06「認証鍵っすからね」
「ステラちゃん、ねえ」
コートニーは呟いた。
「マキちゃん、人物照会。みらい蒸気商会テクノロジーが探してる責任者って、エルフだったよね?」
「はい。エルフのはずです。名前はステイシー・ムーンライトテール。」
「……まったく、仕事増やすなって言ったのに」
「どういうことです?」
「マキちゃん、今月に入ってからエルフと会った?」
「え? たぶんないと思いますけど」
「そう。この街にエルフはそう多くない。ここに偶然エルフを連れた冒険者が来るとは考えづらい。わかるよね?」
「強引すぎますよ。それくらいの偶然は」
「まあ、あるよね。でも疑うのが俺の仕事なんだよなあ。ああ、面倒くさい」
「……警部」
「わかってるよ。やるよ」
「いえ、ここ禁煙です」
コートニーは出したばかりのタバコを箱に戻した。
一方、ステラことステイシーはディッシュとともに、隣のビルの屋上に上がっていた。
「……まさかとは思うけど、こっから飛び移る気っすか?」
「そのまさかだよ」
「無理っすよ、あたしただの女の子っすよ!」
「飛び移るのは初めてか?」
「初体験も初体験っす!新品まっさら処女同然っすよ!」
「そうか、じゃあ俺が抱いてやるよ」
ディッシュはそういうと、背中の蒸気機関にパンチカードを差し込み出力を上げた。
「え? あの、抱いてやるって……?」
「安心しろ、俺は何度か経験してる」
とたん、ステイシーの体が宙に浮く。
ディッシュがステイシーを強引に抱き上げたのだ。
「ちょ、ちょっと! まっ……」
「動くと危ないぞ」
蒸気機関の煙突が煙を吐き、ディッシュの腰につけられた計器が跳ね上がった。
笛のような鋭く短い排気音に続き、だん、と軽い足音ひとつ。ディッシュは助走もつけずに隣のビル――つまり爆発現場の屋上に飛び移った。
「よし」
「何がよし、っすか! こういう事するなら先に言ってほしいっす!」
「言ったじゃないか。抱いてやるって」
「抱いて行くっていうんす、こういうのは!」
「え?」
ディッシュはしばし考え、そして思い至る。
「やるわけないだろ! こんなところで!」
「あたしがシキジョーキョーだってことくらいわかってるでしょ! そっちの意味だと思うっすよ!」
「なんだよシキジョーキョーって。処女同然って言ってたじゃないか」
「そ、それはビルを飛び移るのが初めてってことで……」
「だよな。だから俺もビルを飛び移るために抱くって言ったんだよ」
そういうとしばし二人は顔を真赤にして黙りこくる。
「そ、それより調査っすよ、調査!」
「そうだな! 調査だな!」
ステイシーはそういうと、屋上に据え付けられた機関室に駆け寄った。そこはみっちりと差分機関が詰まった小屋で、蒸気魔術師は扉を開いたところですべてを操作する。
「やっぱ止まってるっすね」
その蒸気もビル爆発のため、元栓から停止していた。
「これを調べればわかるのか?」
「ちょっと手間はかかるっすけどね」
ステイシーは背中に背負った差分機関をおろし、内蔵の蒸気機関を動かした。
蒸気パイプを伸ばし、差分機関に据え付けられた非常供給弁に差し込む。するときしんだ音をたてて、差分機関の歯車が回り始めた。
「都市に供給される魔力は、そのままだと霊圧が強すぎるので、こういう変圧器が必要なんす」
いいながらステイシーはリュックから穿孔器を取り出し、ブランクカードに穴を開けていく。
そしてペンダントから円盤を取り出し、パンチカードとともに差分機関に挿入した。
「ここで使う円盤だったのか」
「認証鍵っすからね」
ディッシュが感心していると、差分機関が蛇腹状に繋がったパンチカードを吐き出した。
「これが昨日の夜からの蒸気変圧器の記録っす。やっぱり爆発のあったころに途切れてるっすね」
ステイシーは真剣な顔でそのカードを読んでいた。
「やっぱり変圧に問題はないっすね。通常通り減圧して、ビル内に供給はされてるっす。ちょっと使いすぎてる感じもあるっすけど」
「パイプに穴が開けられてたからな」
「それで、可燃性の蒸気がビル中に充満してたっていうんすよね?」
「ああ。けど、そんなことありうるのか?」
「ふつーはありえないっすね。変圧の術式も違うから、もし可燃蒸気が間違って流れてきたとしたら、エラーがでて止まるようになってるはずなんすけど、ちゃんと変圧されてるっすねえ」
しかし同時に、ビルのなかに動きがある。差分機関が動作して、供給された魔力蒸気が、屋上に生き残っていた照明器具を点灯させたのだ。
「おい、これ下にも供給されてるんじゃないか?」
「そっすね。気づかれる前に終わらせるっすよ」
ステイシーは続けて、別のパンチカードを作り、差分機関に挿入した。
「あーやっぱりっす」
そして吐き出されるカードをじっくり眺める。
「術式が書き換えられてるっす。可燃蒸気を使う設定になってるっすね」
「ビルの主がそうしたという可能性はあるか?」
「ログを出させてます。いつからそうなってるのか確認しなきゃならないから、だいぶ時間がかかるっすよ」
差分機関から吐き出されるカードは自動的に折りたたまれているが、すでにかなりの量である。まっすぐ伸ばせばそうとうな長さだろう。
問題は時間だ。蒸気供給が再開したことに、誰かが気づけば突入してくるかもしれない。
「間に合うか?」
「さあ、間に合わせるしかないっしょ」
そうこうしているうちに、下が騒がしくなってきた。
ここは四階建ての屋上。入ってきたらあっという間だ。
「来るぞ、急げ!」
「急いでるっす!」
出てきたカードを取って、次のカードを差し込む。
ドンドンドン!
階段室のドアが乱暴にノックされた。
カードが吐き出されてきた。
「来たぞ!」
「わかってるっす!」
「開けろ! 保安官だ!」
怒鳴り声が聞こえた。
「くそ、コートニーだ!」
「あとちょっとっす!」
「これからドアをぶち破るからね! 警告したよ、強制執行!」
「ステイシー!」
「できたっす!」
ステイシーが吐き出されたカードを切り取り、パンチカードと認証鍵を引っ張り出す。
「ずらかるぞ!」
そのステイシーを、ディッシュはふたたび抱きかかえた。
背中の蒸気機関がうなりをあげる。短く鋭い排気とともに、濃い煙が吹き出した。
バン! 金属の扉が破られ、マキの巨体が飛び出してくる。同時にコートニーが散弾銃を突き出しながら飛び込んできた。
「保安官だ、動くな!」
しかしその時にはもう、ディッシュもステイシーもその場には残っていなかった。
「あーあ、もう。やってくれちゃって」
コートニーは銃をおろすと、扉を開け放ったままの機関室へ近寄った。
「危険です! コートニーさん!」
「大丈夫だよ。まともな冒険者は保安官に攻撃しないから」
そして、まだ熱を持ったままの差分機関に触れる。
「……やってったなあ」
「なにか仕掛けていったんでしょうか」
「さあねえ……」
コートニーは立ち上がると、ほかの保安官に指示を出した。
「無駄だと思うけど、ここ調べさせておいて」




