ラッキータイム
「結局悠人は高校で部活とかやらないの? 」
始業式から数日経った日の休み時間。俺は幸一と陽菜の三人で談笑していた。
「俺は夏の暑い日にボール追っかけるのは向いてないかもなー」
「もったいないよなー。悠人サッカーとかやれば絶対上手くなんのに」
自分を持ち上げるわけではないが、スポーツに関してはかなり自信がある。さすがにサッカーでは幸一に敵わないが、それ以外のスポーツでは、運動神経抜群の幸一についていけるくらいには心得があるつもりだ。
それに比べて勉強に関しては、まあ……平均的だ。
そんな話をしていると、陽菜が悪そうな顔をして口を開いた。
「じゃあ家政部は入りなよ! 可愛い後輩が何人か入ってきたしさ」
「男が入れば雑用に使えるとか考えてるだろ」
「それだけじゃないよ! 悠人にも彼女ができるかもだし! 」
「誰がいつ欲しいって言ったんだよ」
陽菜は家政部に所属しており、一つ上の先輩がいないので、二年生のこの時期で既に部長を任されている。部員はそこまで多くないものの、新入生を含めても全員が女子のため、女子限定の部活と勘違いしている人も少なくない。
「幸一君も悠人に可愛い彼女できてほしいよねー? 」
「俺は、悠人には一生いい人止まりでいてほしいな」
「それもそうかも! 私より可愛い彼女とイチャイチャしてたらぶん殴りたくなる」
「だろ? 」
「お前らほんとに友達だよな? 」
二人は逃げるように自分たちの席に戻っていき、その後は各々過ごしていた。
「俺もトイレ行っとくか」
トイレを済ませた俺は、一階に飲み物を買いに来ていた。休み時間の終わりも近いため、売店エリアからは人の気配は感じられなかった。
自販機に小銭を入れ、取り出し口からミルクティーを取り出したその時だった。
自販機の画面に見慣れない数字が浮かんでいる。
――777。
「……え? 」
一瞬、なにが起きたのかわからなかった。
画面の数字が点滅し、軽快な電子音が鳴り響く。
ピロピロピロ——。
そして、もう一度。
――777。
「当たり……? 」
思わず画面を覗き込む。まさか自分が当たるなんて。
そのタイミングで自販機がある部屋の扉が開いた。
「あ……」
入ってきたのは篠森だった。
入学式の日に連絡先を聞いて以来、篠森とは一度も会話をしておらず、その時もかなり気まずい雰囲気だった。
この場に誰かいれば状況は違うのだろうが、まもなく授業が始まるこの時間に誰かが来る希望は薄く、だからと言って同じクラスの人と二人きりだというのに、スルーするのもあまりに不自然である。
何かコミュニケーションを取らなくては。
一秒にも満たない間に頭をフル回転させ、コミュニケーションの種を探した。その時、自販機に表示された数字が目に入った。
……これだ。
俺は思い切って声をかけてみた。
「篠森、飲み物買いに来たのか? 」
「そうだけど……」
不審そうにこちらを見ている篠森に俺は続けて話した。
「あの……今、当たったんだけど二本もいらないから使う? 」
俺と自販機を交互に見たあと少しの時間が空き、篠森はゆっくりと口を開いた。
「えーと……いいの? 」
「もちろん。まさか当たると思ってなくて。篠森が来てくれてよかった」
「そう。ありがとう」
とりあえず上手くいったのではないかと思う。それにしても篠森の雰囲気がこの前とは全然違うように感じたのだが、気のせいだろうか。
考えてみれば、前回は初めて話す異性に突然連絡先を聞かれたのだから、警戒してあのような反応になるのは当然なのかもしれない。
とにかく、エロガキの疑いは少し晴れたと思うので、これからはもう少し自然にコミュニケーションを取れたらいいなと思う。
「教室戻らないの? 」
篠森が扉に体を半分入れて尋ねてくる。
「ああ。早く戻らないとね」
いくら普通に会話できたとはいえ、教室までの道のりを横並びで歩くのは少し気が引けたため、俺は篠森の半歩後ろを歩き、チャイムとほぼ同時に教室に到着した。
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その日はそれ以降何もなく、あっという間に放課後になった。俺は急いで帰りの支度を済ませ、席を立った。
「悠人やけに急いでるな。デートか? 」
「まあそんなとこ! 」
「あー由希ちゃんか。泣かせるなよー」
「泣かせたことあるみたいに言うな」
俺が急いで帰らなければいけない理由は二つあるのだが、その理由の一つは、帰って家の掃除をすること。今日の夜、母親の友人が来るので代わりを頼まれている。
もう一つは俺の予定なのだが、友人と出かける約束をしている。今日は映画を見てカラオケに行って、そのあとは……まあ、とにかくたくさん予定が詰まっているのだ。
学校を出た俺は、早歩きで自宅の方に向かった。
しかし、今年はまだ四月なのにも関わらずかなりの暑さだ。ちょっと油断したら蝉が鳴き出してしまいそうな気配すらあるのだが、ぜひとも彼らには夏の風物詩であり続けて欲しいものだ。
自宅に到着した俺は、三十分ほどで掃除を済ませた後、自分の部屋で今日着ていく服を選んでいた。
選ぶと言っても悩んで服が決まらないほどバリエーションがあるわけでもないので、せいぜい上下が合うか合わないかを考える程度だ。
選んだ服に着替えて一息ついたタイミングで、家のチャイムが鳴った。
━━ピンポーン。
たまたまインターホンの目の前にいた俺はすぐに対応した。
「はい!」
「小春です!こんにちは」
「早かったね。上がっていいよ」
「わかりましたー!お邪魔します」
彼女とはもう十年くらいの付き合いになるだろうか。俺の自宅から小さな公園を挟んだ隣に住んでいる小春由希は一つ年下の女の子だ。
生まれた時からこの場所に住んでいた俺とは違い、由希は小さい頃に今の家に引っ越してきた。最初は隣人同士挨拶をし合う程度の関係だったが、俺と由希の年齢が近いこともあり、次第に家族同士での交流が増えていった。
俺自身、昔から外で走り回るよりも室内で遊ぶことが多かったため、由希とは小さい頃からたくさん遊んでいた。体が小さく、妹のように可愛がっているのだが、最近ではかなり大人っぽくなった。彼女も今年から高校生だ。賢い彼女ならきっといい高校に進学したのだろう。
そんな彼女とは、高校生になった今でも買い物に行ったり、遊びに行ったりすることが多く、よく相談にも乗ってもらっている。
俺が持っている服も由希に選んでもらったものばかりだ。本当に色々と助かっている。
「高校生活はどう? 慣れてきた? 」
「うーーん。どうだろう。やっぱまだいろいろ緊張しちゃうかも」
「由希は意外と人見知りだもんなあ」
「そんなことないんだけどなー」
「知り合ってからもしばらく目合わせてくれなかったもんな」
「それいつまで言うの! そりゃあ緊張するでしょ」
出会ったばかりの頃を知っているので少し心配だが、あの時の由希とはもう違うので俺が過保護になる必要もない。きっと高校でもみんなから好かれる人になっていくはずだ。
俺ができることはこれからも変わらず、安心できる隣の家のお兄さんでい続けることなんだろう。
家を出た俺たちは最寄り駅から映画館のある駅まで移動した。二人とも電車には乗り慣れていないため、乗り換えで失敗したが、なんとか目的地に時間通り辿り着くことができた。
「今日は何観るの? 」
「今日はねー。前回の続編! 覚えてる? 病気の女の子のお話」
「去年見たやつだよね? 面白かったの覚えてる」
「そうなんだよ!だから悠人君と見に行きたくてさー」
「それはありがたいけど友達とかと見に行かなくていいの? 」
「んー。友達こういうの好きな人あんまりいないし、別に何回でも観ればいいしさ」
「由希らしいな」
飲み物を買った俺たちは、そのまま上映されるスクリーンに向かった。今日俺たちが観る場所は、この映画館の中で一番大きなスクリーンだ。それもそのはず、この作品は老若男女問わずかなり話題になっていて、実際、今日も平日の昼過ぎにもかかわらず満席に近い状況だ。
席につくと、隣にやってきた家族連れが目に入った。
子供を真ん中にして、お父さんとお母さんが左右から話しかけている。それを見た俺は自分が小さな頃を思い出した。
俺が小さい頃も、よく両親と映画館に行っていた。中には難しくてよくわからない映画もあったが、基本的には上映後に両親と感想会をして楽しんでいた。
「また行けるといいな」
「悠人くん何か言った? 」
「ううん。なんでもない」
「楽しみだね! 」
どうやら口から言葉が漏れていたようだ。俺の懐かしさと小っ恥ずかしさを隠していくように、映画館はやがて暗転していった。




