第五章(三)
2時間後、学校近くのスーパーに四人が集まった。
「さっき昼間先生から合宿許可出たって連絡きたわ」
快吏がスマホを見ながら言う。
「はい、よかったです。合宿の食材を買っておかないといけないので、まずは買い出ししましょうか」
「買い出し……」
椿原がスーパーを集合場所にしたのはそのためか。
必要なことだと分かっていても、美術室から離れていると気が急く。
「五百蔵くん、今は一緒に夕ご飯選ぼうよ」
「……わかってる」
「それでは買い出しです〜」
すぐに終わるはずだ。そう思って店に入ったところで、まず献立の相談が始まった。
「合宿といえばやっぱりカレーだよね」
「ビリヤニ作ろうぜ、ビリヤニ」
「辻くん作れるの?」
「ないけどレシピ見ればいけるって」
「カレーにしますね〜」
椿原の一言で献立が決まった。ところが、調味料売場でふたたび足が止まる。
朝宮がカレールウの箱を手に、真剣な顔をして言った。
「甘口がいいんだけど」
「うそだろ、せめて中辛」
「香辛料を後で入れて辛さを調節しましょうか」
甘口を買うことになった。最後は肉売り場で起きた。
「え。豚だよ! 全国的に豚!」
「全国は盛りすぎだって。ここは案外、鶏がうまいのよ」
「今日は豚肉が特売なので、豚にします」
結局、すべてを椿原が決めていた。
食べるものひとつでも、人によって選ぶ理由が違う。
さっき昼間先生が言っていた、「みんなで考えたり考えなかったり」という言葉を思い出した。
今のフィギュアを、三人はどう見ている。快吏と椿原はすごいと言っていたが、もっと違うなにかを見ているかもしれない。
どうせ考えるしかできないんだ、聞くのが早いか。
「……ひとつ聞きたい」
「ああ、福神漬? オレ赤いのがいい」
「フィギュアのことだ。あのフィギュアのどこを直せば、朝宮らしくなると思う」
三人が揃ってこちらを見た。
「なんだ」
「余がフィギュアの直し方をオレらに聞くの、珍しいなと思って」
「困っているから聞いている」
朝宮が少し笑った。
「いいね、みんなで考えようよ。どうしたら、もっと私らしくなるか」
会計へ向かいながら、快吏が首をひねる。
「オレの意見は参考にならないかもな。今まで余の作ったものを駄目だと思ったことないからさ」
快吏は大して考えずに言ったように聞こえたが、そんなこと思ってたのか。
「朝宮さんは顔が違うって言ってるけど、顔のどのへんが気になってんの」
「それが言えればいいんだけど……表情?」
会計の番になった。
レジを通る品物を目で追いながら、椿原が続ける。
「顔は似ていたと思いますよ? 目元も、口角の上がり方も、みなもちゃんの特徴を捉えていました」
「オレもそう思う」
「じゃあ、なにが違うんだろ……」
「整いすぎている気はします」
「む……整いすぎている?」
「みなもちゃんを見ているというより、きれいな場面の中にみなもちゃんが収まっているように見えたというか」
「全体のバランスは考えている。朝宮も、本人を見て作った」
「そうなんですけど、難しいですね」
全員が頭をひねり、結論が出ないまま会計を終えた。
買ったものを袋へ詰めていると、快吏が突然、指を鳴らした。
「わかった! 仕草がお上品すぎるってことか!」
「えっ……!? どっ、どういうこと」
「だってあのフィギュアなら豚だ鶏だって揉めても黙って微笑んでそうじゃね」
「そん、なっ、こと」
朝宮が反論しようとしたところへ、椿原が重ねる。
「あるかもしれませんねぇ」
「わ、私だって上品にできるよ!」
主張する朝宮の顔を見た。眉は吊り上がっているし、頬は赤いし、言い返すために身を乗り出している。言われてみれば、今の朝宮は、あのフィギュアとは違う気がする。やはり表情か。
「……なるほど」
「五百蔵くん? 納得しないで。上品なところを見せてほしい、とか、言わないの?」
「いや、今のでいい」
朝宮は急に勢いがしぼんで、肩を落とした。
「大丈夫ですよ。みなもちゃんは上品である必要はないですから」
「あ、彩ちゃん? 必要なくても、できるよ? まだ見せてないだけ」
そんな話をしながらスーパーを出たころには、午後2時近くになっていた。
美術室へ戻り、買ってきた弁当で遅い昼を済ませた。
俺はフィギュアの前に立つ。さっきの朝宮の表情を思い出しながら、顔のどこを直せばいいのか考え始めたところで、快吏に声をかけられた。
「じゃあ、大富豪やろうぜ」
すでにトランプを作業机の上に広げている。じゃあ、とはなんだ。
「やらない」
「トランプまで持ってきたんですか〜? 学校で遊ぶ気でした?」
「合宿だぞ。息抜きくらい要るだろ。配慮してるよ、ゲーム機は持ってきてないし」
「トランプもゲームですよ〜。屁理屈ですねえ」
「トランプ? 大富豪なら、私そこそこ強いよ」
朝宮までやる気になって、トランプの広げられた作業机の前に座った。
「ほら、1回だけ。1回やったら好きなだけ考えていいって」
「……む」
やったことはあるが、ルールはほとんど覚えていない。
「あ、革命はあるよね? 私、革命ないとだめだから」
「革命あり。8切りあり。階段と縛りはなしでいいだろ」
「謎の呪文を使うな」
「革命と8切りだけです。それ以上はやめたほうがいいんじゃないですか。五百蔵くん、よくわかっていないようですし」
「みんなが詳しいだけだ」
全員が席につき、ゲームが始まった。
もちろん、1回で終わるはずもなかった。
勝てない。最初に快吏が勝って大富豪になったかと思うと、それからは何をしても快吏が一番にあがった。
「負けた奴から強いカードを奪うルールは良くない」
「ままま、そういうルールですから。ははは」
この勝負も、どうせ快吏があがる。
俺がそう決めつけた終盤だった。
「辻くん。私、強いって言ったよね」
番の回ってきた朝宮が、勝ち誇った顔で快吏を見る。
「はい。……革命!」
手札から4枚のカードを引き抜き、机の中央に出した。
4枚のジャックだ。
「な、何ぃ」
快吏が大げさにのけぞった。
「警戒してたのにっ! オレの手札が少なくなるタイミングを待ってたなあ!?」
「そう、油断大敵だよ」
全員がパスして場が流れると、朝宮は続けてハートの10を出した。次は俺の番だ。
「これより下のカードを出せばいいのなら余裕だ」
俺はスペードの6を出す。
「おまっ! いきなりそんな強いの出すやつがあるか!」
「これしか出せるカードがない」
「ぐぬぬ、パス!」
それからも快吏はパスを繰り返し、朝宮は革命後の強いカードを次々と出していく。
「あがり! 大富豪〜」
朝宮が最後のカードを机に出して、両手を上げた。
そのあと、俺も続いてあがった。富豪らしい。
「私もあがりです」
椿原のあと、最後まで残った快吏が大貧民になった。
「これが革命を許した大富豪の末路か……」
などと呟いている傍らで、朝宮がこちらを向いてピースしてきた。
「やったね、富豪!」
「いいタイミングだった」
「でしょ?」
朝宮は得意げに目を細めた。
それからも朝宮は勝ち続け、ほとんどずっと大富豪だった。
場にカードが出るたび、悔しそうにしたり、笑ったり、ふくれたりしている。モデルとして立っているときより、よほど表情が忙しく変わっている。
見たことはあるはずなのに、フィギュアの顔を作るときには、じっとポーズを取っている朝宮ばかりを参考にしていた。
「ちょっと、そろそろ、ご飯を作り始めないといけないんですけど」
椿原の言葉に、皆一斉に美術室の壁掛け時計を見上げた。
夕方5時を回っている。
「お、お楽しみの炊事タイムか〜」
快吏が席を立ち、朝宮と椿原もそれに続く。俺だけは座ったままだった。
「……もうそんな時間か」
「五百蔵くん、そんな顔しないでよ」
「どんな顔だ」
「今すぐフィギュアを作る! って言いそうな顔かな」
……図星だ。
「合宿は、フィギュアを作るためにやっている。少しでも進めたい。……まだ、どう直すかは決まってないが」
「じゃあ、ご飯作ろ」
「なぜそうなる」
「今すぐ作れないんでしょ? だったら、ご飯を食べてからでも同じだよ」
「しかし」
「それに、私がお腹すいた」
朝宮が立ち上がり、俺の腕を引いた。
「五百蔵くんも来て。四人で作ったほうが早いでしょ」
「……料理は調理実習でしかやったことがない」
「じゃあ、できることだけ手伝って。食べてから、また考えよう」
朝宮は俺の返事を待たず、もう一度腕を引いた。
「……わかった」




