08「会いたくないやつが来ちまった!」
ディッシュは魔転桜からやや離れた建物の前に車を停めた。
「そんな余裕、あるんすか?」
「余裕がないから停めたんだ」
「あらっ、余裕がないなんて。そんな。ここでっすか? 車の中でするのは初めてっすけどせめて」
「点検だ」
そういって車を降りると、車の横に回る。
「カーチェイス用の装備じゃないからな。固定を確認しないとまずい」
ディッシュの愛車はトラックキャンパー。つまり蒸気ピックアップの荷台にキャビンを乗せたものだ。固定はされているがあくまで荷台。無理なスピードで走り回ったりすれば緩むこともある。
「それに敵はもう水の中だろ?」
「ま、そうっすね」
ステイシーはようやく落ち着いて、車を降りた。
視界いっぱいに魔転桜の姿が広がる。
城を飲み込んだその木は確かに異様だった。
桜の木に詳しいわけではない。けれど、ステイシーの目にははっきりとした魔力が感じられた。
「うげっ……なんつー魔瘴っすか……」
「わかるのか?」
「はいっす。魔王討伐から千年も経ってるのに、すごいっすね……」
「人が住めるようになってから百年くらいしか経ってないらしいけどな。それまでは監視砦があって、交代で見張っていたらしい。それがここだ」
ディッシュが車を停めていたのは、監視砦の駐車場。
しかしその監視砦は、すでに役目を終えていた。
そこに残るは、歴史博物館となった監視砦。広々とした駐車場のわきには土産屋にカフェなどが並んでいる。
「……商魂たくましいってやつっすね」
ステイシーはそう言いながら、車道になにげなく目をやる。
恐ろしい魔転桜と、厳しい監視砦の間の道路は、そんなことなど全く感じさせない、街の中のありふれた道だった。
通る車もありふれている。一般乗用車も、貨物車も、乗合バスも、トラックも。
その中の一台が、前の道で停まった。
大型のパネルトレーラーで、ディッシュの車の数倍はある。
そんな大きな車が停まったら、駐車場にいる車は出るのに苦労するのだが。
「イヤっすねえ。自分のことしか考えてないみたいで」
「どうした?」
「ほら、あのトレーラー。あれじゃまるで道を塞いでるみたいっすよ」
「……みたい、ならいいんだが……」
ディッシュはそういうと、ステイシーの隣に回り込んできた。
「まずいな。他に出られそうなところはないが……」
「考えすぎっすよ」
やがて、トレーラーから作業着姿の男が降りてきて、横のパネルを開いた。
「ほら、ただの荷物じゃないっすか」
「……」
しかしディッシュから返答はない。
トラックのなかから蒸気の煙がゆっくりと立ち上る。……何かのイベントだろうか?
ステイシーがみているその前で、煙の中で何かが動いた。甲高いボイラーの音に引き続いて蒸気をさらに吐く。そして汽笛を――
「ぽーーっぽっぽっぽっぽ!!」
鳴らすと同時に、おかしな高笑いを上げた。
「会いたくないやつが来ちまった!」
煙の中から人影が飛び出す。二つの足で荷台を蹴り、蒸気ロケットをふかして高く高くとびあがり、駐車場の車を飛び越え、ステイシーたちの眼の前に。
「な、な、な、なんすかなんすか!?」
「見ての通り蒸気甲冑……戦闘用の機械だよ」
ステイシーも蒸気甲冑は知っている。蒸気と機械の融合、蒸気魔術による戦闘用歩兵の装備品だ。
人間より一回り大きな甲冑を蒸気魔術で制御し、搭乗者の魔力を何倍にも跳ね上げ、その戦闘力はまさに一騎当千。世界中の軍事バランスが大きく変化したとも言われている。
だが、眼の前に立つその機体は、ステイシーの知るそれとは大きく違っていた。
蒸気甲冑は普通、木々の間や砂地に隠れやすくする色で塗装されている。だがその機体は真鍮をむき出しにし、黄金のような輝きを放っていた。
蒸気甲冑は普通、顔らしい顔をもたない。だが、その機体はまるで仮面舞踏会に用いるような仮面をつけていた。
そして、これが一番蒸気甲冑を蒸気甲冑らしからずしている。
蒸気甲冑は普通、装甲の上に布をまとわない。だがその機体はまるで良家の令嬢を思わせるような真っ赤なドレスを身にまとっていた。
排障器ではないスカート、パンチカードではないリボン。背中から伸びる複数の煙突や大剣や長銃は、もはや花を背負ってるようにさえ見える。
「お久しぶりですわね、貧乏冒険者のディッシュ・ドッククラウド!」
蒸気甲冑は普通、蒸気魔術を極めた兵士によって運用される。だがその声は年端もいかない少女のものだった。
こんな状態で対峙しているというのになぜか敵意は感じられない。しかし友好的であるようにも見えない。
「あの、ディッシュと知り合いなん……すか……?」
「ああ、新護国の冒険者だ。何度もやり合ったことがある」
ステイシーは恐る恐る呼びかけた。その声に蒸気甲冑がこちらを向くと、気づけばディッシュを盾にして後ろに下がっていた。
「平民エルフのくせに無礼ですわよ! こういうときは先にお名乗りくださいまし!」
「は、はい! ステイシー・ムーンライトテールっす!」
「知ってましてよ!」
甲冑は胸を張るように、腕部マニピュレーターを両腰にあてた。
「わたくしの名は、アライダコルダ・ユーディット・イッテマウド! イッテマウド家を再興させるものですわ!」
そして汽笛とともに、例の「ぽーーっぽっぽっぽ」という高笑い。
「ようは、没落貴族が冒険者まで落ちたってやつだ」
「おだまんなさい!」
「それでアライダ。俺に何か用事があるんじゃないか?」
「バカを言わないでくださいまし。あなたみたいな貧乏冒険者に用事はございませんわ。用があるのはそっちのエルフ」
「ひっ!」
指先をびしっと突きつけられ、思わずステイシーは悲鳴を漏らした。
「彼女に用事があるなら、俺を通してくれ」
その一歩前へ、ディッシュが進み出る。その手には大型拳銃が握られていた。
「あら〜? あなた、いつからエルフの召使になりまして?」
「冒険者と依頼主だ。これだけ言えばわかるだろう」
「さっぱりわかりませんわ」
アライダの蒸気甲冑は器用にかぶりを振る。だが、それと同時に蒸気機関の出力を上げたのが、ステイシーにはわかった。
「どっちにせよ、わたくしの知ったことじゃございませんってこと以外はね!」
その瞬間、ステイシーは車のなかに放り込まれた。ディッシュに突き飛ばされたのだ。
同時にディッシュの鉄拳が何かを跳ね飛ばす。それはワイヤーで繋がった、蒸気甲冑の腕だった。蒸気カタパルトによるアーム射出機構だ。
それでステイシーを捕まえる気だったのだろうか。ステイシーはぞっとした。
蒸気カタパルトは本来であれば鉄球などを発射して石などを砕く工具である。それでアームを発射して、捕まったステイシーの五体が無事そろっていたとは思えない。
「身を低くしてろ!」
ディッシュは蒸気を噴きながら駆け出した。アライダの注目をステイシーから引き離すように、遠ざかりながら銃を撃つ。
乾いた発砲音、と同時に甲高い金属音。全弾命中しているにもかかわらず、蒸気甲冑はたじろぎもしない。
「無駄ですわ! そんな小さくて粗末なお鉄砲じゃあ傷一つつけられませんわよ」
「鉄砲は大きさじゃないっすよ!」
ステイシーは言ったが、アライダのいうとおりだ。ディッシュが撃った弾丸は当たっているようだが、効果があるようにはみえない。
自分にもできることはないだろうか。ステイシーは車内を見回した。
武器のようなものはいくつかある。けれども使い方はわからない。銃なんか撃ったことはないし、剣で殴りかかるわけにもいかない。
だとすれば、ステイシーに使えるものは……
「……これなら、やれるっすかね」




