25 死の山
死の山。直球的な名前の活火山は、その昔に甚大な被害をもたらしたことで名付けられたものだった。
約百年前、オーデンス領がまだ呪われた土地と呼ばれていなかった頃のことだ。領地の外れにあるその火山が噴火し、多くの死者を出したらしい。火山灰が原因で農作物にも影響を及ばし、しばらくの間不作が続いたせいで餓死者も多かったとか。オーデンス領の災害が多くなったのも、この噴火がきっかけだと言われている。
また、この火山から有害なガスが蔓延しているので、周囲は危険区域として国に封鎖されていた。そのため、人はおろか動物ですら山の麓にも立ち入れず、植物もまともに生えてこない状態だった。
そんな危険な山へと、私たちは乗り込もうとしていた。
「寒い! ロータス殿下、まだ着きそうにありませんかねぇ!?」
「もう少しなんだから我慢して、シュナ殿。それよりも、この子たちの面倒を……」
『あー! ウンディーネがぼくのクッキー食べたぁ! ひどい!!』
『ぼんやりしている方が悪いんだー。サラマンダーのまぬけー』
『……うるさい。ノーム、だまらせろ』
『えぇ〜? じぶんでやってよー、シルフ』
「あ、あの、後で私が果物を取ってくるので、できれば魔法を使用するのはやめて頂きたい……」
日はとうに落ちている。肌に痛みを感じるほど寒い真冬の夜に、私たち——私と殿下、シュナとフラーテさん、そして五匹の精霊たち——は、クウロに乗って件の山の近くを飛空していた。
暴れかけている精霊たちを宥めていると、バサバサと、クウロは怒ったように翼を動かし、大きな鳴き声を上げる。「重い!」と訴えているようだった。
クウロが不満に思うのも仕方がない。殿下を先頭に、私、シュナ、フラーテさんの順に彼女の背に乗っているのだ。精霊たちは私とシュナの肩や膝に乗っている。鳥籠はこっそり彼らが着いてきたので持ってきていない。
二人乗りでさえギリギリだというのに、成長期の子供三人と大人一人が乗り込めばさらに狭くなるのは当然だった。こうなることはわかっていたが、私と殿下に危険区域に入る許可が下りるとは思えなかったため、こっそり訪れるしかなかったのだ。
散歩という名目でクウロを連れ出し、姿隠しの術で透明になったシュナとフラーテさんを彼女に乗せ、速攻でオーデンス領へ辿り着く。単純な作戦だが無事成功し、私たちはこうして死の山にまで来れた。誤算は、姿隠しの術で精霊たちが着いてきてしまったことぐらいか。
『あら、そう邪険にしないで? 私たちは役に立つわよ、アザレア』
心を読んだのか、私の肩に乗っているフェアリーが話しかけてきた。
私たちに着いてきた精霊は五匹。フェアリー、サラマンダー、ウンディーネと、風の精霊シルフ、地の精霊ノームだ。半月前、人間界に遊びに来てまだ精霊界に帰っていない五匹だった。
「そうは言っても、フェアリー。私たち、今回は遊びにきたわけではないのよ?」
『わかっているわ。もとより、私たちはこのために残っていたんだし。ねぇ、ロータス?』
フェアリーは私の肩から殿下の肩へと飛び移る。彼女の発言に疑問符を浮かべていると、殿下が「降りるぞ」と振り返って私たちに伝える。
ほどなくして、クウロが降下する。立ち入り禁止を示す看板が立っている平地の前に彼女を着陸させ、私たちは順番に地面へ降りていった。
「しかし、周りには有毒ガス、中はマグマ。この火山にリリア嬢がいるとは俄かには信じ難いですねぇ」
シュナがサラマンダーで暖を取りながら、火山を見上げる。私も岩肌が剥き出しになっているそれを一瞥して、クウロを労っている殿下へと声をかけた。
「ロータス殿下、リリアが火山の中にいると仰っていましたが、あれは結局どのような意味なのですか?」
まさか、言葉通りの意味ではないだろう。もし、そのままの意味だったらリリアの生存は絶望的だ。
だが、探索魔法は死者には反応しないことから、彼女がまだ生きている可能性は高い。というのも、魔力は本人が死亡すると他の生物に吸収され、個々特有の波長は吸収したそれに形を変えるらしいからだ。
そのため、リリアは生きていると断言しても大丈夫だった。だが、問題は場所だ。有毒ガスが発生している火山の中にいて、彼女が無事なままだとは考えにくかった。
私の質問に殿下は考えるような素振りを見せたあと、フラーテさんを呼んだ。
「すまぬが、余はオーデンス領に訪れるのはこれが初めてだ」
「え、あ、それは、ありがたきことで……」
「うむ。だから、これに気づかなかったのは余の失態である。許せ」
困惑するフラーテさんに謝罪すると、殿下は山を見上げて言った。
「この山、精霊界と繋がっておる。おそらく、リリアはそちらにいるのだろう」
*****
「奇跡的に回路が無事だったから、精霊界と繋がっているか……」
私は手頃な場所に腰を下ろして、じゃれあっているサラマンダーたちを眺めていた。
殿下とシュナはあーでもないこーでもないと言いながら、地面に魔法陣を描いている。私は彼らをちらりと見て、眠たげなフェアリーに話しかけた。
「ねえ、フェアリー。さっきの殿下たちの話って本当なの?」
『あら、ロータスを疑っているの?』
「違うわよ。ただ、そんな簡単に理解できる話ではなかったから……」
小人のノームに尻尾を踏まれたサラマンダーが私に泣きついてくる。私は彼を膝に乗せて宥めながら、殿下から聞いた話を思い出した。
精霊界と人間界はそれぞれ独立している。大昔は空間が繋がっていたが、今は完全に断絶していたはずだ。
だが、殿下が魔石をいくつも消費してその経路を復元できたように、火山が噴火した際の魔力で回路が繋がったのかもしれないとのこと。殿下の見解では、オーデンス領が災害が多いのも精霊界の魔素が漏れているのが理由だと話していた。
「そんな簡単に精霊界と繋がるのかしら。そもそも、精霊界と人間界の魔素ってそんなに違うの?」
『うーん。昔は精霊界と人間界の行き来は簡単だったし、そんなに魔力は必要なかったんだけどねー。今は人間一人程度の魔力では回路は開かないから、ロータスですら自前の魔力だけでは無理よ。ただ、火山の噴火となると莫大な魔力が爆発するでしょうし、もともと精霊界の回路があったなら、あり得なくはないわ』
フェアリーはサラマンダーの尻尾の患部を突っついて、彼をさらに泣かせた。私は彼女の首根っこを掴んで「ダメでしょ」と怒る。「てへ」と舌を出しながら、フェアリーは話を続けた。
『それに、精霊界の魔素と人間界の魔素なら前者の方が自然と相性が良いわ。もともと、人間界の火や水といった自然は、精霊界の魔素が変化したものだもの。だから、百年以上も回路が繋がったままでいられたのよ。人の手が入らなかったのも幸いしてね』
だけど、とフェアリーは暗い顔をした。
『二つの世界が独立したことによって、それぞれの魔素が交わることはできなくなったようね。昔なら精霊界の魔素は人間界に緑をもたらしていたのに……今はこのあり様だもの。道理で、私たちも弱くなっているはずだわ』
彼女は悲しげに火山を見上げる。すると、横で座っていたシルフが新緑の瞳を私に向けてきた。
『……たぶん、緑の代わりに、地震や嵐になってる』
「精霊界の魔素が?」
私が確認すると、こくりとシルフは頷いた。
『だから、回路を閉じれば、災い、すくなくなる』
「それは本当ですか!?」
果物を採りに行っていたフラーテさんが目を見開き、両手にルップアを抱えながらシルフに詰め寄る。
「どうか詳細をお聞かせください!」
『わーい、ルップアだー』
「ああ、待って! いくらでもあげるので詳しい話を!」
シルフは己を風の姿へと変化させ、フラーテさんから果物をひょいと奪い取る。もぐもぐと空中で食べながら、彼の訴えを無視した。ガックリと肩を落とすフラーテさんに、フェアリーがぽんぽんと肩を叩く。
『そんなに落ち込まないで、人間さん。私たちはそのためについて来たのだから』
また意味深なことを言っている。私がどういうことなのかフェアリーに尋ねる前に、殿下が「準備が終わった」と声をかけてきた。
私たちは彼らの方へ近寄り、地面に描かれた魔法陣を見た。円と多角形、文字を組み合わせて作られたそれは、十人は上に立てるほどの大きさだった。
「先ほども言ったが、リリアは精霊界にいる可能性が高い。探索魔法の結果こちらでは火山の中でも、あちらでは座標が同じだけで環境は異なっているだろう。マグマの中ではないとはいえ、精霊界の魔素は人間の体に悪い。早急にリリアを救出するべきだということには変わらぬ」
「ですから、転移魔術を利用して、ロータス殿下と僕、魔力源代わりの精霊たちであちらに飛びます。アザレア様とフラーテ殿には、こちらで待機していただきたいです」
殿下とシュナがそう言うと、フラーテさんが難色を示した。
「お待ちください。もとはといえば私が皆様に助力を乞うたのが発端です。お二方だけにそのような危険な目に合わせられません。私も連れていってください」
殿下は首を振った。
「ダメだ。精霊界に行くからこそ、フラーテは人間界に留まってくれなくては困る。最悪の場合、リリアと其方の縁を辿って彼女だけでもこちらに返す算段だからだ。そのために、フラーテはここで待機していてほしい」
彼の言葉に引っかかって、私は反射的に尋ねてしまった。
「殿下が精霊界に行ってしまったときは、縁の強い私が送り込まれましたが……」
「それは居場所が特定できなかった場合だ。幸運にもリリアの場所はもうわかっている。もし、結果通りの座標にいない場合は、一度引き返してフラーテを連れて行く」
ああ、そうか。前回は殿下がどこにいるかすら不明だったから、私が直感で彼を探したんだっけ。
殿下の言う通り、最悪の場合——おそらく、絶対にあり得ないが——を予想したら、フラーテさんはこっちにいた方が良いだろう。
あれ? じゃあ、私が置いてかれる理由は?
「……まあ、フラーテ殿はともかく、ぶっちゃけ僕は回路を安定させるために人間界にいた方が良いんですけどね」
ボソリと、シュナが遠い目をして呟いた。あれ、それなら、私が殿下と一緒に精霊界に飛んだ方が良いんじゃない?
私がそのことを指摘すると、殿下は気まずそうに顔を逸らした。
「……アザレアは留守番だ」
「なぜですか? シュナの言う通りなら、彼はこっちにいて私が殿下についていった方が……」
「なら、シュナは魔法の補助に回して、余が一人であちらに飛ぶ。アザレアは来るな」
「え……」
にべもなく断られ、私はショックで口を開けた。その間に、殿下はさっさと精霊たちを引き連れて魔法陣の上へと移動する。
何だか殿下がそっけない……というより、冷たくない? と、戸惑っていると、フラーテさんが私の擁護をしてくれた。
「ですが、ロータス殿下。お一人で向かうにはあまりにも危険では?」
「アザレア一人がいてもいなくても大して変わらぬ。むしろ、いない方が余計な気をかけずに済む」
しかし、殿下はバッサリと言い切った。
容赦のない戦力外宣言に、私は想像以上に落ち込んだ。殿下の言う通りだ。私はシュナのように魔法に秀でているわけでもなく、フラーテさんのようにリリアとの縁が強いわけではない。精霊界についていっても、足を引っ張る可能性の方が高い。
わかっているけどさ。私だってリリアを助けるのに役立ちたい。
でも、私が役立たずなのは事実だ。余計なことはしない方が良い、と前世で散々理解させられた。
一時の感情で動くべきではない。わかっている。これは、私の身勝手な感情だ。だから、足手纏いになるのなら、同じ失敗を繰り返さないよう大人しく待っているべきだ。
『あら、アザレア』
不意に、フェアリーに名を呼ばれる。私が顔を上げると、殿下たちは魔法の発動を始めていた。
魔法陣が光る中で、フェアリーは微笑んで言った。
『今だけ、過去のことは忘れるんじゃなかったの?』
「———」
彼女の言葉は、私の迷いを晴らすのに充分だった。
ああ、そうだ。ずっと引っかかっていたんだ。
リリアの境遇は、前世の親友だった彼女と似ている。家族のため、一族のため。大事な人のために、自分を犠牲にできる。そんな人だ。
——そして、二人とも、私が原因で不幸になっている。彼女たちの周りの人も巻き込んで、苦しめている。
親友は、皇帝の不興を買って。リリアは、義妹を無断に侵入させたことの責任を取らされて。
そのことを考えると、心に黒いモヤがかかっていく。結局、前世と何も変わっていない。何の取り柄もない能無しなんだから、役立たずは役立たずなりに何もしなければ良いと。
だけど、何もしないことに後悔していた。
どんな行動を取っても、後悔をするときはする。何が正しいかなんて、明確な答えはない。
なら、今の私はどうしたいか。それを考えたときには、もう私は走っていた。
「え、アザレア様!?」
フラーテさんが驚いた声を上げる。殿下が私の意図に気がついて、呪文を唱えながら、光を帯びて半透明になった手を伸ばしてくる。だが、フェアリーが魔法で彼の口を塞ぎ、魔法の発動を阻止してくれた。
呪文を唱えるのに集中しているシュナを通りすぎて、私は光る魔法陣へ身体を滑り込ませる。すぐさま私の身体を光が包み込み、半透明となる。
シュナが呪文の最後の一節を唱えると、光は一層眩いほど輝いた。それらが私の視界を覆い尽くした直後、ぶつりと意識が途絶えた。




