12「死んでるーーーっ!?」
安モーテルのシャワーに期待しないほうがいい。
水圧は低いし温かくもない。下水と鉄さびの混ざった匂いも生半可ではない。
それでも水が出るだけありがたいのだ。
「冷たくて気持ちいいっす……」
自前の蒸気機関があるようなホテルならその余熱を活かした温水程度はある。だがいまのステイシーには、頭を冷やす水が必要だった。
差分機関だけではなく、ステイシー自身の頭も異常高温にまで達していた。
「あたしにできる恩返しは、仕事を完遂することっす!」
ステイシーは呟いて、水を止めた。
バスタブのないシャワールームには、洗面台も併設されていた。
かろうじて清潔なタオルに手を伸ばすと、隣にあった小箱を取り落としてしまう。
「あ、やば」
転がり落ちた小箱から、女性用のナプキンなどが飛び出した。
「……キャンデーかなんかっすか?」
平たい正方形の小袋。そのなかに、ゴムのリングが収まっているような形状。
「……!」
正体に思い当たり、ステイシーはぞくりとするものを感じた。
そういうことに使われるモーテルには、そういうことに使う道具のサービスがあるらしいとも聞いた。
無論、ディッシュにその気がないのはわかっている。ステイシーが覚悟していても手を出すつもりはないと言ってくれたことも。
だとしても、いやおうなしに意識してしまう。
耳が熱い。
こういうときエルフは損だ。耳が赤くなっているのを隠せない。
「……早いほうが……」
ステイシーはバスタオルだけを体に巻き付け、髪の毛も乾かさずに室内を覗き込んだ。
ディッシュはソファに腰掛けたまま、目を閉じている。
『それでもまだどうしても身体を売りたいというなら、いい店を……』
ふと、ディッシュの言葉がフラッシュバックする。
「うわ、あたし、どうかしちゃったんすかね」
身体で支払うというのはよく聞く話である。
若い女の身体を求めない男はいない。そう聞かされてきた。
だからステイシーは積極的に色づいた話をする。そのほうが男を操りやすい。
だからといってさっきの自分は明らかにおかしかった。
「あたし、身体売りたかったんすかね? それとも……」
冷たいシャワーを浴びたというのに、顔がまだ熱い。
「ディッシュ、その、さっきはごめんっす」
しかし返事はない。
「……もしかしてねてるっすか?」
無防備なものである。
部屋の外にいる敵には備えていても、中にいる依頼人には警戒していないのか。
それともほかの理由か。
ディッシュは戦闘用蒸気人間だ。体に負担が大きいのかもしれない。ずっしりと重い義肢に、いくつもの装備。そしてそれを動かす蒸気機関だって。
蒸気機関の重さはステイシーも知っている。同じサイズの小型蒸気機関を、ディッシュは常に背負っているようなものなのだ。
ただ持ち運んでいるだけのステイシーと違い、ディッシュはこうして蒸気機関をおろして休むことなどできないはずなのだ。
「……ディッシュ?」
ステイシーの手が止まった。
「……あれ?」
ステイシーはその真鍮の板。つまり蒸気機関に違和感を覚えた。
手で触れてみると、ひんやりと冷たい。
だいぶ前から火を落としてあるようだ。
「ま、まさか……!」
ステイシーは彼の手首を握った。ひんやりと冷たく、脈がない。
「死んでるーーーっ!?」
「なんだと!」
ディッシュの目がぱちりと開いた。同時に冷たい腕がステイシーの手を払い、逆に押さえつける。
「……なんだ? 何があった」
その腕は機械の腕。脈があるわけもなく、体温があるわけでもない。
はらりと、そこにタオルが覆いかぶさった。
ステイシーに巻きつけられていた、たった一枚のタオルだ。
「な、は、だかー!?」
「い、生きてるーーーっ!?」
二人の悲鳴が漏れても、どこからも文句は出なかった。
そういうこともあるモーテルなのだ。




