急がば回れ
情緒が激しく動いた四限が終わり、俺は大垣との待ち合わせのため、三駅先の複合施設に向かっていた。
二人で出かけることを特に隠す必要などはないのだが、「それでも周りの目は気になっちゃうかも」という大垣の意思を尊重して、学校からは二人で向かわず現地集合という形を取った。
一人で電車に乗るのは、おそらく去年の夏に幸一と服を買いに行った時以来だろう。
いつも登校は徒歩のため、どこかへ出かける機会がないと電車に乗ることは滅多にない。外の景色を見ながら揺られる車内もたまには悪くない。
電車に揺られる十五分間で、俺はさっきの篠森とのことを思い返していた。
高校生にもなると、自分の意見を強く主張する機会はほとんどなくなり、基本は右にならえの繰り返しで生きている。
自分自身の意見を求められても、どこか当たり障りのない、核心からはずれたことを言いがちになる。
自分の本当の気持ちや意見をさらけ出すことは、自分のためにもなるが、同時に自分を苦しめる可能性もある。
もしも、自分の中では会心だと思っていた意見を出した時に、大多数がその意見に反対の意を示したらどう感じるだろう。
少なくとも俺は、そこから自分のメンタルを安定させる自信はない。しばらく落ち込むことになり、余計に自分の意見を出すことを恐れるようになるだろう。
そんな俺が、あそこまで自分の考えを素直に口に出したのは、篠森の言うことが俺の痛い部分を突いてきていたからのような気もする。
自覚はしている。
だが、自分では見ないようにしている醜い部分、隠したい部分を篠森には刺されてしまったので、どこかムキになってしまったのかもしれない。
思い返せば思い返すほど、この年齢であそこまでムキになってしまった自分の幼さに大きな羞恥心を感じてしまう。
だが、相手があるものなのでいくら一人で考えても何かが解決するわけではない。今は、目の前の時間を楽しむことだけ考えようと思う。このまま上の空で過ごすのは、せっかく時間を作ってくれた大垣にも失礼だ。
目的地の複合施設に到着した俺は、中を見て時間を潰すことも考えたが、すぐに合流できるように外の目立つ場所で待つことにした。
「お待たせ! 」
「俺も今着いたところだよ」
俺が到着してから五分も経たないうちに、石垣が遠くから俺を見つけて少し小走りで向かって来た。
学校で会った時と大垣の雰囲気が若干違うように感じるが、女子の変化に鈍感な俺はその変化がどこにあるのかわからない。
世の女子の変化にすぐに気づく男子たちは、一体普段からどれだけ目を凝らしているのだろうか。俺もその領域に少しは近づけるように努力が必要かもしれない。
目的のクレープ屋はこの複合施設の中にあるのだが、話し合いの結果、先にランチをどこかで食べてからデザートとして行くことにした。
飲食店がある三階に向かう途中、大垣が少し意地悪そうな笑顔で俺に話しかけてきた。
「メイクだよ」
大垣はさっきよりも可笑しそうにしている。
「え……? 」
「さっき合流した時、『あれ? 大垣なんか変わった? 』って顔してたでしょ」
「待って、俺そんなにわかりやすい? 」
「うーん。成瀬君が自分で思ってる数倍はわかりやすいかも」
今日の俺は恥ずかしい部分をやたらとほじくり返される日だ。篠森の時とは違い、今回は笑って話せる内容だが、ここまでいろんな人に自分を暴かれると、少しばかり心のバランスがおかしくなってくる。
なぜ分かったのかを大垣に聞いてみると、どうやら大垣が目の前に立った時に全身をジロジロ見ていたらしい。最初は変に思ったらしいが、すぐに自分の変化がどこにあるのかを探していると気づいたようだ。
他愛もない話をしながらいくつかの飲食店を見て歩いたが、最終的には一番最初に見た寿司屋に入ることになった。
夜は高校生にはなかなか手の届かない高級寿司屋になるようだが、ランチの時間帯は手頃な値段で美味しいお寿司を食べることができるお店だ。
俺も大垣も寿司は好物だったので、ちょうどいい店を見つけることができた。
お店の中に入ると、入口からお店の奥まで落ち着いた木の作りになっており、食事を落ち着いて食べたい人にはまさにうってつけの場所だと感じた。
実際に俺たちよりも先に食事をしている客を見ても、老夫婦や一人で来ている人が多いように感じた。
「なんか少し大人になった気がしちゃうね」
案内された席に着くと、大垣が俺にしか聞こえないような声でそう言ってきた。俺もこのお店に入ると自然に小声になっていた。実際にはそれがマナー的にも正しいのだろう。
「大垣はお腹空いてた? 」
「恥ずかしいくらいお腹鳴ってた」
「ぺこぺこだな。俺もさすがにお腹空いてきた」
「せっかくだからたくさん食べちゃおうよ。私、唐揚げとかも食べたいかも」
「俺も食べたいから分けようか」
俺たちはそれぞれ一人前の握り寿司と、大きな唐揚げが四つ乗った単品の鶏唐揚げを注文した。
料理が届くまでの間、俺たちは当然のように学校の話になり、新学期の過ごし方や変化など、それぞれ周りで起きたことを話していた。
「成瀬君は陽菜ちゃんと黒田君とよく一緒にいるけど、こんな風に三人で遊びに行ったりもするの? 」
学校では三人でいる時間が多いので、そのような疑問が生まれるのは当然だろう。だが実際は、幸一と何度か遊んだことがある程度で、陽菜とは学校以外ではほとんど会ったこともなく、三人では当然遊んだこともない。
主に、幸一が部活動で忙しいというのもあるが、三人それぞれが違う過ごし方をしているので、自然とプライベートで遊ぶという話が出たことは一度もなかった。
「それがみんな忙しくて遊んだことないんだよね」
「一年生の時からずっと一緒にいるよね? ちょっと意外かも」
「今度誘ってみようかな」
「いいと思う! 学校以外のところでしか見つけられない新しい一面とかあるかもよ」
「それは面白そうだな」
そんな話をしていると、注文していた料理が全て到着した。どれも新鮮で身も大きく、唐揚げも揚げたてで湯気が立っていた。大垣はあまり外食をしないらしく、普段あまり食べることのない寿司に、子供のような眼差しを向けていた。
少し脂の乗った鮪を一口食べると、生臭さなどは一切なく、口の中で溶けるような柔らかさだった。一貫食べただけでも満足感の高い寿司だ。
「美味しいね」
「そうだな。唐揚げもめっちゃ美味しい」
このお店を選んで良かったと心から感じた。きっと大垣も同じことを考えているだろう。
しっかりと完食し、お店を出た俺たちは少しお腹を休ませるためにゲームセンターに向かった。ランチの支払いを俺が二人分しようとしたのだが、大垣は「ランチは自分で払うから! 」と言って譲ろうとしなかったので仕方なくこちらが折れることにした。
ゲームセンターに来たところで、大垣が何かを見つけ、俺をUFOキャッチャーの前まで連れていった。
「成瀬君これ! めっちゃ可愛くない?! 」
「これなんのキャラクター? 」
「ドレミンだよ! いろんな楽器がキャラクターになってて、最近ハマってるんだあ」
UFOキャッチャーの中に陳列されていたのは、ピアノやギターなどの様々な楽器が、目や口などがついて生き物のようになっているキャラクターのぬいぐるみだった。
「確かにちょっと可愛いかも」
「え、だよね! これ買うと高いんだあ」
「チャレンジしてみる? 」
「私、UFOキャッチャーとか苦手だからさ」
「俺がやってみるよ」
俺も特別この手のゲームが得意なわけではないのだが、大垣の反応を見ていると取ってあげたいという気持ちが芽生えてしまった。
百円玉を入れて、光ったボタンでまずは横軸を調整する。特に、コツなどがあるわけではないのだが、なんとなくいい感じの場所でボタンを止める。
次に縦のボタンで位置を調整し、そこで手を離す。ゆっくりと降りていく機械を目で追っていくと意外にもガッチリといい場所を掴んだ。
そこで、ゆっくりと上昇していくアームの片方にぬいぐるみのタグが引っかかっているのが見えた。
「え……」
思わず二人の口から声が漏れる。
タグがアームに引っかかり、逆さまになったぬいぐるみはそのまま取り出し口の上まで運ばれてきてしまった。
「ほんとに取れちゃった」
多分俺が一番驚いていると思う。こんなに上手くいくものなのか。
それでも取れたことには変わりないので、そのまま大垣にプレゼントすることにした。
「え、くれるの?! 」
「俺あんまりこの子のことわからないし、大垣好きなんでしょ? 」
「ほんとに嬉しい! ありがとう成瀬君! 大事にするね」
ぬいぐるみとじっくり見つめ合って頭を撫でている大垣は、まるで子猫と戯れる飼い主のようだった。この様子を見るだけで取った価値があるように思う。
そこで俺はあることを思い出し、カバンの中に手を入れた。
「あ、大垣! 忘れてたこれ」
「ん? あ、私のキーホルダー! 」
「今日、四限の掃除の時に見つけたんだよ。篠森が大垣のかもって教えてくれた」
「なんか今日は成瀬君にいろいろ貰っちゃう日だね」
一瞬、四限のことをまた思い出しそうになったが、すぐに我を取り戻した。
「それでさ。成瀬君。千紘ちゃんとなんかあったの? 」
「どうして? 」
唐突な質問に思わず食い気味で大きな声が出てしまった。
大垣に見られていた? 聞かれていた? いやそんなはずはないと思うのだが、また顔に出ていたのだろうか。
「さっきの掃除担当二人とも同じ場所だったよね? 二人ともすごい浮かない顔してたから、なんかあったのかなあって」
大垣の洞察力の高さは尊敬に値する。それだけ普段から周りをよく見ていて、小さな変化に気づける人間なのだろう。クラスで目立つ存在ではないが、大垣を信頼している人が多いのは同じクラスの人間ならすぐに気づくことだ。
————大垣になら話してみてもいいかもしれない
そう思った俺は、四限の出来事を大垣に相談してみることにした。
「大垣ちょっと聞いてくれるか? 」
「私で良ければなんでも話して」
俺が話をしている時、大垣はたまに質問を挟みながらも、基本的には黙って最後まで真剣に聞いてくれた。
「うーん……なんて言っていいかわからないけど、まずは私のせいでもあるよね。ごめんね」
言い争いの始まりは大垣のキーホルダーではあるが、決して大垣のせいではないことは確かだ。
「大垣は何も悪くないよ」
「私、どっちの気持ちもわかるなー」
今度は俺が黙って話の続きを待った。
「私もよく、嫌なことを見ないふりとか気付かないふりしちゃうしさ。それって自分のこと守るために必要だなーって思うんだよね」
そこに関してはどうやら俺と同じ考えを持っているらしい。実際、そういう人は少なくないと思う。
「でも、そういうことにちゃんと向き合わなかったことで、あとから余計にめんどうになったりもするんだよね」
「そういうのってすごい勇気のいることだよな」
「うんうん。そう思う。けど、見て見ぬふりをすることもすごい勇気のいることだと思うんだよね。見たくないものを見ないようにすることもすごい大変だと思う」
「大垣はそういう時どう対処してる? 」
「私も多分全然できてないんだと思う。なんとなく『嫌だな』『見たくないな』ってことは無視しちゃうけど、これは無視しちゃいけない気がするって直感で感じる時もあるから、そういう時はすぐに動くようにしてるかな」
「俺、やっぱり子供すぎたかな」
「成瀬君は優しすぎるんじゃないかな? 成瀬君が漫画とかで最終的に敵を改心させて味方にしちゃう勇者だとしたら、千紘ちゃんはどんな強敵にもすぐに立ち向かう勇者だね」
大垣は俺の考えをうまく言葉にしてくれた。きっと普段からすごく考えて過ごしているのだと思う。
きっと、どちらかが正解、どちらかが間違いということではなくて、どんな状況でどんな判断ができるのかが大切で、一貫した考えというよりは臨機応変な対応をすることが大事なのだろう。
「ありがとう。大垣に話してよかった。今度謝ってみようと思う」
「私、成瀬君も千紘ちゃんも大事な友達だから、ずっとギスギスしてるのはしんどいかも」
そう苦笑いしながら話す大垣だったが、この一件が終息していく予兆が見えたことに、どこか安心した表情をしているようにも見えた。
「そうだ成瀬君! プリクラとか撮っちゃう? 今ならスリーショットだし恥ずかしくないよ」
そう言った大垣は、嬉しそうにぬいぐるみを俺の前に突き出してきた。
普段はプリクラなどは苦手で避けているのだが、今日は大垣に世話になったし、今後二人で遊ぶ機会があるかもわからないので承諾することにした。
俺と大垣、そしてドレミンの三人で一つの思い出を残した。
加工で美化されてなお、写真慣れしていない俺の顔は表情が不自然だったが、それを見て二人で笑い合う時間もまた、楽しい瞬間だった。
「成瀬君。また遊ぼ」
「そうだな」
二人と一匹が歩む都会のアスファルトには、まもなく落ちようとしているオレンジの陽が三つの影を伸ばしていた。
俺と大垣がクレープを食べ忘れていることに気がついたのは、帰宅ラッシュと重なった帰りの電車の中だった。




