24 リリアの兄
「リリアが行方不明だと?」
私はフラーテさんの用件を一人で処理できないものだと判断し、ロータス殿下に相談した。
殿下はいつも通り朱の塔で何やら実験をしている最中だった。最初、彼は私の訪問に驚き、少し不機嫌そうに用件を尋ねてきた。
気まずいと思いつつも、リリアがオーデンス領に帰っていないことを伝えると、すぐさま実験を中断した。そして、自分の近くにあった椅子を引いて座ると、私とフラーテさんにも座るよう促してくる。
先日と違って魔道具が散乱していない床を進み、私は彼の正面に腰を下ろして詳細を話した。
「どうやら、暇を出した半月前から行方がわからないようです。王都からオーデンス領までは馬車で五日ほどの距離。もうとうに伯爵領に着いていてもおかしくないのに、いつまで経っても彼女は帰ってこない。フラーテ殿がそのことを伯爵から聞き、もしかしたら私なら何かを知っているかもしれない、と宮廷に訪ねてきたのです」
「確か、フラーテ殿はいま学生だったな。伯爵が領地の災害復興のため三ヶ月前から宮廷を離れているいま、オーデンス伯より其方がこちらを訪ねてきた方が早いな……十中八九、門前払いになるだろうが」
殿下は難しそうな顔で腕を組んだ。フラーテさんはバツが悪そうに茶色の瞳を伏せ、殿下の言葉通りであったことを無言で肯定する。
「しかし、リリア嬢がご実家に帰っていないのですか……失礼ですが、フラーテ殿。事故の可能性や御者を探すなどはしましたか?」
シュナがお茶を運びながら口を挟んできた。彼は慣れた手つきで木製のコップを私たちに渡してくる。中身はこの前と同じ、温かいミルクだった。
「……もちろん、可能な限り手は尽くしました」
隣に座っているフラーテさんは、震えた声で答える。
「道中で事故にあったのか調べるもそれらしき事件はなく、探し当てた御者に尋ねても、十日前に屋敷まで届けたとの一点張り。ですが、屋敷の者は馬車などここひと月は姿すら見ていないと証言しています。御者がリリアを誘拐した可能性も考えましたが、宮廷で雇われている彼がそんなことをする利点が思い浮かばず……結局、私だけでは手詰まりになり、恐れながらこうしてアザレア様に助力を乞うたところ、ロータス殿下なら解決策があるかもしれないと訪れてきた所存です」
お願いします、とか細い声でフラーテさんは頭を下げた。彼の発言に補足するよう、私は殿下に自分なりの意見を述べる。
「殿下は魔法についてお詳しいので……二年前のかの事件のときみたく、リリアの魔力の位相を調べて、共鳴? とやらをすれば、彼女の居場所を特定できるのではないかと思いまして……?」
話していくうちに尻すぼみになっていく。段々自分の知識に自信がなくなっていったのだ。
正直、私は魔法関連の知識が乏しい。魔法と魔術——この二つの違いもあやふやだ——を統括した学問を魔導学と呼ぶとか、魔素を最小単位の物質とするとか、魔素は全ての生物に宿っており区別のため人間の場合は魔力と呼ぶとか。魔力にも二種類あって、内包魔力と外部魔力で分かれているとか。そんな一般常識ぐらいしか理解できていなかった。
だから、魔導学を専攻している殿下にこうして尋ねるのは勇気を要した。背後でシュナが「さらりとえげつないこと要求している……」と呟いたのもあって、無知を晒していないかドキドキしていると、殿下は口元に手を当て眉を寄せる。
「できぬことではないが……うむ。しかし……」
彼の雰囲気から、技術的な問題ではないのだと察する。では何が、と首を傾げたとき、シュナがわざとらしく咳払いをした。
「えーと、確認ですが、これってアザレア様のお願いということでよろしいですか? 不祥事を起こしたかもしれない侍女の身内からの依頼ではなく、アザレア様個人の我が儘ということで」
シュナはちらりと私を見る。私は彼の意図を汲み、咄嗟に頷いた。
「そ、そうですそうです。私の我が儘です!」
身分社会は建前と矜持の世界だ。王太子であるロータス殿下が動くとなると、それ相応の理由が必要となる。
シュナが教えてくれたように、不祥事を起こした侍女の身内の依頼よりも、婚約者である私の我が儘とした方がまだ建前が得られるということだろう。代わりに私の評判が悪くなるかもだが、まあそれくらいはどうってことない。人命が優先だ。
横でフラーテさんが顔を上げる。シュナと私を交互に見て、涙声で何かを呟いた。聞き取れないほど小さな声だったが、私は「大丈夫です」と彼に微笑んだ。
「ロータス殿下。我が儘だとは存じています。ですが、リリアを見つけてください。どうか、お願いします」
再度、殿下に縋るように頼みこむ。ロータス殿下はしばしの沈黙のあと、しかめっ面のまま「わかった」と頷いた。
私とフラーテさんが弾けるように顔を上げて、礼を述べる。だが依然殿下はぶすっと不機嫌なままだった。
「で、殿下? 何かお気に触ることでも……?」
「……別に」
私が恐る恐る尋ねても、殿下の返答はそっけない。怒っている、というよりは拗ねているような態度だった。
「それよりもリリアのことだ。そう手間は取らぬが、早速取りかかった方が良かろう」
言うが否や椅子から立ち上がると、フラーテさんに手を出せと言った。フラーテさんが困惑しながら手を差し出すと、殿下は「少々血を貰うぞ」と言って、彼の人差し指を短剣で撫でるように切る。たらりと垂れる赤い滴は、小皿の上に落とされていった。
数滴ほど小皿へ取り出すと、殿下はシュナにフラーテさんの手当てと道具を持ってくるよう命じた。
「はーい。水晶はこちらにありますよー」
シュナは小気味よく返事をし、両手で抱えるほど大きい水晶玉を運んできた。それを殿下がいる机に置いたあと、手際よくフラーテさんの指を手当てする。
「シュナ。これが終わったら銀の粉塵を足しておいてくれ。もう無くなりかけている」
「かしこまりました。あ、ついでに他の調合薬も取ってきますよ。紅酸と炎竜溶液と、あと他になくなりかけているのありましたっけ?」
「蒼玉水も足りなかったはずだ。在庫確認も頼めるか?」
「やっておきます。そろそろ諸々の備品の数を確認しないといけないですねー」
殿下は道具を使って瓶から数滴の液体を小皿の上に取り出したり、シュナは手当てが終わると机の上に魔法陣を描いている。
そんな二人の会話を聞いて、私は率直に思った。
仲良いな。
私が入り込めない男子同士の関係に、羨ましさと少しの疎外感を覚える。私と殿下だとこんな風にやり取りできない。もう少し魔導学を理解できていたら違ったのだろうか。いやでももうあんな数式はみたくないな……でも良いな、などと思っていると、殿下の動きがピタリと止まった。
「……なんだ? おかしいな……」
「殿下、どうかなさったのですか?」
「ああ、少し血の成分が……いや、やはり何でもない。この魔法には関係ないことだ」
あとで調べよう、とロータス殿下は呟いて、作業を再開する。二人がテキパキと魔法の準備をする中、私とフラーテさんは居心地が悪く、いつ終わるかそわそわしていた。
一応、手伝えることはないかと途中で二人に尋ねたが「ない」と即答されてしまった。予想していた結果だとはいえ、やっぱり少し落ち込む。そんな私に気を使ったのか、フラーテさんが慌てて励ましてくる。
「ア、アザレア様。そう落ち込まないでください。魔導学はすごく難しい学問なので、素人が立ち入れないのは当然です。どちらかというと、私の方が迷惑な存在ですし……今年成人するのに……皆様より年上なのに……」
私を励ましていたはずが、何故かどんよりと暗い雰囲気を纏うフラーテさん。私が励ます前に、ぶつぶつと負の言葉を吐き出していく。
「リリアはあの年でパミール家のご令嬢から王宮侍女の推薦を貰ったというのに、私は学園で冴えない成績ですし……妹が行方知れずになっても私一人では何の力にもなれませんでしたし……そもそも、二年前、殿下の婚約者選びの時も気絶してリリアどころかアザレア様にもご迷惑をお掛けしまって……本当、何とお詫びをすれば良いか」
「待って待って。フラーテ殿、土下座しないでください。椅子に座ってください」
何だかおかしな方向に行ってしまった。フラーテさんが床に正座したところで止めに入りながら、私は思った。
負の空気を壊した方が良いな。先ほどの彼の発言から、話題を変えられそうな単語を探し出す。
「そういえば……リリアはパミール家、イザベラの推薦で侍女になったとお聞きしましたが、お二人は以前から交流があったのですか? リリアもイザベラも、あまりそのことについては話さなかったので」
良し。それとなく話題を逸らせた。私が内心で拳を握っていると、フラーテさんはあっさりと答えた。
「——いえ、ありませんでした。パミール家とオーデンス家の交流は、かの伯爵家の次女であるイザベラ嬢が、我が家のリリアを王宮侍女に推薦したことがきっかけです」
暗い雰囲気から一転、フラーテさんは目を伏せ、声を低くした。
「……え、でも」
「仰りたいことはわかります。交流がないのに、どうしてリリアを推薦したのだろうかと。かの家の真意を知るため、私とリリアは一度先方にお会いしましたが、特にこれといった理由はありませんでした……いま思い返すと、この時はっきり断っていれば、こんなことにならなかったのに」
彼は膝の上で、爪が食い込むほど自分の手を握っていた。
「お恥ずかしいことに、我が家は裕福ではありません。オーデンス家の土地は金が肥料代わりだ、と笑われるほど、我が家の領地は天災が多い。常に家計が火の車の中、王宮侍女の給金は魅力的なものでした。リリアは賢い妹ですから、そのような事情も理解した上で、パミール家の話を受けたのでしょう。私たちは、そんな彼女の好意に甘えたのです」
その結果がこれだと。フラーテさんはくしゃりと顔を歪ませる。
「情けない話です。目先の金に目が眩んで、怪しい話を楽観視して、家族を失うくらいなら……最初から、苦しい道を選ぶべきだったんです。本当に大事なものを失うことと比べれば、茨の道を歩むことくらい苦ではないのだから」
最後の言葉は、私ではなく彼自身に向けて言っているようだった。
私がフラーテさんに声をかける前に、殿下が彼の名を呼んだ。
「心外だな。余がリリアを助け出せないと思われていたとは」
苦笑する殿下に、フラーテさんはサッと顔を青くした。
「い、いえ、そんな滅相もない……」
「ほう。では、余が失敗しないと信じるか」
「それはもちろんで——」
「ならば後悔よりも、リリアを労ってやることを先に考えていろ。苦労をかけたのなら、尚更だ」
ロータス殿下は作業をする手を止めず、淡々と告げる。一見、冷淡のようだが、殿下の言葉は私のどんな励ましよりもフラーテさんに届いただろう。
彼は目を丸くしたあと、膝の上に置いてあった手を緩ませ、小さく頷いた。
「……感謝いたします、ロータス殿下」
「礼は全て終わってからで良い。それよりも、準備は終わったぞ」
殿下は水晶玉を持つと、先ほどシュナが描いていた魔法陣の上に置く。
私たちにも見えるよう机の上に置かれた水晶は、透明なそれから赤く濁っていた。
「これからどうするのですか?」
「呪文を唱えて、とりあえず王国全体に探索魔法をかける。血縁者の魔力を使用しているから、余の魔力よりも共鳴する精度は上がっているはずだ。カボス王国で目ぼしい物が無い場合は、他国にも範囲を広げ探索する」
王国全体に魔法を発動させる。その言葉にフラーテさんがピシリと固まった。
「え……何ですか、そのあり得ない規模は」
彼の驚きの声は、殿下に届かなかったのだろう。彼は水晶玉に手を添え、呪文を唱え始めた。
魔法陣が怪しく光り、その輝きに呼応するように水晶は透明になっていき、徐々に赤い文字列が浮かんでくる。
殿下が魔法を発動させている間、これが具体的にどれくらい凄いのか理解していなかった私は、こっそりフラーテさんに尋ねる。
「普通はどれくらいの規模なのですか?」
「私も外部魔力は乏しいので詳しいことは……ですが、探索魔法の類は街一つですら困難なレベルですよ、普通は」
「そうなんですか。まあ、ロータス殿下ですし」
私がそう納得していると、「僕でよければ解説しますよ?」とシュナが地図の写しを持って会話に入ってきた。
「今、殿下が発動しているのは、探索魔法の中では基本的なもの。血縁者の血から魔力の位相を読み取り、それに類似する魔力を共鳴させる方法です。ただ殿下の場合規模が規模ですから、魔力を国全体に届けさせるため、振動数を通常の数百倍にして伝わる速度を上げて波長を崩さないようアレンジしてて——」
「うん、シュナ殿。私にはさっぱりわからないからこれ以上の解説は不要よ」
私がシュナの親切心をバッサリ断ると、彼は物足りないと言いたげな顔をする。
「まだまだ序の口なのに。良いですよ。僕は大人しく地図に書き込んでいますー」
唇を尖らせ、彼は地図にペンを走らせた。水晶玉に映し出された文字列を読んでいるのだろうか。地図にはいくつかの丸がどんどん付け加えられていく。
「……む?」
「……えぇ?」
魔法陣が一際大きく輝いたあと、水晶に浮かんだ文字列を読んで、殿下とシュナが揃って声を上げた。二人は顔を見合わせ、すぐさま地図を確認する。
「……最後の反応はここで間違いないよな?」
「そうですけど、ここって……あれじゃないですか」
二人が地図と睨めっこしているので、私とフラーテさんもそれを覗いてみる。
王国の簡単な地形を表した地図には、大小様々な丸が付けられていた。その中でも、ある領地の山には二重丸がされており、一目見てここにリリアがいる可能性が高いのだと理解できた。
「ロータス殿下、リリアは……ここにいるのですか?」
フラーテさんは震えた指で、地図上の山を差した。殿下は、苦虫を噛み潰したようにゆっくりと頷く。
「おそらく、リリアはその中にいる」
殿下の言葉に、私は口元を押さえた。
「そんな、だって、ここは……」
フラーテさんの顔は真っ青だった。
「死の山……オーデンス領でも悪評高い火山ではありませんか」




