第二章(三)
道具を片づけていると、机に置いたままの試作を朝宮が覗き込んだ。
「これ、もうできたんだよね?」
「形はできた。まだ焼いていない。見るなら触らないでくれ」
焼くのは家に帰ってからやることにしよう。
「へえ〜」
朝宮はフィギュアの反対側へ回り込んだ。じっと見て、正面に戻ってくる。
「……顔、まだないのに。なんか私っぽいね」
「姿勢と全身の比率を合わせているからな」
「うん。でも、それだけじゃなくて、見たら、私だって思ったの。五百蔵くん、よく見てるんだね」
よく見なければ、人の形は作れない。当然のことだ。
しかし朝宮はもう一度、今度は試作と目線を合わせるように身をかがめて眺めていた。
片づけと掃除が終わり、完全下校まで残りわずかとなったころ、椿原が俺たち三人を呼んだ。
「では、みなさん。一度こちらへ集まってください」
椿原に促され、俺たちは作業机を囲む。
「明日から美術室を使える時間についてです。原則として朝8時半から夕方の5時まで。それまでに片づけを終えて、鍵を職員室へ返してください」
制作は、夕方から調子が上がることも多い。ようやく乗ってきたところで切り上げなければならないのは痛い。
「5時から延長はできないのか」
「その場合は事前に申請して、昼間先生に立ち会っていただく必要があります」
「昼間先生は毎日来るのか?」
俺が尋ねると、椿原はにっこりと微笑んだ。
「たま〜に来ることもあるでしょう。心ではいつでも応援してくださっていますよ」
「こりゃ毎日の延長は無理ってことだな」
快吏が先に結論を出した。
「なら、延長はないものとして進める。試作はできた。普段の放課後より作業時間も長い。夏休み中に完成させられる」
「余、それなんだけどさ。みんなにも見てもらいたいものがあって」
快吏は作業机にタブレットを置く。
画面には立体作品の写真がいくつも並び、その横に作品名や寸法、使用素材をまとめたテキストが添えられている。
「む……全国展の作品か?」
「全国展の過去の出品作品」
朝宮が横から画面を覗き込む。
「え、これ全部調べたの?」
「ん、まあ。今日の昼からさっきまで。ネットに出てるものを、拾えるだけ拾っただけだけどな」
画面には新しい作品の写真が次々と現れる。
「オレら、全国展のこと知らないから調べてたんだけどさ、余が作ろうとしてるフィギュア、サイズが問題になるかも」
「サイズ?」
「余、全国展の募集要項、読んでないだろ」
「そうだな」
快吏がタブレットをこちらへ向ける。隣から朝宮の声がした。
「読んでなかったんだね……」
「提出の期限が8月31日なのは把握している」
その日は夏休み最終日だ。どのみち、夏休み中に仕上げなければならない。
「間違ってはないけど、全国展って、そもそも審査が二段階あってさ」
「二段階?」
「最初に提出するのは作品を撮った写真なんだよ。その写真で一次審査されて、通った作品が入選になる」
「入選……賞を取ったってこと? すごいじゃん」
「入賞とは違いますけど、すごいですよ〜。全国から集まった作品の中から、展示する作品として選ばれたということですから」
椿原が説明を継いだ。
「入選した作品だけ、展示会場に実物を搬入して、そこで本審査を受けます。ここで金賞や銀賞が決まるんです」
画面に表示された募集要項にも、たしかにそう書かれている。
『一次審査は、提出された作品写真により行う。一次審査を通過した作品を入選とし、入選者は指定期日までに実物作品を搬入すること』
「でも、ほかの人も全員写真を送るんだよね? サイズって関係あるの?」
朝宮の質問に、快吏が「そう思うだろ」と言いながら画面を切り替えた。
「まず、これ」
表示されたのは、白い人物像だった。素材欄には「磁器」、寸法は全高20センチと記されている。白磁の表面には、服の皺や髪の流れまで精緻に作り込まれているようだが、画面上では細部まで見て取れない。
「で、次がこれ」
今度は、片方の翼を上げ、今にも歩き出しそうに片足を浮かせたペンギンの立体作品が表示された。白い壁を背景に、作品だけが画面いっぱいに収められている。全高150センチ。素材はボール紙だ。
白磁の人物像は、手元へ置いて覗き込み、細部を確かめたくなる作品だ。しかし写真では、その密度が伝わりきらない。一方、ペンギンは大きなシルエットと動きが、一目で伝わってくる。
「造形の方向が違う。単純には比べられないが、写真にしたときの強さはペンギンのほうが上だ」
「そうだね。こっちのほうが、実物を見てみたいとは思うかも。私がペンギン好きっていうのもあるかもしれないけど」
朝宮はペンギンが好きなのか。
「ペンギン補正はあるかもしんないけどさ。写真審査なら、そういう印象も無視できないんじゃないかと思ってさ」
「快吏くんの言うことも分かりますけど〜。大きければいいというものでもないでしょう?」
「そのとおりだ。大きくしただけで、いい作品になるわけではない」
俺はタブレットに映った作品をもう一度見る。
「大きくするほど形の狂いは目につく。形を取る難易度も上がって、全身の比率はごまかせない」
「じゃあどうする? 予定どおり20センチでいくか?」
「……む……」
さきほど朝宮は、大きいほうの実物を見てみたいと言った。
いつもと同じ20センチのフィギュアでは、細部まで作り込んでも白磁の人物像と同じように、写真では伝わりきらない可能性がある。
その点、大きくしたら、それはきっと——。
長い手足も、立ち姿も。大きさそのものを生かして、本人がそこに立っているような存在感を出せるはずだ。
「……できるだけ大きくしよう。規定の上限は」
朝宮が募集要項を下へスクロールする。
「床面90センチ四方、高さ180センチ以内。180センチ!?」
「朝宮がちゃんと入る」
「余、お前、等身大で作るってことか」
俺が返事をするより先に、朝宮が反応した。
「待って、待って。それだと、その……かわいくならなくない?」
「かわいいに大きさは関係ない」
「うっ……」
朝宮はそれでも納得はしていないらしく、じとりと俺を睨んだ。
「か、かわいくしてくれるならいいんだけど……」
「かわいいかどうかより、期限内に完成できるのかが心配ですけど。作ったこと、あるんですか? 等身大の立体作品」
「等身大はないが、大型の作品なら作ったことはある。工程も分かっている」
「言っておきますけど、日曜日は校舎を開けられません。制作日には数えないでくださいね」
「てことはだいたい6週間だから……36日だな」
全高20センチほどのフィギュアでも、学校へ通いながらなら、完成まで4、5週間ほどかかる。それを今回は、朝宮とほぼ同じ大きさで作る。制作できる日をすべて使ったとしても——。
椿原が壁の時計を確認し、ぱん、と手を打った。
「はい。では、今日はここまでです。そろそろ出ないと完全下校に間に合いませんよ〜」
「もうそんな時間かよ」
だが、明日からやるべきことは決まった。
「時間に余裕はない。明日から等身大の制作に入る」




