07「少し、桜をみていくか」
「また抱かれちゃったす……」
車が走り出すと、ようやくステイシーは声をだした。
「二回目は怖くなかっただろ」
「デリカシーないっすよ、そーいうの」
「どっちがだよ」
冗談に乗っかって怒られるというのは、どうにも納得がいかない。
「それで、いい情報はみつかったのか?」
「いいえ、まだっす」
「……終わったって言ってたじゃないか」
ステイシーの調査で差分機関は多くのデータを吐き出していた。それはステイシーの膝の上に乗ったパンチカードの束に記されている。
重要なのは、可燃蒸気を使うように設定を変更していたのが誰であるか、だ。
「このデータはここ一ヶ月ぶんくらいのあのビルの記録をぜーんぶまとめたヤツっす。いつから可燃蒸気が流れてたのか、いつ可燃蒸気を変換する設定に変えたのか、それが誰なのか、そういうものを探すのはこれからっすね」
「じゃあ、データ自体はとれているんだな」
「はいっす」
「それを読み取るのにどれくらいかかる?」
「落ち着けばすぐっす。でも走ってる車の中で読むのはきついっすね」
蒸気自動車に乗るとめまいや吐き気など、船酔いにも似た症状が現れることがある。特にそれは手元を直視しているとそうなりやすい。
「一度自宅へ帰るか」
「そっすね」
「送っていく」
「いいんすか?」
「遠慮するな。どこだ?」
「ええと、ワーカーワスプ通りの……」
そう言って、ステイシーは言い淀んだ。
「いや、いや。社員寮には帰れないっすよ」
「それもそうか。どこかに宿をとるぞ。身分証明がいい加減なところはどこにでもある」
「なんすか、その。ご休憩とご宿泊が分かれてるタイプのホテルに連れ込む気っすか?」
「心配するな。冒険者向けのモーテルにあてがあるだけだ」
「モーテルも同じ意味っすよ、ここらじゃ!」
「……なんか俺にわからない大人向けの話をしていないか」
「……わかってるくせにとぼけてるわけじゃないっすよね……?」
ディッシュの見た目は二〇代前半。一八歳のステイシーよりやや歳上だ。これくらいの年齢の差は、ハイティーンにとっては大きい。
「悪いが俺はお前が好きそうな話にはすこし疎くてね」
「マジっすか。なんか今更、悪いこと言っちゃったなーって気がしてきたっす」
「もう少し子供向けの冗談なら怒ったり笑ったり、お前の気に入る対応ができると思うんだが。悪いな」
ディッシュは真顔でそういった。
本当はそうではない。面倒なだけだ。
うっかり先程のように冗談に応じて、かえって気分を損ねたら面倒くさい。
わからないふりが一番だ。
しばし、沈黙が続く。
「あの、ディッシュ。そのですね」
「なんだ」
「ここまでしてくださってありがとうございます。もう、大丈夫っすよ」
ステイシーはカードを見つめた。
「これを読めば、証拠は揃うっす」
「そうか?」
「依頼金も払えないことですし、迷惑かけてるっす」
「それもそうかもしれんな」
ディッシュはハンドルを回した。
「だがこれは俺が受けた依頼だ。あんたに協力してもらうという建前がある」
「わかったことは教えるっすから」
「消えてほしいってか?」
「そんなことはないっす!」
「悪い。わかってる」
ディッシュは頭を振った。
「無理するな。せめて終わるまでは一緒にいてやる」
「……ありがとうございます」
「……ん?」
ふと、ディッシュは後ろが気になった。
わずかな違和感。
真後ろを走る車が妙に気になる。
偶然だとは思う。しかし冒険者としてのカンが、危険を伝えている。
二車線の一方通行だが、この時間は空いている。追越車線側に縦に並ぶことくらいあるだろう。
「……」
ディッシュは方向指示器を出し、左の走行車線へと移る。
後ろにいた車はディッシュを追い越し、そのままスピードを上げた。譲ってもらった合図にポゥと汽笛をひとならし。
「気のせいか」
「なんすか?」
「……いや」
ディッシュはそのまま、追い抜いた車が交差点を直進したのを確認し、左折した。
「つけられているかもしれん」
「えっ?」
ステイシーが馬鹿正直に後ろを振り返った。
「キョロキョロするな。気づいたことを悟られる」
とはいえ、すでにさっきの車はやり過ごしている。他に車の姿はない。
「すこし回り道するぞ」
目抜き通りを次は右折。
「……いたか」
するとそこですれ違ったのが、先程やり過ごした車だ。
どこかへ行こうとしていて、こちらの道へ戻って来る理由はない。つまり目的はディッシュたちだ。
「飛ばすぞ」
ディッシュはアクセルを踏み込み、機関出力を上げた。
サイドミラーの中で、例の車がUターンしてきた。もう隠す気はないようだ。
「赤信号っすよ!」
「信号を守らなきゃいけないって法律でもあるのか?」
「あるから言ってんすよ!」
交差する車に遠慮することなく、ディッシュは交差点に飛び込んだ。ブレーキの軋む音、警告を知らせる汽笛の音。
追跡者が止まった車にぶつかってくれればもうけものだが、そうはいかない。
「追いつかれるっすよ!」
「身を乗り出すな!」
「もっとスピードは出ないんすか?」
「俺の家はスピード比べのマシンじゃない」
トラックキャンパーは住居を兼ねた移動手段。市街地でも直線では厳しいだろう。
だがこの道の先は丁字路である。
レバーとペダルを乱暴に操作し、後輪をすべらせて急カーブ。
追跡者もそれに続こうとするが、スピードが出ていた彼らは曲がりきれなかった。そのまま歩道をこえ、柵をこえ、水の中へと飛び込んでいく。
「よし」
「なんすか、ここ……」
ステイシーが堀川をみて絶句している。それ自体はどこにでもある人造の川だ。
「外堀通りだが」
「違うっすよ、あれ」
その向こうには岩山があり、さらにその上には古城がある。
そしてその古城を飲み込むようにして、巨大な木がそびえ立っていた。
「なんすか、このデカすぎる木は」
「街のどこからでも見えるだろ?」
近すぎて車道から全景は見えない。だが、車の正面に続く外堀通りにもそびえる木が見えていた。
「その、あたし会社に連れてこられてから外に出してもらってなくて」
ディッシュはそれを聞いて、うんざりした。エルフ労働者にそういう扱いをするような会社なのだ。
「ごらんください、あれがこの街の象徴にして、灰都の起こり。エビルシンデラ城の魔転桜でございます」
ディッシュは観光ガイドのような素振りで言った。
「千年前に討ち滅ぼされた魔王の一柱、灰王シンデルマン伯爵の居城であったと言われています。ときの賢者が瘴気あふれる居城を浄化するために植えた桜が、あの木だと言われています」
「桜って……、あれ桜なんすか?」
「さあ、本当にあれが桜なのかは知らん。だが、あー、この街が灰の都って呼ばれてるのは、知ってるよな?」
ディッシュは言い淀んだ。例の会社がどこまでこの街のことをステイシーに教えていたかはわからない。
灰都エビルシンデラの名前くらいは、聞いたことがあるだろうと思っていた。そしてその由来が、魔転桜であることも。
だというのに少女はまったくそうは見えない。初めて聞いたおとぎ話であるかのように目を輝かせている。
「あの木は不定期に灰のような花が咲く。季節とも気温とも無関係にな。そうすると満開の桜に見えるんだ」
「ほほー。なんだか、散ったあとが大変そうっすね」
「灰だからな」
ディッシュは言わなかったが、その灰はわずかな瘴気を含む。長年その灰にさらされれば確実に健康に害をきたすと言われているのだ。
しかし、それでもこの街から人間はいなくならない。産まれ育ったものは去りたがらず、金持ちどもは使い捨ての労働者を連れてくる。
このエルフのように、だ。
ステイシーがどのような人生を送ってきたかに興味はない。だが、楽しい話にはならないだろう。
「少し、桜をみていくか」




