13「戦争でもやるつもり?」
「四六時中蒸気機関を回してなきゃならないわけじゃないんだ」
シャワールームから聞こえる衣擦れの音をごまかすように、ディッシュは言った。
「最低限ならゼンマイだけで動く。戦闘はきついが」
「いま乳首をつまんでるのもそれと関係あるんすか?」
寝間着姿になったステイシーが、ひょっこり覗き込みながら言った。
「……ああ、これもゼンマイだよ。蒸気機関だけじゃなく、自分で回せるようにしておいたんだ」
寝起きにゼンマイを回すのはディッシュの習慣になっている。人工心臓が止まっていないことを確認するためでもあった。
「てっきりチクニーかと」
「うるせえ。それよりなにかわかったか?」
ディッシュは猥談になる前に、話題を変えた。
「あー。いえ、詳しいことはいまからっす」
ステイシーは視線を背けた。
その先には差分機関一式。
「でも、現場でとってきたデータを読むだけなら簡単でしたよ。もう終わりました」
差分機関の前にはパンチカードが折りたたまれ、重ねられている。
一束は昼間、爆発現場のビルで出力したものだ。
「実際に可燃蒸気に切り替わったのが、昨日の朝。つまり爆発当日っすね」
「誰がやったのかはわかったか?」
「あたしっすね。いえ、あたしの認証鍵を使ってるってことしかわかんなかったす」
「そりゃそうだろうな……。おまえに罪を着せようとしてるんだ」
「あと、蒸気圧記録を改ざんしようとした痕跡があったす。あんま腕利きの蒸気魔術師じゃないっぽいすね」
爆発事故の原因は、表向き蒸気圧コントロールを間違えたことによるものということにされていた。だがそれは事実とは異なる。
辻褄合わせの偽情報、ということだ。
「だけどそれは大したことじゃないな。原因が違うだけで、おまえが犯人ってことには変わりない」
「そうなんすよね。霊紋が出るわけでもないし」
ステイシーはパンチカードの束を手に取った。
「ひどい呪文なんす。見てくださいよこれ」
「いや、読めないが」
「可燃蒸気が流れてきたらエラーを吐くっていうルールを消して、使えるように切り替えるだけっすよ。それを今どきアイフ術式で! そりゃ蒸気魔術は古代語っすから基礎は変わんないけど。こんな昔の教科書みたいな呪文、エスイチ使ったほうが綺麗なのに」
「すまん、それは重要か?」
「重要っす。あたしがこんな呪文書いたとか思われたくないっすよ!」
「……そりゃ大切だな。事件解決には何の役にも立たないが」
「まあ、そりゃそうなんすけど……」
ステイシーは納得いかないという顔で、パンチカードをパラパラとめくった。
「……ん?」
それをみて、ディッシュはすこし気になった。
「可燃蒸気が流れてきたら切り替えるよう改ざんされてた、って言ったよな?」
「言ったすよ。ほんとは切り替えるのは裏技なのでサポート対象外っすけど……」
「そうじゃない。そこで可燃蒸気を作ってるわけじゃないんだな?」
「ええ、そうっす。可燃蒸気だって蒸気機関で作られて送られてくるわけっすから……あっ!」
ステイシーは鞄から書類を取り出し、地図とともにベッドの上に広げた。
「どこから可燃蒸気が送られてきたかってことっすよね?」
「そうだ。どこかで蒸気パイプを繋ぎ変えたやつがいるはずだ。近くで可燃蒸気を使ってるところは?」
ステイシーの取り出した書類はディッシュにも読める文字で書かれていた。
二人はしばらく書類を見つめて、地図と照らし合わせる。
「ここはどうだ。キボ地イサ区供給所」
「……ダメっすね。規模が小さいから繋ぎ変えてもここまで届かないっす」
「こっちは? インゴ区団地供給所」
「出力はでかいっすけど、工業団地全体で使うから蒸気不足っす」
「難しいな……。他に近くて条件が合うところは……」
「ディッシュ、こっちっすよ! スグチカ区供給所! 距離も規模もバッチリっす!」
「でかした! ええと、神王国暦一〇一六年閉鎖……閉鎖してるじゃねえか!」
「あっ……」
「……陽が昇っちまう前に終るか? これ」
「陽が昇るまえに終わらせたいですね」
同じ頃、別の場所で調査をしていた男女ペア。
エビルシンデラ市保安官、コートニーとマキの二人だ。
「ラッシュアワーにかからなくてよかったよ。また怒られちゃうからね」
冒険者抗争事件の一報を受けて、歴史博物館に駆けつけた二人だが、あいにく当事者たちはすでに逃亡したあとだった。
近辺を封鎖して目撃者を探し、抗争の痕跡を調べる。言葉にすればそれだけではあるのだが……。
「人手が少なすぎませんか?」
車に戻ったマキが、ハンドルに突っ伏す。
「少ないよ。けが人が出たわけでもないしね」
コートニーはそちらを見もせず、手元の書類を見つめている。
「野次馬やマスメディアの対応がなければもう少し楽なんだけどねえ」
「応援はないんですか?」
「マキちゃん。この街の冒険者の数、知ってる?」
「人数ですか? ええと、昨年統計で……」
「ざっと三百人強。それに対して俺たち保安官は全然足りないのよ」
「ええ、でも……保安官は三千人くらいいますよね?」
「戦争でもやるつもり?」
「あっ……」
「ここで暴れたのは二人でしょ。俺とマキちゃんとあと十八人。それだけいたらすぐ取り押さえられるよね。でもそうはならない」
「そ、それは……通報が遅かったから……」
「通報は遅いものなのよ。冒険者どもが『これから抗争しますんで正々堂々よろしくお願いします』って連絡してくれるわけじゃないでしょ」
「そうですけど……」
車の窓が叩かれる。コートニーは窓をあけ、外の保安官から書類を受け取った。
「ごくろうさん。ああ、薬莢は拾わなくていいよ」
「いいんですか?」
保安官に聞かせないよう、窓を閉じてからマキは聞いた。
「冒険者はリボルバーが多いからね。薬莢は残さないのよ。あったとしてもそれを調べる余裕さえないでしょ。弾頭見つけても線条痕さえ調べてないんだから」
「……調べましょうよ」
「いま言ったでしょ。人手がないんだって。それを調べる担当さえ三千人のなかに含まれてるんだし。これもそう」
コートニーは書き終えた書類をマキにわたす。目撃証言をまとめたものだ。
「持ってきてくれた彼もだけど、これを本部に回して、差分機関に保管する係もいる。冒険者の乗ってた車やトラックを調べる担当もいる。たった二人の冒険者に、何人関わってるやら」
マキに提出された書類には、コートニーによる追記がある。
「……悔しいですね」
「俺もそう思うよ」
コートニーはそういって、読みかけだった新聞を取り出した。
その片隅には『警察と冒険者。どっちが助けてくれるのか』という記事が踊っていた。




