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27 帰還


 人間界に帰還すると、時刻は日の出前ぐらいだった。

 紫紺に染まった空を見上げながら、隣にいる彼女に声をかける。


「もう一晩も経っていたのね。お腹が空いたわ。ねえ、ナブラ。あなたってご飯作れたっけ?」


「……人間の飯など知らぬ。虫でも食ってろ」


「私だけならそれでも大丈夫なんだけど、流石に殿下たちはキツイでしょ? 宮廷に帰る前に、軽く食べておきたいわ。あとで果物とか取ってきてね?」


 命令するように言えば、彼女は舌打ちをして、渋々と頷いた。

 そう言えば、と今更な疑問を思い浮かべる。


「ところで、あなたって、男性なの? 女性なの? イザベラが女性だから、ナブラも女性という認識で合ってる?」


 私の質問に、隣にいた少女——イザベラの顔をした魔物が、やけくそ気味に叫んだ。


「魔物に性別は存在せぬ! どっちでも良いわ! ご主人様の好きに呼べばぁ!?」


 私の従魔となったナブラの声が、早朝の山奥に響く。

 そんな私達二人を遠巻きに、シュナやフラーテさんが殿下に何やら話しかけていた。

 きっと、ナブラのことを聞いているのだろう。先ほどリリアとフラーテさんには謝罪させたが、オーデンス伯爵にも報告した方が良いかもしれない。

 少々込み入った事情があるから、説明は大変だけど。

 ひとまず私は、先ほどの精霊界でのことを順に思い出し、整理することに決めた。


*****


 私たちはあの後、魔法で拘束したイザベラの前に集まっていた。先ほどの魔物は変身した姿だったようだ。こちらが本来の姿らしい。

 殿下と私の喧嘩の最中にリリアも目覚めたようで、不安げな様子でイザベラを窺っていた。私は彼女らの間に入るように立ち、殿下とフェアリーから聞いた話をまとめたのだ。


「ええっと、つまり、イザベラの中に新魔王とやらがいて、あなたがリリアを誘拐した犯人だってことで良いの?」


「ふん、愚鈍な小娘だ。先ほどからそこの精霊がそう言っているだろう」


 私が口に出して頭の中を整理していると、イザベラが鼻で笑ってきた。彼女の態度に、フェアリーが可愛らしく首を傾げる。


『あら、心の中ではすごく焦っているのに、随分と余裕なのね。ロータス、やっぱりこの子、精霊王に差し出しても良いかしら?』


『王さま、喜ぶよー。ひさびさの供物だーって』


『ごほうびいっぱいもらえるよー』


「悪いがそれは止してくれ。イザベラ……正確には、この魔物にはまだ聞きたいことがある」


 ロータス殿下が精霊たちを宥め、イザベラに向き合った。

 いや、殿下が言った通り、正確にはイザベラの中のナブラとかいう魔物とだが。


 リリア誘拐事件の真相は、フェアリーの心を読む能力によってあっけなく明かされた。

 犯人はイザベラだった。彼女は、宮廷を去った後、どうやら魔界に供物として身を捧げたらしい。そこで、死にかけていたナブラとかいう魔物が、死霊魔法で彼女の身体に入り込んだとかなんとか。

 しかし、通常の人間の肉体では魔物の魂に長く耐えられない。魔素の種類が違うため、肉体と魂で拒絶反応が起こるからだ。そこで、より丈夫で適した器を探したところ、リリアに目を付け、彼女を誘拐し、強力な身体を手に入れたあと人間界で暴れる予定だったらしいが——

 私はその話に首を捻った。突拍子もない、不可解な点が多すぎる。

 まず、なぜイザベラが魔界などに身を捧げなければいけなかったのか。その理由がわからない。

それに、カボス王国から魔界——正確には、遥か西にある大陸の端の入口——まで、遠すぎる。船と馬車を使っても、最短距離でひと月は掛かるのだ。往復なら三ヶ月かかってもおかしくない。それを、リリアが伯爵家に帰ってくる五日以内に往復したのだ。疑問を持つな、という方が無理な話だろう。

次に、どうして精霊界にリリアを連れてきたのか。丈夫な器といっても、リリアは普通の女の子だ。わざわざ彼女を誘拐する理由があったのだろうか。

私がそのことらについて目前の魔物に尋ねると、彼女は呆れた顔をした。


「それを我が素直に話すとでも……まあ、良い。どうせそこの精霊に心を読まれるのだ。教えてやろう」


 彼女は観念したようにため息を吐いて、ロータス殿下を見た。


「なにも難しいことではない。一日もあれば、魔界とこの国を行き来することだって可能だろう? なあ、そこの神の愛子よ?」


 そういえば、殿下も一晩で魔王を倒して魔界から帰ってきたことがあった。

 だけど、それはロータス殿下だからであって、少なくとも私が知る限りでは、イザベラがそんな超人的なことができるはずない。

 私の考えを見透かしたのか、魔物が嗤ってきた。


「ククク、当たり前だ、この平凡な小娘が一人で魔界までやってこれるわけがなかろう? 転移魔法で連れてこられたのだ。あのお方によって」


「あのお方?」


 意味深な発言に、私は顔を顰める。

 彼女の言い分を信じるならば、イザベラは誰かの手によって無理やり今の状態にされたようだ。いったい誰だ、と問い詰めたら、魔物は小馬鹿にするように舌を出してきた。


「わからないなら会話に入ってくるな。バーカ」


「………」


 私は彼女の目の前にしゃがんで、そのまま舌を引っ張った。魔物はギョッとして、舌足らずに不満を訴えてくる。


「にゃ、にゃにをする」


「こっちは侍女を悲惨な目に合わせた犯人に腹が立っているのよ。さっさとそいつの事も教えなさい」


「う、ううう〜」


 唸る彼女に構わず、ぎゅーと舌を掴んでいると、フェアリーが私の肩の上に座ってきた。


『アザレア。これ、こんな態度だけど、本当は顔も名前もわからないみたい』


「あっ!?」


「は?」


『会ったとき、認識阻害の魔法がかけられていたようね。記憶にもモヤがかかっている』


 何よそれ。意味深なことを言っておきながら、名前がわからなかっただけじゃない。

 私は呆れて彼女の舌を離した。魔物はまた悪態を吐いてきたが、無視して殿下に尋ねる。


「ロータス殿下。殿下は何か心当たりはありますか?」


「……いや。すまないが、余も存じぬ。だが、その魔物がそいつからリリアの情報を貰ったのだろう。彼女が特殊な体質をしていると」


 殿下の発言に、リリアが不安げに呟いた。


「私が特殊な体質……?」


「ああ。其方の兄から聞いたが、リリアは幼少からこの地の植物を口にしてきただろう? そのせいか、其方ら兄妹の血が精霊のそれに近い部分がいくつかあった。おそらく、精霊界の魔素が身体を変質させたのだ。他人より異常に五感が優れていたり、標準より魔力が多かったりなど、心当たりはあるだろう?」


 リリアはハッと口元を押さえた。


「た、確かに……昔、医者に外部魔力が象並みにあると驚かれたことがありました。魔法は不得意なので、あまり意味はなかったのですが」


 彼女の発言に思わず耳を疑う。

 一般的に、魔力量は種族ごとに固定だ。基本的に体格が大きい生物ほど魔力量が大きくなっていく法則で、その頂点はドラゴンだとされている。

 だから、魔法を発動する際はいかに効率良く術式を組むのが重要視され、その難易度に応じて等級が割り振られているのだ。象の魔力量など具体的な数値は知らないが、体格が人間より遥かに大きいことはわかる。おそらく、リリアは常人の倍以上の魔力を持っているのだろう。

 リリアの特異さに驚いていると、魔物がまたもや鼻で笑ってきた。


「ようやく理解したか。その男の言う通り、その地味な小娘はこの器と比べ魔力が潤沢だ。こやつの御者に幻術をかける手間を惜しまないくらいにはな。そして、人間の魔素と違って、精霊界の魔素は我が魂と拒絶反応が弱い。故に我はこうして精霊界に赴き、ここの魔素と魂を馴染ませ、器を変えたときの拒絶反応を無くそうとしたのだ」


「魂の移し替えの儀式は三日ほどかかり、肉体、魂ともに無防備になる。外敵を減らすためにも、精霊界を選んだのか。たとえ外敵が其方を襲ってきたとしても、地の利はそちらにある。罠も仕掛けやすかっただろう」


 殿下が補足すると、魔物は舌打ちをして顔を歪めた。


「ふん、性格の悪い男だ。どうせ最初から全てわかっておきながら、敗者の我に説明させたのだろう? 人間のふりをしていようが、あのお方も貴様も、本質は同じだ」


 イザベラの顔をした魔物は私たちを見渡し、鼻で笑ってくる。


「それで? 貴様らは我をどうするのだ? まさか、人の法にかけるわけでもあるまい。ここで殺すか?」


 おっとりとしていた彼女からは考えられないほど、低い声が周りに響く。

 殿下が無言で私の前に出ると、腰に下げていた剣を抜いた。サラマンダーが彼の肩まで登って、無邪気に言う。


『ロータス。王さまにあげたほうがごほうびもらえるよ?』


「違う。殺すのではない」


 殿下は剣の切っ先を魔物に向けて、険しく目を細めた。


「イザベラはまだ生きているのだろう?」


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