。
「ああ、そうだ。傀儡の術は死霊魔法よりも繊細な操作が望まれる。人間界でそれをするには、あまりにも環境が整っていない。術の最中に獣にでも襲われれば死ぬからな。ふん。ここまで見抜いていたとはな。やはり、気に食わない男だ」
魔物が忌々しげに殿下を睨む。彼はそれに構わず私の方に振り返って、鞘ごと剣を差し出してきた。
「『責任を取る』と、先ほど言ったことは覚えているな?」
私がゆっくり頷くと、殿下は先ほどより一層低い声で語りかけてきた。
「ならば、この魔物とイザベラの処遇はアザレアが決めよ。殺そうが、生かそうが、供物として生贄にしようが、其方の自由だ」
そう言って、殿下は私に剣を渡してくる。
思いのほか重量のあるそれを両手で受け取り、私は魔物とイザベラに向き合った。地面に膝をついて、拘束されている彼女と目線を合わせる。
「……ねえ、イザベラの意識はあるの?」
私は先ほどから引っかかっていたことを口にした。
正直、事件の真相もロータス殿下の話も突拍子なさすぎて、未だ現実味がない。まだ目前のイザベラが別人だってことも信じられないぐらいだ。
私の質問を、彼女は笑って一蹴した。
「なんだ? この平凡な小娘に情でもあるのか? では、貴様に良い事を教えてやろう」
私とリリアを一瞥して、彼女は言った。
「こやつはな、貴様に薬を盛っていたのだぞ。そこの地味な小娘に罪を被せてな」
衝撃の発言に、私とリリアは息を飲む。私たちの様子に満足したのか、彼女は愉快そうに目を細めた。
「この肉体を乗っ取る際、こやつの記憶の一部が我と共有されたのだ。その中でも、ひときわ興味深いものだったから良く覚えておる。そこの地味な小娘が茶を淹れる前に、液体の薬をカップに塗り、眠らせようとしていたのだ。まあ、なぜかカップから精霊が飛び出してきたせいで、こやつの企みは失敗したが」
魔物はケタケタと笑う。フェアリーに目をやると、彼女は無言で首を横に振って『嘘じゃないわ』と、魔物の話が真実だと肯定した。後ろでリリアが呆然と呟く。
「なんでそんなことを……」
「さあ? 共有された記憶はほんの少しだ。そこまでは我にもわからぬ。金髪の娘に脅されているようではあったが、それでも己の主人を裏切るなど従者失格であろう? 貴様は、それでもこの小娘を助けるつもりなのか?」
ニヤニヤと、私を挑発するように魔物は笑う。私は、両手で持った剣へ視線を落とす。
「そうね。罪を犯したのなら、それ相応の罰は受けるべきだと思う。だけど——」
顔を上げて、彼女と目を合わせた。
「あなたはイザベラじゃない。イザベラが罪を犯したかどうかは、彼女が戻ってきてから判断するべきだ。今ここで、決めてしまって良いことではない」
イザベラの顔をした魔物が目を見開く。そして、動揺を露わにして尋ねてきた。
「正気か? こやつは、貴様を裏切ったのだぞ?」
「正気に決まっているでしょ、失礼ね。だいたい、あなたこそ私の質問に答えなかったじゃない。結局、今はイザベラの意識があるの? ないの?」
「……今は、眠っている。いつ起きるかは不明だ」
「そう。なら、私の答えは決まったわ」
私は立ち上がると、ロータス殿下に剣を差し出す。
「ロータス殿下。剣をお返しします」
「……イザベラと魔物の処遇はどうするつもりだ」
「人間界に連れて帰ります」
殿下は静かに目を細める。
「許したのか?」
「許していません。そもそも、本人から話を聞いてもいませんので。私は、イザベラの口から真実を聞くまで、彼女を魔物ごと保護します」
「保護だと?」殿下の目が険しくなった。「一体どうやってだ」
「魔法で主従契約を結びます。手伝っていただいても?」
私と相性が良い、従魔の術を提案する。通常は動物と主従契約を結ぶ魔法で、私が使える数少ない魔法の一つでもある。魔法陣が簡単な上、内向魔力特化型は従魔となる動物と気があうため、体育の時間についでに教えられたのだ。
私の発言に、精霊達が一斉に制止をかけてくる。
『ええ!? ダメだよ、アザレア、あれ、すっごく危ないんだよ!』
『そうだよ! 従魔の魔力が人にながれちゃうから、人の魂がすりへっちゃうって、王さまがいってた』
『大昔、そのせいで人と戦争までしたんだよ。あぶないよ』
『……やめたほうがいい』
予想以上に批判まみれだった。ロータス殿下やフェアリーも苦い顔をしている。リリアと魔物だけが困惑した様子だった。
「お、おい。我に何をしようとしているのだ?」
青ざめた魔物に続いて、リリアが殿下に疑問を告げる。
「ロータス殿下。精霊さまが仰っていることは本当なのでしょうか?」
「……真実だ。一般的な、動物を対象とした主従契約には双方に害はない。しかし、魔素の種類が違ってしまえば、主人の方に負担がかかり、寿命が縮む。もっとも、従魔も通常のそれより強い契約を結ばされるが」
「強い契約?」
「絶対服従なうえに、主人が死ねば従魔も死ぬようになる」
「はあ!? ふざけるな!」
魔物が必死に叫んで、私に訴えてくる。
「おい、小娘! やめろ! 我は貴様と共に死ぬなんてまっぴらごめんだ! 貴様も魂を削ってまでそんなことしたくないだろう!?」
確かに、私はまだ死にたくない。
だけど、取り柄のない私ではこれくらいしか手がないのだ。
責任を取ると殿下に宣言したのだ。命ぐらいかけてやる。
「命をかけることで責任を負うのは理解した。だが、主従契約を結んだ後、どうするつもりだ。イザベラを元に戻す方法など知らないだろう?」
殿下が再び問いかけてきたので、私は素直に頷いた。
「はい。人間界に戻ってから、戻す方法を探すつもりです」
「……余ですら、できぬことを?」
殿下は自嘲した。彼が自虐的な表情を浮かべるのを、私は初めて見たかもしれない。
なんとなくそう思っていた。殿下なら、解決できることはさっさと解決してしまう。それをしなかったということは、それだけ傀儡の術は解くのが難しい魔法なわけだ。私一人で解決できるなどと自惚れてはいない。
「わかっています。ですので、殿下を頼らせていただきます」
「余に頼ってばかりではないか。余が協力しなければどうするつもりだ」
もっともな正論だ。反論の余地もない。
まあ、だから、こっちに関しては卑怯な手を取る。
「でも、助けてくれるでしょう?」
私は殿下を見上げて、はにかんだ。
「あなたに惚れるぐらい、頼らせてくださいよ。未来の旦那さま」
「……!?」
殿下はボッと顔を真っ赤にし、顔を手で覆った。
「〜〜そ、そういうのズルいと思う。反則だ!」
知っています。我ながらズルいと自覚しています。
まあこれは私も全身に火がつくほど恥ずかしい自爆技なため、殿下と相打ちになる可能性が高いが。
私はじりじりと殿下と距離を詰め、顔を近づける。
「それで、協力してくれますか? 旦那さま」
「う……だ、だが」
「旦那さま?」
「………」
「キスでもした方がいいですか?」
「わかった! 協力するから、そろそろ離れて!」
良し。ハッタリはかますものだな。心臓が早鐘を打ちまくっているせいで、左胸が痛いけど。
ともあれ、殿下は陥落した。あとは、不服げに私を見つめている精霊たちだ。
私はいじけている彼らと目線を合わせて、ごめんね、と声をかけた。
「心配してくれてありがとう。でもやっぱり、私の気持ちは変わらない。ここで引くわけにはいかないの」
『危険よ』フェアリーが警告してくる。『わざわざアザレアが命をかける必要はあるの?』
「そうだね。無意味かもしれないわ。でも、私ができるのはこれくらいだし、ここでイザベラを救えなくて後悔するのはもっと嫌だから」
そう答えれば、彼女は呆れたように笑った。
『不器用な生き方ね。でも、半月前のあなたよりは、嫌いじゃないわ』
私はフェアリーに微笑んだ。まだ心配してくれる他の精霊にもう一度お礼を言って、今度こそイザベラの顔をした魔物の前に来た。
「さて。そういうことで、契約を交わすわよ」
「何がそういうことだ! ふざけるな! 我は貴様に仕える気など微塵たりともないからな!!」
相変わらず吠えているが、気にしないで契約の作業を進める。殿下の助言を受けながら、授業で習った通りに魔法陣を床に描く。
少しのアレンジを加えて最後の図形まで描き終えれば、あとはそれぞれの血を陣に垂らすだけだ。私は指を噛んで血を出し、床に一滴落とした。魔物は殿下の剣で指を切られ、刃を伝って落とされた。
すると、魔法陣が眩いほど光だし、私と魔物を包んだ。私が魔物の名前を思い出して呪文を唱えようとすると、彼女は強気に言った。
「ふん、我はこの契約に同意しないからな! ほら、さっさと呪文を唱えれば良い!」
従魔の術は、双方の同意がなければ主従関係は結ばれない。もし、どちらかが同意しなければ、主従関係が反転してしまうのだ。つまり、従魔が同意しなければ主人が従魔として仕えることとなるのだ。そのため、この術は動物と仲が良くなることが条件であり、持続時間が短いため人間には適さないことから、初級魔法として分類されているのだ。
魔物——ナブラの抵抗はわかっていた。彼女が強気なのは、私が主人としてこの契約を結ぶと考えているからだ。
だから、私はロータス殿下に手伝いをお願いしたのに。
「あら、そう。別に良いわよ」
私はあっさりと言って、呪文を唱える。
「ナブラに告げる。我、汝に真摯に仕え、汝に全てを捧げる。代償に、汝の魔力を我に捧げ、その身を守護することを誓いたまえ」
私は授業で習ったのとは逆、従魔として契約を結ぶ宣言をした。
すると、ナブラは顔を青ざめ、先ほどの台詞を撤回した。
「待て待て! 良いだろう、契約に同意する! 汝、我に——」
「もう遅いみたいよ」
私が宣言を終えると、魔法陣は先ほどよりさらに光り輝き、私の視界を白く覆った。
そんな中で、ナブラの恨み辛みが耳に届いた。
「おのれ! 貴様、覚えていろよ! いつか貴様の寝首を掻いてやるからな!」
「はいはい。これが終わったら、早速働いてもらうからね」
眩い光が徐々に消えていく。視界が完全に戻る。私は手を開いたし閉じたりして、身体に異常がないことを確認した。
そして、未だ拘束されて地面に転がっているナブラに近づいて、手を差し出した。
「おて」
「〜~っ!」
ナブラはビキビキと青筋を浮かべ、拘束されたまま、私の手の上に彼女の手を置いた。
こうして、私はイザベラを乗っ取った魔物——もといナブラを、従魔としたのだった。




