11「あたしはどこにも行けないんす。帰るところがあるから」
モーテルとは、主に自動車旅行者向けの宿泊所である。当然、駐車場は必ず用意されている。
幹線道路やハイウェイに隣接していることも多く、蒸気自動車が一般化した時代にはファミリーからビジネスまで重宝されている。
そしてもちろん、ベッドのある密室であるから、売春や闇取引などいかがわしい目的にもよく選ばれるのだ。
モーテル「男はつらいよ」
ここは客の素性を詮索しないため、ディッシュら冒険者もよく利用している。
「こういうところ、初めてっす」
「そうか? いままで旅行のときはどんなところに泊まってた?」
薄汚いが、一通りの設備がある部屋をディッシュは借りた。
「旅行なんて縁がなかったっすから」
ステイシーは荷物をおろし、ダブルベッドに腰掛ける。
「そんで、こんなところに連れ込んで、どうするつもりっすかー?」
「寝るだけだ」
「きゃー! けだものー!」
「悪いが期待しているようなことはないぞ」
そうは言っているが、ディッシュ自身も内心、おだやかではなかった。
依頼主を守るために泊まるときは、だいたい依頼主と同性の冒険者か、それが不可能なら複数人で泊まることにしている。トラブルを避けるためだ。
だが今回は冒険者ギルドを通した依頼ではない。ディッシュが一人で勝手に行動しているだけであり、他の組員はいない。
「俺は下の車で寝る」
「えー! 守ってくれないんすか?」
「車は部屋のすぐ前だ。出入りもすぐわかる」
この部屋は二階。一階のガレージに玄関がある。
「窓側はどうするんすか?」
「二階だぞ」
「二階っすよ」
「二階の窓から入ってくるやつがいるか?」
「二階の窓くらいディッシュなら軽々入れるっすよね」
「……そうだな」
「じゃあ、危ないじゃないっすか!」
「《《けだもの》》が守ってくれると思ってるのか?」
ディッシュは声を凄ませた。
「冗談で済むと思うなよ。おまえがどれだけ安全なところで生きてたかわからんが、冒険者というのは危険なんだぞ」
「知ってるっすよ」
しかしステイシーはけろりと返す。
「知ってるって、おまえ……」
「そこまで覚悟してる、ってことっす。ちょっと怖いけど」
ステイシーは真剣そのものの口調で言った。
「あたしは実際、安全に生きてきたと思うっすよ。でもね、女でこの年でこの世の中、本格的な危険に巻き込まれなかったのがむしろ幸運すぎるんすよ。そこで死ぬかどーかの瀬戸際ってときに、テーソーの心配なんかしてどーするってゆーんすか!」
最後の方はだいぶ早口になっている。
「そもそも、金もねーしシガラミはあるし。そんなあたしを助けてくれるディッシュっすよ。体の一つや二つ要求されたって仕方ないと思ってるし、感謝だってしてるっす。信用して護衛をお願いしてるんすよ。だから、体で支払うくらい覚悟してるっす。新品の粗末な体っすけどどーぞお召し上がりください」
そう言って、ステイシーはベッドに身を投げ出した。
「どうしたんだ、急に」
「別に……」
「支払えないことくらい、気にするな。ビルのオーナーから依頼料はもらってる」
「建前だってこともわかってるっすよ」
「だとしても、だ」
ディッシュは言った。
「金で女を縛るような男に見えてるとしたら、心外だな」
ステイシーは何も言わなかった。
しばらく枕で顔を隠して、震えていた。
「ごめんなさい……」
「わかってくれればいい」
ディッシュもようやく落ち着いて、ベッドに腰掛ける。
「あたし怖いんす」
「そうだな」
「ちがうっす。……あたしのせいで誰かが傷つくのが怖いんす」
「俺のことだったら、気にするな」
「ディッシュの気持ちはうれしいっす。でも、それだけじゃないんす」
ディッシュはだまって頷いた。
「帰るところがないからどこにでもいけるって、いい言葉っすよね」
「そんなこと言ったっけかな」
「あたしはどこにも行けないんす。帰るところがあるから」
「……故郷か?」
「あたしは出稼ぎ労働者っす。家族がいて、友だちもいる。もうちょっと頑張ればあっちの暮らしも楽になるはずっす」
「おまえを犠牲にして、か?」
「犠牲だなんて言わないでください。好きでやってるんです」
「泣きながらヤケを起こすようなことが、か?」
今度はステイシーが黙る番だ。
「売られたわけじゃあないんだよな」
「……ええ」
ぽつりと、言った。
「むしろ引き止められたくらいっす」
「依頼主の受け売りだが……」
ディッシュは遠くを見た。
「おまえの家族がおまえを大切にしたがってるのかどうか、少し考えてみてくれ」
返事はない。
「おまえを売り飛ばしてでも幸せな生活がしたいって思ってるような家族なら、おまえが無理して守ってやりたいような家族でもないだろ」
「……」
「それでもまだどうしても身体を売りたいというなら、いい店を……」
「そうっすね」
ステイシーは飛び起きた。
「シャワー浴びてくるっす! そしたらパンチカードを読むっすよ!」




