10「でっかい魔法の杖っす」
「まだ歩いて帰れるだろ。今回は見逃してくれ」
ディッシュはそういって、剣を義足に収める。
これだけ派手に暴れたのだ。保安官が来るのも時間の問題だろう。
「甘いですわね」
「俺は冒険者だ。殺し屋じゃない」
最優先するのは、依頼主の安全なのだ。敵の排除ではない。
ディッシュは自分の車に向き直る。
「だから甘いんですわ!」
蒸気甲冑が汽笛を上げる。
強烈な殺気に、ディッシュは振り返った。
アライダがこちらにびしっと指を突きつけている。その腕部マニピュレーターから、銃口が覗いていた。
「しまっ……!」
ディッシュは咄嗟に防御姿勢を取る。隠しポケットから防弾護符を取り出す余裕はなかった。
だが、ディッシュを貫く銃弾はいつまでたっても届かない。
「……?」
代わりに見えたのは、全身から蒸気を噴き、停止している蒸気甲冑。
「どういうことですの! 動いて! 動きなさいよコラ!」
そして聞こえたのは――
「ディッシュ!」
ステイシーの声だった。
「逃げるっすよ!」
窓から身を乗り出したステイシーは、煙が立ち上る蒸気パイプをこちらに向けていた。
「なにをした?」
「説明はあとっす!」
ディッシュは運転席に駆け込み、急発進。
「くそっ、出口が塞がってる」
車道へ出る道には、アライダのトレーラーが相変わらず居座ったままだ。
「止まれ、撃つぞ!」
運転手は銃をかまえていたが、警告するばかりで撃とうとはしない。
「どけるっす!」
ステイシーが蒸気パイプをトレーラーに向ける。そして膝に乗せていた差分機関にパンチカードを挿入。
「全速前進!」
パイプから蒸気が勢いよく噴き出した。風の流れに逆らうように、まっすぐトレーラーに吸い込まれていく。
とたん、トレーラーのタイヤが空転し、急発進した。
「つかまってろ!」
その隙間にディッシュは車をねじ込ませる。
しばし、平和な道を走り――
どうやら追跡車両はないだろうと安堵して、ディッシュは口を開いた。
「……なにをどうしたんだ? 魔術か?」
「ええ、これも蒸気魔術っす」
ステイシーの抱える蒸気機関はまだ熱を持っていた。
「蒸気魔術って、蒸気の力で輪経器を回して空気中のエーテルを励起させるんすけど、それが実はそもそも昔からの魔術の仕組みと同じなんす。魔術師は生まれつき身体の中でそれをできる才能の持ち主ってわけでして。水蒸気を用いて指向性を与えて差分機関で入力することで擬似的に魔術の現象を再現してみました。トレーラーの外部操作はありふれた魔術ですけど、蒸気甲冑の停止コマンドはわからなかったので、あちらの蒸気機関が幸いシルスウス鋼比率の少ないものでしたから逆流させて輪経器周囲のエーテルを逆回転させて中和して……」
そこでステイシーの言葉がとまる。
どうやらディッシュが全く理解していないということに気づいたらしい。
「ようは、でっかい魔法の杖っす」
「ああ、よくわかった。助かる」




