30 ささやかな疑問
一応、第二章?開始です。
次の話から学園編開始で、エリーゼとの対決も書いていきたいと思います。よろしかったら、お付き合いください。
どうして私には前世の記憶があるのか、気にならないと言えば嘘になる。
望んでいない地位を押し付けられ、散々周りに振り回された挙句、悪意を押し付けられて処刑された最期。そんな理不尽な前世なんて、最初から覚えていない方が幸せに決まっている。もし、神様というものがいるなら、それはきっと性格が悪いはずだ。一発ぶん殴っても許されるぐらいには、私は迷惑を被っていると思う。
とはいえ、不確かな存在に責任を問うというのも馬鹿馬鹿しくなる行為で。結局、考えることが苦手な私は、「そういうものだ」と受け入れてしまった方が楽なのだ。
前世の私が処刑されたのも、その記憶を持っているのも特別な意味はない。そういう時代だった。環境だった。その中で、たまたま私が選ばれただけ。理由なんて、それだけで十分なんだろう。
しかし、納得はできない。「そういうものだ」と思考停止した方が楽だけど、それでは私の気が済まないのだ。我ながら面倒な性格をしている。明確な答えなんて見つからないと理解していても、何も行動しないというのは性に合わない。
だから私は、自分の気が済むまで、前世のことについて調べた時がある。まだロータス殿下と会う前の話だ。あの時は、特にやることもなくて時間が余ってたしね。
ここが本当に前世とは違う世界なのか、私と同じように記憶を持つ人はいなかったのか、できる範囲であらいざらい調べた。使用人や家庭教師に聞いたり、それらしき本を探したり、前世がわかるという占い師に会いにこっそり屋敷を抜け出したこともある。まあ、掴んだ情報の大半は嘘っぱちで、あまり役に立たなかったんだけど。
それでも一つだけ、有力な情報があった。いや、あったというより、見つけたとでもいうべきか。集めた胡散臭い話の中で、共通点があったのだ。
それは、前世の話になると、宗教の教えが絡んでいることだった。
カボス王国の国教はワラフ教で、その名の通りワラフという気の抜けた名前の神様を崇める宗教だ。
ワラフは全知全能の神とされていて、その姿は人の目では認知できないが、私たちの前に現れる時は化身の姿で顕現すると言われている。化身の種類はたくさんあり、白銀のドラゴンもその内の一つだった。
そして、前世の記憶を引き継ぐってことに、この化身のエピソードが深く絡んでくる。
ワラフの化身の一つに、渡鳥があった。ある日、ワラフが渡鳥に化けて空を飛んでいると、狩りをしていた王に矢で射抜かれてしまう。
ワラフはすぐさま王に正体を話し、自分を解放するように命じた。だが、王は鳥の命乞いだと勘違いし、「神を食べてみるのも一興だ」と言って、ワラフを焼いて食べてしまった。
そして、神がいなくなったことにより、世界は夜に包まれてしまう。王は自分の過ちに気がつき、すぐさま神官に助けを求めた。
だが、神官もどうすることもできなかった。ワラフを焼いた灰を集め、何度も何度も祈りを捧げるが、夜は明けない。太陽が上らなくなって百日が過ぎ、いよいよ世界の終わりだと人々が嘆き始めたときだった。
王に子供が生まれた。双子の王子だった。
双子は生まれて経った七日で幼な子まで成長し、ひと月も経てば、大人と変わらぬほど大きくなった。王も王妃も驚く中、双子の王子は二人に告げる。
「私たちは、ワラフ神の生まれ変わりです」
「ワラフ神は死んでおりません。ただ、陽の光を運ぶ役目であった渡鳥がいなくなったことにより、空に太陽が上らなくなってしまったのです」
「誰かが陽の光を運ばなければ、世界はずっと夜のままです」
「ワラフ神の生まれ変わりである私たちが、渡鳥の役目を果たさなければなりません」
「私は朝日を空に放ち」
「私は夕日を地に集めます」
「そしてまた朝日として空に放ち」
「再び夕日として地に集めるのです」
双子の王子の告白に、王妃は泣き出し、王は嘆きました。
「では、王子たちは、ずっと陽の光を運ぶ役目を果たさなければならないということなのか。ああ、なんてことだ。全ては、私のせいなのに」
双子は王妃と王を慰めました。
「王妃よ、泣かないでください。私たちは、死ぬわけではありません」
「太陽が上る限り、私たちの命はそこにあります。どうか、それを忘れないで」
「王よ、嘆かないでください。私たちは、消えるわけではありません」
「月が上る限り、私たちの心はそこにあります。どうか、それを思い出して」
双子は二人に別れの言葉を告げ、一人は東の空に、もう一人は西の空へと旅立った。
そして、双子は陽の光を運ぶ役目を果たし、世界から太陽を取り戻したのだった。
……と、ここで一度この話は終わるのだが、実はこの後、元凶である王のその後が書かれているのだ。
双子が太陽を取り戻し、夜が明けた世界で、唯一心が晴れなかった王は、己の過ちを生まれたばかりの双子に押し付けたことを、一生悔やみながらその生を終えた。
そして、次の場面ではある狩人の話が出てくる。その狩人は太陽に酷く怯え、月に向かって懺悔し、そして、決して鳥だけは狩らない男だった。
奇人として周囲から孤立した狩人を心配し、ある神官が彼に尋ねた。
「どうして太陽に怯えるのですか? あれは私たちに恵みを与える、命の光です。何も怖がることはありませんよ」
狩人は答えた。
「ああ、そうだ。あそこには命がある。私はその命に殺されるのが怖いのだ」
神官はまた尋ねた。
「どうして月に懺悔するのですか? あれは私たちに癒しを与える、心の光です。何も許しを乞うことはありませんよ」
狩人は答えた。
「ああ、そうだ。あそこには心がある。私はその心に恨まれるのが怖いのだ」
神官は最後に尋ねた。
「どうして鳥を狩らないのですか? あの渡鳥など、きっと美味でしょうに」
狩人は答えた。
「もう二度と、神を食べないためだ」
狩人は、王であった時の記憶があったのだ。
双子に言われた通り、彼は太陽が上る限り、そこに命があることを忘れられず、月が上る限り、そこに心があることを思い出してしまう。
狩人がそれを忘れられるのは、唯一、新月のときのみ。
神を食べてしまった王は、太陽と月が上り続ける限り、その罪をずっと背負っていかなければならない……と、なんとも後味悪くこの話は終わる。
この後味の悪さからわかる通り、カボス王国では、前世の記憶があることはあまり良い印象を持たれていない。
だいたい前世に罪を犯して、その贖罪に苦しんでいると思われる。だからか、前世の記憶に関して調べたら、「教会に熱心に通え」と説教臭いことが書かれたり、「罪を肩代わりしてくれる壺」などを買うように勧められた。かなりぼったくりな値段だった。買うわけがなかった。
ともかく、まともな収穫はそれくらいで、結局何もわからずじまいなまま、この調査は打ち切った。
というのも、ロータス殿下の婚約者になってからは妃教育やクウロ関係のことで忙しくなったからだ。元々気が済まなかったから始めたことであって、他のことに気を取られるようになったら、そんなこと考える暇がなくなった。明確な答えが見つからない問題だということはわかっていたし、私は「そういうものだ」と、とりあえず飲み込むことにし、ロータス殿下と怒涛の日々を過ごしていった。
まあ、ではなんで今更そんなことを思い出したのかというと、単純な話、ワラフ教の勉強でこのエピソードを履修したからだ。先生に「教典を良く読み込んでいますね」と褒められた。やったね。
そんな調子でロータス殿下に自慢しようとして、ふと思いついたのだ。
殿下なら、もしかしたら前世の記憶を持っていることに、明確な答えを示してくれるかもしれない、と。
だから、世間話程度に、私の秘密を悟られないように、神を食べてしまった王の話をした。
てっきり殿下のことだから「この話の裏には、こんな史実の話があって〜」と雑学でも教えてくれるのかと思った。
だから、
「アザレア」
一瞬、目を逸らした後、いつも通りの笑顔で、
「そういえば、母上に呼ばれていたぞ。早く新作のドレスを着させたいと、楽しげだったな」
露骨に話題を逸らされた時は、びっくりして、何も言えなかった。
王妃陛下に呼ばれていたのは本当だったから、殿下の言葉は嘘ではなかったけど、その時は嫌われたのかとドキドキした。
その後はいつも通りだったから、私は特に深く考えず「たまたま機嫌が悪かったのかな」と思うことにした。
そういう時もあるだろう。四六時中、上機嫌な人間なんていないんだから。
でも、思い返せば。
話題に触れず、露骨に話を変えられたのは、今でも昔でも、あの一度きりだったな。
イザベラやリリア、シュナが来る前の話。
約二年前、十三歳の終わりの頃の出来事だった。




