第二章(一)
翌日、終業式が終わったあと。
生徒たちが次々と下校していくなか、俺と快吏は旧校舎の美術室で、作業机を挟んで向かい合っていた。
「問題だ」
両膝に手をついて俺が言うと、快吏は腕を組んだまま何度も深く頷いた。
「うん、うん……って、いうか!」
がばと顔を上げ声を張り上げる。
「なんで朝イチで先生に突っ込んでくんだよ!」
「早く返事が欲しかった」
「それで全国展に応募できなかったら意味ねえの!」
「…………そのとおりだ」
今朝、俺は全国展の校内担当である先生へ、応募したいと申し出た。
返ってきた答えは「今年はもう無理」だった。
学校からコンクールに応募するには、部や同好会に所属し、顧問の先生に出品を受け持ってもらう必要があるという。
全国展は、美術部員が顧問の指導のもとで出品する。俺はどの部にも同好会にも所属していないし、顧問もいない。そのままでは応募を受け付けられないと言われた。
「それなら美術部に入ると言ったんだが、応募締め切りの当日に一人増えても面倒は見られないと言われた。どういうことだ」
「そういうことだよ」
快吏は天井を仰いだ。
「あー、でもそうか。部に入ってなきゃ出せないとは思わんかったな」
「こんにちは〜」
声のしたほうへ顔を向けると、美術室の入口に椿原が立っていた。
その後ろには朝宮もいて、不安そうな顔で聞いてくる。
「昨日、応募してないって言ってたから、気になって来たんだけど。全国展に出られないなら、モデルはなし?」
「やめるつもりはない。ただ、俺がどこにも所属していないことが問題になっている」
「やはり、そこを指摘されましたか〜」
椿原だ。
「他に応募できる方法はないのか」
「ないことはないんですけど」
簡単でなくとも、あるなら教えてもらうしかない。
俺が言う前に、快吏が身を乗り出した。
「そこをなんとかできない、椿原? 応募できればなんでもいいんだけど」
「あら。快吏くんも、五百蔵くんの作品を全国展に出したいんですか?」
「そりゃ、全国展に挑戦! なんてネタ、今までやったことないし、やれるならやりたいよ。せっかく朝宮さんもモデル引き受けてくれてんだしさ。応募できないまま終わるのはもったいないっつーか」
快吏の話を聞き終えると、椿原は今度は朝宮に向いた。
「みなもちゃんは?」
「私は、えっと、助っ人だから……でも、出せなかったら助っ人する意味もないし。出せたらいいな、とは思うけど」
「そうですか〜」
椿原は満足そうに両手を合わせた。
「それなら、考えてみますね」
「え、まじ?」
俺が聞いたときは言葉を濁していたのに、二人の返事を聞いた途端、椿原はやる気になったらしい。
「考えるって、なんか案あんの?」
「うまくいったら教えます。そのために、先生へ説明できるよう、何を作るのかまとめてください。そうですね、夕方の4時までにお願いできますか?」
「説明って?」
「どんな作品を作るつもりなのかと、五百蔵くんたちが普段どんな活動をしているのか。それが先生に伝わるものがあれば十分です」
椿原が何をするつもりなのかは分からない。だが、応募する方法を知っているらしいのは椿原だけだ。任せるしかない。
何を作るのか、形にして見せればいいのなら話は簡単だ。
「わかった。やろう」
俺は立ち上がった。
「朝宮。今日は時間あるか。モデルを頼みたい」
「いいけど……今から?」
「オレが解説すると、余は今からフィギュア作って、それ見せるつもりなんじゃねーかな」
「方法はお任せします。では、私は準備がありますので〜」
そう言い残し、椿原は妙に軽い足取りで美術室を出ていった。
椿原を見送ると、快吏はタブレットを取り出す。
「さて。オレは動画編集もあるけど、先に全国展について調べとくかな」
昨日はまだ、朝宮の姿を十分に描けていない。もう少し描いてから作り始めたかったが、時間がない。
俺は持ち込んであった道具を作業机に広げる。アルミワイヤー、ニッパー、封の空いた粘土等々……それらを並べていると、朝宮が近づいてきた。
「昨日と同じ場所に立てばいい?」
「まだ芯を作っていない。できたら立ってほしい」
「その芯って、なに作るの?」
「8分の1の大きさの試作だ。20センチくらいになる」
パチン、パチンとアルミワイヤーを切り、人体の骨組みになるよう撚り合わせていく。
組み上がった芯を朝宮に見せた。
「……針金人間、だね」
「この上から粘土をつけて、朝宮の形にしていく」
「ここから、私っぽくなるってこと? 4時までに?」
「できる」
俺は壁の時計を見る。昼の12時を少し過ぎたところだ。夕方の4時までは、4時間近くある。服の細かな皺や髪の毛先は省き、全身の流れとシルエットだけ大まかに形にするくらいなら、間に合う。
俺は粘土の袋から粘土をちぎって玉にして、朝宮の言う針金人間の頭に当たる部分をつけた。
「少し大きいか」
頭を外して、ワイヤーの長さを調節していると、朝宮は作業机に残った粘土を覗き込む。
「これ、触ってもいい?」
「ああ」
粘土の端をちぎり取り、朝宮へ渡す。
朝宮は両手で受け取ると、感触を確かめるように触りはじめた。
「つるつるしてる。普通の粘土と違うの?」
「スカルピーという粘土だ。熱を加えるまでは固まらない。何度でも形を直せるから、フィギュアのような細かい造形に向いている」
「へー」
言いながら、朝宮の視線は手の中に向いたままだ。
表情は真剣で、眉間に皺をよせて、慣れない手つきでぐねぐねと粘土の形を変えている。
「何か作ったことあるのか」
「えー? ないよ。美術の授業くらい。作れたらいいなーって思うけど、ぜんぜんだし」
「そうか」
ワイヤーの芯と朝宮を見比べながら、パーツの位置や、手足の長さを調整する。
朝宮を下から順に見ていくと、ポニーテールを束ねた焦げ茶色の髪ゴムに、小さなうさぎがついているのが見えた。金色の縁取りで、丸くデフォルメされたうさぎだ。
朝宮はうさぎが好きなのだろうか。
「できたー」
朝宮が小さく声を上げた。
「どう? かわいい?」
親指と人差し指でつまんでいるのは、丸めた粘土の玉だった。動物の耳にあたる位置に、小さな丸みを帯びた突起がふたつ、ついている。
明らかに動物だが、正面からではそれがなにかは分からない。
朝宮は振り返り、タブレットを見ている快吏にも見せる。
「辻くん、これ何に見える?」
「あー……豚?」
「そんなのに見えちゃう?」
豚ではないらしい。いいヒントだ。
もう一度、角度を変えて見る。
斜め前から見ると鼻先は短く、左右の頬がわずかに膨らんでいた。
「……ハムスターか」
「正解! どこらへんで分かった?」
「耳が小さくて丸い。鼻先が短くて、頬にあたる部分を膨らませている」
「そこまで考えて作ってなかったけど……よく見てるね」
「観察しないと作れない」
ちょうど俺もワイヤーの芯を組み終えた。これで、朝宮にポーズを取ってもらえる。
「朝宮。昨日と同じ場所に立ってほしい」
「あ、うん」
朝宮はハムスターを作業机に置き、黒板の前に立った。
頬をかきながら、言いにくそうに視線を落とす。
「……ポーズは昨日とは違うのにしてほしいんだけど」
「あれは使わない。別のものをいくつか考えてある」
「そっか。よかった」
まず、両手を胸の前で組み、首をかしげてもらう。
おとなしく澄ましたようなポーズになった。朝宮を、この姿で作るのか。
「……違う」
今度は腰に片手を添え、両脚を交差させてもらう。
雑誌のモデルのようで、朝宮の長身がよく映える。
「違う」
俺が指示するたび、朝宮はポーズを変えた。どれもしっくりこない。
何度目かの「違う」を言ったところで、朝宮がポーズを解いた。
「……五百蔵くん? ぜんぜんオーケー出ないよ?」
「そうだな……」
これまでは、快吏が選んだキャラクターのイラストを再現してきた。作るべきポーズは最初から決まっていたから、迷うこともなかった。
今回は完成形の参考になるものがない。そうなると、どんなポーズも朝宮らしく見え、どんなポーズも朝宮らしく見えない気がしてくる。
考え込んでいると、朝宮が言った。
「五百蔵くん、お昼って食べた?」
「まだだ」
「辻くんは?」
「オレも食べてない」
「私も。ちょっと出かけない? 今日はお弁当作ってきてないし、お昼ごはん買いに」
「まだポーズが決まっていない。時間を無駄にはできない」
「だからだよ。試したのに決まらないから、ちょっとだけ気分転換」
「……どこに行くんだ」
「近くのスーパーまで」
スーパーまでは歩いて10分。出かけたところで答えが見つかるとは思えないが、このまま続けても決まりそうにない。往復20分なら、まだ許容できる。
「分かった」
「決まり。辻くんは行く?」
「あー……行かない。外暑いし。なんかオレのぶんは適当に買ってきて」
快吏はタブレットを操作しながら、手をひらひらと振った。




