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03「で、いくら出せる?」

「は?」

 ディッシュは間抜けな声を出した。

「ってことは、あんた。あそこに可燃性の蒸気を流した張本人ってわけか?」

「えっ……可燃性の蒸気が流れてたんっすか?」

 どうもうまく話が噛み合わない。

「そう手札を隠しながら話してちゃあ、ずれるのも仕方がないだろ」

 バーテンダーが二人の前にグラスを置いた。

「順に話してもらう。あんた、名前は?」

「はい、その。ステイシー・ムーンライトテールっていうっす。あの、ムーンライトテールってのはファミリーネームじゃなくて、エルフ部族の中での名前というか、あたしが産まれたとき産婆が最初にみた幻覚(ヴィジョン)というか」

「なるほど。月光に動物の尻尾が照らされるさまを見た……ってとこか」

「もう一つの候補が、狼の交尾(ウルブスメイクラブ)だったそうっすけど」

「そっちじゃなくて本当によかったな」

「で、そのステイシーさんはなぜ冒険者を必要としてるんだい?」

 脱線しかけた話をバーテンダーがもとに戻す。

「はい。あたし都市蒸気の機関士をやってるんす」

 都市蒸気は現代社会になくてはならないものである。この酒場に照明があるのも、テレビに映像が映るのも、すべて蒸気を通して魔力が送られているからである。

「毎日、いきり立った蒸気機関をこの手で扱って、パイプのなかに白いのを注ぎ込むわけっすけど」

「おまえの仕事すげえ大切なのに、全然そう聞こえないんだよ」

「茶化さないで聞いてほしいっす!」

「お前がいうな!」

 ステイシーは言い方を迷うように、一瞬目を閉じた。

 あるいは猥談を我慢しているだけかもしれないが。

「ビルの爆発事故は、蒸気圧のコントロールを間違えたことが原因って発表されたっす。しかもその責任があたしにあるって言うんす!」

 蒸気圧? それはおかしい。ディッシュは思わず口を挟みそうになった。

 現場にいたディッシュは、あれが可燃性蒸気による爆発だと知っている。あのビルのところどころ壊されたパイプでは、蒸気圧爆発など起きそうにはない。

「もちろんあたしに責任はないはずっす。なぜなら完全な証拠があるっすからね!」

「完全な証拠?」

「そうっす。蒸気機関を操作する差分機関を使うためには、認証鍵が必要っす。この認証鍵は個人に紐づけられていて、誰が差分機関を使ったか、はっきり記録が残るようになってるっす」

「なるほど。つまりその記録がわかれば、あんたが操作を誤ったわけじゃないっていうのがわかるんだな」

「いいえ、記録にはあたしの名前がはっきり残ってるはずっす」

「えっ?」

「あたし昨日は珍しく休みをもらえたんす。それで一日出かけてたんすけど、今朝仕事しようとしたら認証鍵がどこにもなかったんす」

 ステイシーは円盤入りペンダントを握りしめて言った。

「あたしの名前が入った認証鍵であたしになりすまし、差分機関を使って爆発させた。あんたが真犯人だったんすね! この女殺し!」

「拾ったって言っただろ!」

「女の子のいちばん大切なものを奪っておいて! ひでえ女殺しもあったもんっす」

 聞き耳を立てていた冒険者たちの、どよめきの声が聞こえた。

「違う! そういう話じゃない!」

「返せー!」

「返しただろ!」

「はいはい、いっかい落ち着きなさい。ディッシュ、あんたがそれをどう手に入れたか隠してるからこうなるんだ」

「……そうだけど、ほんとに知らないんだぜ」

「重要なのは、いつそこに引っかかったかじゃない。あんたからさっき聞いた話じゃ、蒸気圧爆発じゃなくて、可燃性蒸気に引火したって話だろ?」

 そのとおりである。

 都市蒸気供給所では、蒸気圧のコントロールを間違えたことが原因だという説明だ。だがそれは、ディッシュが現場で知った情報とは全く異なる。

「ディッシュ、今度はあんたが話す番だ」

 バーテンダーに促され、ディッシュはビルの中で起きた出来事を話した。

 ビルに住み着いたゴブリン退治の仕事を請け負っていたこと、可燃性の蒸気でビルの中が満たされていたこと、おそらく意図的に蒸気パイプが壊されていたことなど。

「そんな報告、受けてないっすよ!」

「だからおかしいんだ。あんたの上司がなにか隠してるんじゃなければ、だが」

「そうっすよね……。でも、あたしが問い詰めても聞く耳持ってくれないし……」

「証拠がいる、というわけだな」

「で、どうする? ここからは仕事の話になるけど」

 バーテンダーが言った。

「冒険者を雇って、証拠をさがす。そのためにきたんだろ?」

「そうっす」

「つまり、会社は信用できないし、警察も信用できない」

「そのとおりっす!」

 この街ではエルフの立場は弱い。数年前の戦争の影響もあり、事件があれば外国人や妖精たちが真っ先に疑われる。

 蒸気供給所もそうである。そもそも危険な仕事であり、特殊技能を必要とする。貴重な都市インフラの賄い手だというのに、立場の弱いエルフらに薄給で押し付けられている。

 だからこそ、冒険者の仕事がなくならないわけだ。

「まして都市蒸気供給所だろう? 大手だと手間賃もあがるけど、どこの会社だい?」

「みらい蒸気商会テクノロジー株式会社っす」

「うさんくさい名前だな」

 ディッシュは思わず言った。悪く言えば、なにか隠していそうな名前だ。

「たしか、新護国のフロント企業じゃないかな」

 バーテンダーはあっさり言った。

「ああ、新護国ってのは冒険者ギルドだよ。新王立護国連盟っていう、新しくもなければ、王立でも護国でもないややこしいギルドだ」

「なんすか、それ……」

「この国にまだ王様がいたころ、王立ギルドだった最大手さ」

 ディッシュが悪態をついた。

「いまはドぐされ野郎どもの巣窟」

「あたしたち教会とも何度もやり合ってる。新聞じゃあ、近々抗争になるんじゃないかって言われてるところなんだけど」

 バーテンダーはそういって、目を細めた。

「あんた、スパイじゃ……なさそうだね」

「そそそ、そんなたいそれた任務、あたしに務まらないっすよ! オッパイならふたつあるっすけど」

「で、いくら出せる?」

「その、お金は……」

 バーテンダーは大きなため息をついた。

「冒険者は警察じゃあない。相手が敵対ギルドだと大事になりかねないから、慎重にやる必要がある」

 冒険者ギルドの収入源は多岐にわたる。しかしそれは、対立し合うギルド同士での奪い合いでもあるのだ。

 それが拡大すれば、民間人が巻き込まれることもあるだろう。

 ギルド間抗争(レイドバトル)は避けなければならない。

 冒険者対策基本法が厳しくなった今、広域指定冒険者ギルドは大変なのだ。

「悪いね。こっちも命がけの商売なんだ」

 バーテンダーはそう言って、グラスを片付けた。

 ディッシュもステイシーを招き入れた手前、なんと声をかけていいか迷っていた。

「……そっすよね。大事になったら、迷惑っすもんね……」

 だが、意外にもステイシーはすんなりと、笑ってそういった。

「ここで聞いたことは忘れるっす。ありがとうございますっす!」

 深々と頭を下げ、ステイシーはその場をあとにした。

 あとに残ったディッシュはただ黙ってグラスを傾ける。

「諦めのいい子だね。やんなるよ」

 バーテンダーは感情のこもっていない声でそういった。

「ディッシュ。あんたに釘をさしとくけど、勝手なことはするんじゃないよ?」

「わかってる。俺が格安で引き受けたりしたら他の冒険者に迷惑だからな」

「なら、いい」

 ディッシュはそういって、席を立った。

「伝話(でんわ)、借りるぜ」

 店の片隅には、使い込まれたテレホンカード式の公衆伝話(でんわ)が待っていた。

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