As Is It.
ありのままの自分ってなんだろう。
毎日過ごす中で経験するイレギュラーな出来事が、いつの間にか自分の「あたりまえ」になっていくことはよくあることなのかもしれない。
例えば、幼いころに親と行ったスポーツ観戦。初めて見るプロの迫力や、観客の大きな声援に、全てを理解していなくても心が震えるような感覚を覚えたとする。
そして数年後、それが将来の夢になっていた。
さらにその数年後には、その夢を追いかけること自体が、当たり前の日常になっている。なんてことはよく見かける話だ。
人と人との会話の中で「ありのままの自分でいなよ」という言葉を使う機会は多々あるが、ありのままの自分というものを上手く表現できる人は多くないと思うし、たとえ表現できたとしても、小さなきっかけで簡単に変わってしまうものなんだと俺は思う。
だからきっと、ありのままの自分というのは貫き通したい強い意志ではなくて、様々なものから受けた影響や自分で手に入れたあたりまえが、どんどん入れ替わっていく中でできる、今現在の自分なんだと思う。
そして、自分自身というものが目まぐるしく変化し続ける期間。それが学生だと俺は考えている。実際、俺も高校に入学してからの一年間で多くの変化があった。
そんなことを考えながら、今日、新二年生となる成瀬悠人は校門をくぐった。
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例年より、若干木々の青々しさが目立つ四月頭の「鳥森高等学校」では、全校生徒約七百人が、季節外れの暑苦しさに顔をしかめながらも期待のまなざしで各々新しい教室に向かっていた。
長い廊下を歩いていると既にいくつかのグループが出来上がっている。とは言ったものの、そのほとんどが前年度で既に完成しているものなのだろう。男子生徒たちは朝から中身のない下ネタで盛り上がっている。それに内心クスッと笑ってしまっている自分もグループが違うだけで同類なのだろう。
自分のクラスの前にたどり着くと、女子四人組の一人が満面の笑みでこちらに手を振ってきた。
「あっ悠人! おはよう。また同じクラスだったね」
彼女は高梨陽菜といい名前の通り太陽のような笑顔が特徴の友人だ。一年生から陽菜とは、同じく友人の幸一と三人で話す機会が多く、さっき幸一からきた連絡の通りなら、今年も三人揃って同じクラスということになりそうだ。
「陽菜おはよ。またクラス同じだって幸一から連絡あったとこ」
「あ、幸一君も同じなんだ! 見逃してた」
「幸一が泣いても俺は知らないからな」
「どうせ悠人は自分の名前だけ確認して真っすぐここまで来たんでしょ! 私をからかう権利はありません! 」
わざと少しむすっとした表情を見せた陽菜に軽くからかうような笑顔を向け、俺は新しい自分の教室に入った。
教室の中にはおそらく他クラスの生徒と思われる人たちもいたが、それでも既に七割程度の生徒がそろっているように感じた。中には、去年同じクラスだった生徒も数人おり、目が合うと挨拶をしてくれた。
指定された自分の席に着くと、教室の前の扉から一人の女子生徒が入ってきた。
すらっとしたモデル体型に整った顔立ち、背筋の伸びた凛々しい立ち振る舞いは「美人」という言葉がよく似合う。俺が彼女に見入ってしまったのは、その美しい見た目も理由の一つだが、それよりも、去年それなりに広い交友関係を持っていた俺の記憶の中に彼女に関する記憶がないのだ。
単に関わりがないからと言ってしまえばそれまでなのだが、これだけ目立つ見た目をしているのなら、少しばかり印象に残っていてもおかしくはないはずだ。
「悠人おはー。朝から女子見つめてどうしたんだ? 」
「そんなんじゃないって!なあ幸一、あんな子去年いたか? 」
「ん?篠森のことか?ちゃんと皆勤賞のはずだぞ」
「いや、なんでそこまで詳しいんだよ」
「悠人よりはちゃんと知り合いしてるからかなー」
話によると、彼女の名前は篠森千紘といい、どうやら幸一とは小学校が同じで、委員会などでそれなりに接点があったらしい。高校にあがってからは、用がなければ特別会話を交わすことはなく、現在は友人と言えるほどの関わりは無いようだ。
「それにしても、悠人の話したことのない人が同学年にいるなんて驚きだな」
「俺のことなんだと思ってるんだよ。話したことない人の一人や二人いるよ」
「一人や二人くらいしかいないのか」
俺をいじってくるのはいつものことなのだが、ここに陽菜が加わるとさらにめんどうなことになる。めんどうとは言っても、そんな友人同士のじゃれあいを本気で嫌っているわけではなく、あくまで表面だけのめんどうということだ。
「黒田! 鈴木先輩が呼んでるぞ! 」
「おう! すぐ行く! 」
黒田というのは幸一の名字で、「じゃあな」と俺に一言告げると、急ぎ足で教室から出て行った。
幸一の後姿を目で追った時に、既に着席していた篠森さんと目が一瞬合ったが、すぐに目をそらされてしまった。
俺なんかしたっけ……?
一旦、その場はさっきの幸一の冗談が彼女にも聞こえていたため、エロガキだと勘違いされていると勝手に納得して、目をそらされたことは忘れることにした。
いや、納得はしてないけどな。
始業式で新任の先生の紹介や、春休み中に大会などで優秀な成績を残した部活動の表彰などがあった。幸一が所属しているサッカー部もどうやらなにかしらのいい成績を残したらしい。一年生の時からスタメンの座を奪っている幸一は大したものだ。今度ラーメンでも奢ろうと思う。
食事制限とかあるのかな?まあその時はまた考えよう。
始業式の後は担任の先生が今後の日程などを軽く説明して、今日はそのまま下校となった。
だが、帰りのホームルーム後も教室には多くの生徒が残っていた。みんなの主な目的はというと、一年間毎日一緒に過ごす仲間との連絡先の交換だ。
各々が新しく仲良くなった生徒との交流を積極的に取っている。そういう俺のもとにも既に三人の男子生徒がメッセージアプリの交換を求めて来た。教室の後ろの方では幸一が数人の女子に囲まれており、目で俺に助けを訴えてきていた。
俺はできる限り優しい目で微笑んだ後、カバンを持って、帰る準備をした。
「成瀬君! 待って! 」
「ん? どうした大垣? 」
「よかった! 名前覚えてくれてたんだ」
「去年同じクラスだったからさすがに覚えてるよ。それでどうしたの? 」
「きょ、去年連絡先聞くの忘れてたなーって思って……」
大垣は一年生の時に同じクラスだった小柄な女の子で、確か名前は鈴だったと思う。真面目で明るい生徒という印象で、一年生の時はそこまでしっかりと関わることは無かったが、今年も同じクラスということなら、去年よりも関わりを持っていこうと思う。
「なんかわざわざ悪いな。ありがとう」
「悪いなんて全然……! 私が交換したくて話しかけたんだし」
「もっと早く言ってくれれば俺のならいつでも教えたのに」
「いーやいやいや!そんな……! 」
「まあ、俺から聞けよって感じだよな。今年もよろしく」
「うん! よろしくね。じゃ、じゃあ友達待ってるから! また明日! 」
そう告げると大垣はあっという間に教室からいなくなってしまった。
そこにようやく女子の囲いから抜け出した幸一が戻ってきた。
「なあ幸一」
「なんだよ。てか助けろよ」
「悪い悪い。今日の大垣なんか変じゃなかったか? 」
「そうか? 俺には普通に見えたけど。新しいクラスで緊張でもしてんじゃねーの」
「それもそうだな」
今日も部活がある幸一に別れを告げ、今度こそ帰ろうと席を立ったタイミングで今度は教室の反対側にいた陽菜に、大きな声で呼び止められた。
今日はなんかよく呼び止められるな。
「悠人ー! クラスのグループ作ってよ! 」
「いや、なんで俺なんだよ。陽菜が作ればいいだろ」
「ほら、私あんまり男子の連絡先知らないし! 悠人、去年学級委員だったからみんなの連絡先知ってるでしょ? 」
「それは、まあ……」
俺は去年、友人が多いからという理由だけで学級委員長を任された。そのため、確かにほとんどのクラスメイトと連絡先は交換している。確かその日、大垣は体調不良で欠席していたため、連絡先を交換することができなかったのだ。
「とにかくよろしくねー! ちゃんと全員招待するんだよー」
返事をする間もなく陽菜は再び女子の輪の中に消えてしまった。
全員をグループに招待するということは、当たり前だが全員に連絡先を聞かなければならない。幸い、陽菜が大きな声で話していたおかげで、俺の連絡先を知らない生徒は、自ら俺のもとに来てくれた。五分ほどでクラス全員の連絡先が集まった。篠森さん一人を除いて。
先ほど、そっけない反応をされたばかりなのであまり気は進まないが、一人だけ仲間外れにするわけにもいかないので、篠森さんが教室に戻ってきたタイミングで声をかけることにした。篠森さんはずっと教室にいなかったが、カバンはまだ残っているのでそのうち戻ってくるだろう。
二十分もすると、篠森さんが教室に戻ってきた。先ほどの賑やかな教室とは違い、今は俺たち二人しかいない。教室に入るなりずかずかと寄ってくる俺に、篠森さんは若干嫌悪感を出しているが、ここでためらってはだめだと、気にせず声をかけた。
「あ、えーと篠森さんでいいかな? 」
一瞬考える素振りを見せたがすぐに彼女は口を開いた。
「なんでもいいよ。『さん』はいらないけど。何か用? 」
思っていたよりかは普通の返事が返ってきた。
「あの、連絡先を聞きたくて。クラスのグループに招待したいからさ」
「そんなことのためにわざわざ待ってたの? 明日でもよかったでしょ」
ごもっともなのだが、篠森だけグループに入っていないとなると、俺が明日、陽菜に何を言われるか分からない。火事のもとは早めに防いでおくに越したことはない。
「陽菜……高梨に言われるんだよ。早く聞けとかいろいろ」
「わかった。はいこれ。読み取ったら私もう帰るから」
「ありがとう。また明日」
篠森は軽く会釈をすると、その後は何も喋らずに教室を去っていった。
とても愛想がよいとは言えないが、彼女には彼女なりの考えがあるのだろう。少しずつ仲良くなっていけばいい。俺はそう思った。
俺は篠森が出て行って少し経った後、一人で教室を後にした。
外に出ると、もちろん日は朝よりも高い位置にあり、気温も上昇していた。俺は運動場で縦横無尽に動き回る幸一の姿を横目に、校門を出て帰路についた。
新二年生として迎えた、何の変哲もない一日。
この時の俺にとっては、それだけの日だった。




