第三章(四)
これまで快吏と作ってきたフィギュアは、題材も構図も最初から決まっていて、制作の途中で別のものを加えたことはない。
今回も朝宮一人を作るつもりだったから、何かを追加するにしても、朝宮の姿に馴染むものでなければならない。
しかし、何を追加するのが正解なのか。
「よくあるのは、火とか風とか、エフェクトっぽいやつだけど」
「朝宮が火を出したり風を巻き起こしたりは変だ」
「そういう意味じゃねーよ。じゃあ、岩とか」
「朝宮の近くにある理由がない」
「シチュエーション考えろよ、朝宮さんが岩に寄り添って……は、さすがにないか」
「木、とか?」
朝宮がぽつりと言った。
「木?」
「ほら、木が近くにあって、動物がいっぱいだとかわいいかなーって……」
朝宮は即席の生徒会机へ目を向ける。そこには、朝宮が作った動物が並んでいる。
「木ならいいんじゃん?」
快吏が言う。
「支柱を木に見立てて、動物も追加するということか?」
「あ、そうなっちゃうか。作るの増えるよね」
「いや……」
いまのところ、朝宮のフィギュアは、傾きを除けば順調に進んでいる。明日か明後日には、全身に粘土を盛り終えるペースだ。そこから調整をする時間を考えても、夏祭りまでには間に合いそうだ。
「できなくはない。動物がいれば、木を置く意味もできる。何体も作るのは難しいが」
「え、採用?」
「そーだよ朝宮さん。採用!」
補助支柱には、予備として残しておいた角材を使った。
軸足の後ろで台座に固定し、腰の高さまで垂直に伸ばす。上端には短い角材を斜めに継いで、腰を後ろから受けるようにした。
その日は、補助支柱と木の芯を組む作業だけでほとんど終わった。
夕方、美術室へ戻ってきた椿原が、木らしきものの増えた台座を見て、口元だけでにっこりと笑った。
「追加するのはいいんですけど〜、その木と動物は、いつごろできあがる予定でしょう?」
「……あと5日で」
「間に合うんですか? 最初の予定では、造形に使えるのは来週までです」
「む、う……やる。木も動物も、作ったことはある」
椿原は俺の顔をじっと見たあと、すでに組み上がった木の芯へ目を向けた。
「もう作ってしまったみたいですし」
ため息をつき、それ以上は止めなかった。
翌日から、木と動物の造形に取りかかった。
補助支柱の表面を粘土で覆い、樹皮の凹凸をつけていく。幹は腰の下で二股に分け、その一方を、腰を後ろから支える太い枝に見立てた。
動物は、2体が限界だった。木の根元に朝宮を見上げるうさぎを、もう一方の枝には、丸みのある小鳥をとまらせた。
そこまでに4日かかった。制作はすでに4週目へ入っている。
ようやく、フィギュア本体の制服部分に取りかかる。
朝宮が制服姿でいつもの位置に立ち、ポーズを取ったところで、椿原が言った。
「みなもちゃんは、制服のままなんですね〜」
朝宮と俺は、揃って椿原を見た。
「ああ、そういうことか」
一拍遅れて、快吏が声を上げる。
「辻くん、どういうこと?」
「木と動物の中に制服の朝宮さんって、そこだけ普通すぎるってことだろ?」
「む」
頭の中で、完成した姿を組み立てる。
木と動物が加わったことで、片足を踏み出して木のそばを通り過ぎようとした少女が、動物たちに気づいて振り返る。今のフィギュアは、そういう場面に見えるようになった。
そこへ、朝宮が着ている夏服の制服を重ねる。朝宮らしい格好ではあるが、木と動物に囲まれた中では、日常的すぎるようにも見えた。
「映えを考えるなら、制服より、もっとこう、ひらひらしたスカートのほうが受ける気するけどな」
ひらひらしたスカート。振り返る動きに合わせて裾を流せば、今のポーズをもっと大きく見せられる。
「朝宮さんはどう思う?」
快吏が、黙ってフィギュアを眺めていた朝宮へ話を振る。
「私は制服でもいいけど……動物がかわいくできてるから、服も合わせたいなとは思う」
朝宮は「例えば」と続けた。
「木と動物なら、絵本に出てくるようなドレス、とか」
「ドレスか」
「余、作れんの?」
俺は答える代わりにスマホで画像を検索した。ドレスにも、袖や襟、裾の形によっていくつも種類がある。そのなかから、袖がふくらみ、裾が傘のように大きく広がったものを朝宮へ見せる。
「こういうものか?」
朝宮は一度目を逸らしてから、小さく頷いた。
「……うん。そういう、お姫様っぽいやつ」
「なるほど」
「待ってください、追加は駄目ですよ?」
「でも椿原も制服気にしてたじゃん」
快吏の言葉に頷く。
「木と動物にドレス姿の人物なら、組み合わせとして不自然ではない」
「余計なことを言ったと思っています。ドレスにはどのくらいかかるんでしょう?」
「……形だけなら3日だ」
「ということは、そのあとにも調整する作業があるんですね?」
「ドレスの細部は本体と並行して進める。長くはかからない」
「それでも仕上げの時間は削られます。木と動物で、もう予定は押しているんですよ。それでも作りますか?」
「それは」
「作るものを増やすんですから、どこかを削るしかありません」
「……それでも作る」
「五百蔵くんは、譲りませんね〜。……分かりました」
椿原は息をつき、手帳を取り出して予定を書き直した。
「本当に3日でできるの?」
朝宮が眉を下げて俺を見る。
「できる」
言った以上、3日で形にしなければならない。
「実は明日、用事があって来られないんだけど」
朝宮は少し声を落とした。
「モデル、できなくてごめんね」
「そうか。ドレスを作っているあいだは、朝宮に着てもらうものがない。来なくていい」
「ドレス作ってるあいだ、ずっとってこと?」
考えたが、朝宮にしてもらうことは思いつかなかった。
「そうだな」
「分かった」
その日からドレスの追加作業が始まった。
朝宮に見せたものと似たドレスを、前後や横から写した画像を探し、それを参考に作り進めた。
重量にも気を使いながら、残っていたスタイロフォームを腰から裾へ広がるように組み、スカート全体の芯を作った。その上から粘土を盛って、ドレスの皺や布の流れを作っていった。
翌日の午後、裾のひだを整えていると、美術室の引き戸が開いた。
「あれ、朝宮さん。今日は用事あるから来られないって言ってなかったっけ」
快吏が聞く。
「うん。でも予定より早く終わったから、こっち来た」
朝宮は即席の生徒会机へ椅子を寄せ、俺の作業を眺めていた。
「モデルやらないの?」
「いまは私を見ても仕方ないから」
「そうかもしんないけどさ」
「五百蔵くんが作ってるところ見てるだけでもいいかなって」
そう言いながら、朝宮は手元の粘土をこねている。今度はクマを作っているらしい。
「すっかり制作班じゃん」
「そうかな?」
「そうだよ。そういや、助っ人であちこち行ってんのに、なんでどこの部にも入ってないの?」
「中学ではバスケ部だったんだけどね」
「ぽいなあ」
「そのうち、人数が足りないって友達に頼まれて、ほかの部も手伝うようになったの。それから別の部にも声をかけられるようになって」
朝宮は粘土を丸めながら続ける。
「そしたら自分の部と予定が重なって、どっちを優先するのって揉めたことがあって。それで高校では、どこにも入らないことにしたの」
「それで助っ人だけになったんだ」
「そういうこと。でも、同好会っていいね。高校でどこかに入ったの、ここが初めて」
「造形してんの、余と朝宮さんだけだけどな」
「辻くんも作ればいいんだよ」
「オレは撮る専門」
翌日も、朝宮は美術室へ来た。その日、3日かけたドレスが形になり、フィギュアの全体像が見えてきた。
顔や髪、腕はまだ作りかけだが、木のそばを通り過ぎようとしたドレス姿の少女が、動物たちに呼び止められて振り返る。最初にはなかった場面が、ひとつの絵として見える。
「いいじゃん。かなりいいよ」
快吏は少し離れた場所からスマホで写真を撮り、こちらに見せた。
「映えてんじゃね? 一次の写真でも、かなり目を引くと思う」
小さな画面へ収まると、実物よりもずっと華やかに見えた。
生徒会室から戻ってきた椿原も、見上げて微笑む。
「予定は押しましたけど、これなら追加した意味はありそうです〜」
「朝宮、感想を聞きたい」
「うん。すごく……お姫様みたい」
「そうか」
「私がモデルだって思えないくらい。まだ顔も髪もできてないけど、完成したら、きっとかわいくなると思う」
「よかった」
ドレスに皺や装飾を加えたあと、本体へ戻った。上半身に粘土を盛り、腕の位置を決めていく。
そうして木と動物、ドレスを含めた全体の形が整ったのは、夏祭り前日の夕方だった。
その日の作業を切り上げ、フィギュアにビニールシートをかぶせていると、椿原が手帳を見ながら言った。
「途中から、ずいぶん作業が早くなりましたね〜」
「前にドレス姿のキャラクターを作ったことがあった。それが役に立った」
「そういや作ってたな」
「まだ顔と髪、それに腕は残っているが、3日あればできる。顔なら、これまでに何度も作ってきた」
構図はもう決まっているし、どんな表情を置けばいいのかも分かる。
いつものフィギュアを作っているときの感覚が戻ってきていた。
このまま進めれば、間に合うはずだ。
「じゃあ、ひとまず山場は越えた?」
朝宮が聞く。
「ああ」
「よかった。ドレス作ってるあいだ、五百蔵くん、いつも以上に喋らなかったから」
「いつも以上も以下もあるのか?」
「あるよ。話しかけても『む』しか言わなかった」
「……返事はしていた」
「やっぱり、あれ返事だったんだ」
朝宮が楽しそうに笑う。快吏までつられて笑っていた。
そのまま朝宮は、全員の顔を見回した。
「明日のこと、みんな覚えてる?」
椿原と快吏が揃って頷いた。
「覚えてる。夏祭りだ」
「そう! 忘れてたかと思った。屋台回って、最後にみんなで花火も見ようね」
「忘れてない」
朝宮が浴衣を着ると言っていた。
普段とは違う姿を観察できる機会を、忘れるはずがない。
「それじゃあ、明日は夕方6時に水守神社の鳥居前でいい?」
「わかった」
「おっけー」
「私も大丈夫です〜」
待ち合わせを決めたころには片づけも終わり、俺たちは四人で美術室を出た。




