第五章(二)
「ほうほう……ほうほう?」
昼間先生は俺の話を聞きながら、フィギュアの周りを歩いている。
これで2周目だ。
俺たち四人が誰も口を挟まずに昼間先生を目で追っていると、4周したところで足を止めた。
「顔が朝宮さんらしくないのか〜。実物見てみたかったけど、削っちゃったんだもんね」
俺は頷く。
「どう直すのが正解かは、まだ分かってません」
「ふ〜ん?」
昼間先生は、今度は俺の周りを1周した。
「五百蔵くんは普段、どんなところに気を遣って作ってるの?」
「どういうことですか」
「そのままの質問だよ。作るとき、一番気にしてるところ」
一番もなにも、フィギュアを作るときは、すべてを気にしている。
強いて言うなら……
「見たままのものを、再現できるようにしています」
朝宮の場合は実在する人間だから、デフォルメしていても、本人らしく作っているつもりだ。
昼間先生は深く頷いたあと、「それなら」と人差し指を立てて見せる。
「五百蔵くんがひらめくまで待つっていうのは?」
「締切に間に合わない。今すぐになんとかしたい……です」
答えを期待していたぶん、思ったよりも強い言い方になった。
「……朝宮らしく作るにはどうしたらいいか。それがわかればいいんです」
そう言うと昼間先生はいたずらっぽく笑った。
「難しいねえ、だってこれ、失敗してないから」
「そんなはずないです」
朝宮が納得していない以上、成功とは言えない。
「え〜。だって、失敗作なら駄目なところがわかるから直せるよね?」
「……だとしたら、何を直せばいいのか余計に分かりません。ひらめくまで待つ時間もないです」
明日は日曜日で、美術室を使えるかどうかも、まだ決まっていない。このあとには乾燥と彩色も残っている。顔だけに時間をかけ続ければ、完成そのものが間に合わなくなる。
「そっかー。それじゃあ、合宿しようか?」
顔を上げる。
「……いま、なにを」
「先生、聞き違いです? いま合宿、って聞こえたんですけど?」
椿原まで聞き返した。
「言った言った。合宿しよう。しかも、今日からね」
「今日? 今日って、今日ですか」
快吏も聞く。
「今週末しかないよね? 時間ないし」
「……ここにいる全員がこの学校で合宿するということですか」
椿原は確認しているだけかもしれないが、恨み言みたいに聞こえる。
「大丈夫だよ、みんな合宿賛成だよ」
誰一人、賛成とは言っていないが。
「それにこれ全員で作ってるよね。もちろん実際に作ってるのは五百蔵くんだけど、みんながいたから作れてるんじゃないの」
「そうです」
「だから、みんなで長い時間、ちゃんとこの作品を見ながら、考えたり考えなかったりして、どういうものを作りたいのか、一日かけて探すんだよ」
なんだそれは。考えるのはわかるが、考えない時間まで必要なのか。
「先生、日曜に美術室を使う申請はしましたけど、今夜学校に泊まる申請はしてませんよ」
「先生のひらめきだからね、合宿は。大丈夫、なんとかしてくれるでしょ、椿原さんなら」
「私をなんだと思ってるんですか〜?」
「なんだろうねえ。ああ、合宿したいなあ。でも先生一人だと、届けを出すだけで精いっぱい」
「それは教師としてどうなんすか」
快吏のツッコミをよそに、椿原はもう、ぶつぶつと何かを数え始めていた。
「さすが椿原さん。美術部でも校内合宿はやってるし、宿直は先生がするから安心してよ」
「なにを安心……?」
目の前で合宿の予定が進んでいる。
「五百蔵くん。これは課題だけど。夜までは、作品に触ったら駄目ね。考えるのはいいけど、作るのは今夜の合宿から」
「な」
「焦っても良いものはできないよ。昨日、うまくできてなかったんだよね?」
「む……」
「作品に触ったら合宿中止だよ〜? それじゃ、先生は……準備あるから。そう、届けを出さないとだから。あとはよろしくね」
先生が美術室から出ていくのを、ただ見送るしかなかった。誰も動かず、口も開かない。
しんとした美術室に、椿原が両手を打ち鳴らす音が響いた。
「合宿ですねぇ」
「まさかの椿原が一番やる気? 先生の思いつきで終わるかと思ってたのに」
快吏が言うと、椿原は首を傾げた。
「やらないんです? 私も必要なんです。完成してもらわないと困るので、やり通します」
「夜まで、フィギュアに触れないんだぞ」
「あら。やっぱりやめて、もう少し悩みます? 先生には私から言っておくこともできます」
そうしてくれ、とも言い切れない自分に驚く。
しばらくの間、俺が返事をしないでいると、これまで黙っていた朝宮が口を開いた。
「私、合宿したいな。みんなで泊まるのって楽しそうじゃない?」
楽しそう。
思ってもみなかった言葉に、快吏も椿原も、きょとんとしている。
誰も答えない。朝宮が俺たちの顔を順番に見る。
「……楽しくない?」
「いや、オレもまあ、合宿は好きだよ。夜ふかしとか最高だしさ」
「夜ふかしが目的ではありませんよ、快吏くん。消灯時間は決めますからね〜」
「合宿の醍醐味が半分なくなってんじゃん」
快吏が笑うと、朝宮もつられて笑った。
「私、夏休みに友達とお泊まりもしたかったんだよね」
朝宮が俺を見た。快吏と椿原の視線も集まる。
なぜか三人とも前向きだ。そこまで言われると、一度くらい試してもいいような気がしてくる。それに、合宿が認められれば日曜日も作業できる。
朝宮の言う「楽しい」がどんなものかは、まだ想像がつかないが。
「……やる。合宿」
椿原はにこりと笑って、「はい」と頷いた。
「では、いったん解散しましょう。泊まる準備をして、2時間後に駅前のスーパーへ集合です〜」
言ったとたん、椿原がスマホを取り出して、ものすごい速さで画面を叩き始めた。
なぜスーパーなんだ、と聞くより先に、椿原は言った。
「遅刻厳禁で〜す」




