第7話 ユウタ、童帝として逃げ出す~純潔王の誕生~
【ユウタ視点】
赤目犬の群れを討伐し、セラ村は久しぶりに明るい空気に包まれていた。
村の広場にはパチパチと音を立てて焚き火が焚かれ、ラディカがたっぷり入った煮込み料理や、こんがりと焼いた肉、そして樽に入った薄い酒が並べられている。
貧しい辺境の村なので決して豪華な宴ではないが、村人たちの顔は心からの安堵と喜びに満ちていた。
「ユウタ様のおかげで、夜に怯えず眠れます!」
「若様がいてくださったから勝てたんです!」
(いや、俺は後ろで震えてただけなんだけど!?)
次々と感謝の言葉をぶつけてくる村人たちに、俺は引きつった愛想笑いを返すしかなかった。
宴には、レナたち銀槍団の女傭兵たちも参加して賑わっている。
少し離れた場所では、重傷から回復したニーナが、アカリに向かって深く頭を下げていた。
アカリはまだ少し戸惑っているようだったが、それでも前よりはずっと明るい表情で何かを返している。
(よかった。アカリちゃん、少し笑えるようになったんだな)
俺は心の中でそっと胸を撫で下ろした。
宴がさらに進むにつれ、村人たちの熱気はなぜか俺を中心に高まっていった。
やがて村長が立ち上がり、高らかに宣言する。
「皆の衆! 今宵は、我らが若様と聖女様に感謝を捧げる夜である!」
「いや、聖女様はともかく、俺は本当に何もしてないんで……!」
俺が慌てて否定するのも虚しく、村人たちは口々に声を張り上げた。
「若様はそこにいてくださるだけでよいのです!」
「ユウタ様が見ていてくだされば、我らは戦えます!」
(それ、俺じゃなくて神棚とか旗の扱いじゃない!?)
◇◆◇
夜が更けてきた頃、俺はふと周囲を見渡して違和感を覚えた。
さっきまで大声で騒いでいた鍛冶屋のおっさんや村の男たちが、いつの間にか広場から一人残らず姿を消しているのだ。
「……あれ? おっさんたちは?」
俺が首をひねっていると、村長だけが残り、妙に神妙な顔つきで歩み寄ってきた。
「若様。ここから先は、男が同席してはならぬ儀式でございます」
「儀式?」
「村を救った守護者に、村の女たちが感謝と祝福を捧げる、古き習わしにございます」
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳内で盛大にファンファーレが鳴り響いた。
(え? なにそれ? ついに? ついに俺の異世界ハーレムイベントが始まるのか!?)
俺の心は、期待が七割、残りの三割が未知への恐怖で激しく揺れ動いた。
すると、横にいたアカリがちょんちょんと俺の袖を引いた。
「ユウタくん……私、外にいるね」
「え? アカリちゃんは参加しないの?」
アカリは少し顔を赤くしつつ、そっと目をそらした。
「これは、この村の大人の女性たちの儀式みたいだから……」
(大人の女性たちの儀式!? なにその破壊力の高い単語!?)
俺の心拍数が一気に跳ね上がる。
アカリは少しだけ心配そうな顔をして、小声で付け加えた。
「……無理だと思ったら、逃げてもいいからね」
「え? 逃げる前提なの?」
俺が聞き返す前に、アカリは広場の外へと小走りで去っていった。
それと入れ替わるように、焚き火の周囲に村の成人女性たちが静かに並び始めた。
若い女性だけでなく、人妻や未亡人、さらには銀槍団の女傭兵たちまでが混ざっている。
その先頭には、真面目な顔をしたレナが立っていた。
「ユウタ様。これはセラ村の戦勝と豊穣を祝う儀式です。どうか、我らの忠誠をお受け取りください」
(忠誠!? 今、忠誠って言った!?)
俺がツッコミを入れる間もなく、女性たちはゆっくりとした動作で、羽織っていた外套を外し始めた。
(待て待て待て待て! 情報量が多い!)
焚き火の赤い光に照らされる白い肌。
あらわになる肩や腰のライン。
そして、どう見ても大変なことになっている胸元。
熱っぽい瞳で俺を見つめてくる彼女たちに、俺の心臓は完全に限界を突破しそうだった。
(視線の置き場がない! 前世で女の子とまともに話せなかった俺に、これはチュートリアルを飛ばしすぎだろ!)
ドキ、ドキ、ドキ……。
「ユウタ様に救われた命です」
「この身も、この村も、すべて若様のために」
「どうか我らをお導きください」
女性たちの甘い声が重なる。
しかし、俺の頭の片隅にある冷静な部分が、ある事実に気がついた。
これだけ色っぽい雰囲気なのに、彼女たちが言っている言葉は、まったく恋愛感情ではないのだ。
甘い誘惑に見せかけた、完全に王への臣従儀礼である。
(これ、もしかしてハーレムじゃなくて即位式の一種では!?)
極めつけに、レナまでもが真顔で一歩前に出た。
「ユウタ様。銀槍団もまた、あなたの剣です」
(いや、剣が服を脱ぐな!)
女性たちが、頬を赤らめ、息を弾ませながら、一歩、また一歩と俺に近づいてくる。
(落ち着け、俺。これは夢にまで見た状況だ。来世はモテたいって願ったじゃないか。女神様、俺は今、勝利しているんじゃないのか?)
必死に自分に言い聞かせるが、体がガタガタと震えて動かない。
前世で一度も女の子と付き合ったことがない。手をつないだことすらないのだ。
それなのに、いきなり村ぐるみの成人女性からの感謝儀礼なんて、俺の小さな器で受け止めきれるわけがない。
「む、無理ですうううううううううううっ!」
俺の理性は完全にショートし、脱兎のごとく夜の森へと向かって全力で逃げ出した。
「ユウタ様!?」
「若様、お待ちください!」
「逃げ足までお美しい……!」
(美しい逃げ足って何!?)
◇◆◇
息を切らして森の中へ逃げ込むと、木陰でアカリが待っていた。
「やっぱり逃げてきた」
「アカリちゃん!? 知ってたの!?」
「うん。ユウタくんにはまだ早いかなって」
俺はその場に膝から崩れ落ち、地面に手をついた。
「俺、ハーレムを作りたかったはずなのに……いざハーレムっぽいものが来たら、怖くなって逃げちゃった……」
自分の情けなさに、思わず涙が出そうになる。
すると、アカリはクスリと笑いながらも、どこかホッとしたような、少しだけ嬉しそうな顔を見せた。
「いいんじゃないかな。逃げても」
「よくないよ! 俺の夢が!」
「でも、無理やり進まなかったんでしょ? それは、悪いことじゃないと思う」
アカリの優しい言葉に、俺は少しだけ救われたような気がした。
◇◆◇
翌朝。
俺は怒られることを覚悟して、恐る恐る村の広場へと戻った。
しかし、村人たちはなぜか一様に感動の涙を流していた。
「若様は……欲に溺れなかった」
村長が震える声でつぶやく。
「普通の男なら、あそこで舞い上がって当然だ。だが若様は違った!」
鍛冶屋のおっさんが、熱い涙を流しながら拳を握りしめている。
そして、レナも真剣そのものの顔で深く頷いた。
「己を律し、民を私物化しなかった。まさしく王の器です。ユウタ様は、我らを女としてではなく、民として見てくださったのですね」
「違う! 女として見すぎたから逃げたんです!」
「なんと正直な……」
「正直って褒めればいいわけじゃない!」
全力で誤解を解こうとする俺の横に、ミリアがそっと近づいてきた。
「ユウタ様が逃げ出した時、少し安心しました」
「え、なんで?」
「だって……いきなり大人の女性たちに囲まれるのは、かわいそうですから」
(ミリアちゃんだけが俺の味方だ……!)
俺が感動していると、ミリアはにっこりと微笑んで付け加えた。
「でも、逃げる時のユウタ様、ちょっと可愛かったです」
(味方じゃなかった!)
俺が頭を抱えていると、村人たちの熱狂はさらにヒートアップしていった。
「純潔を守りし若き王……」
「純潔王だ……」
「我らの純潔王、ユウタ様!」
「やめろおおおおおおお! その称号だけはやめろおおおおお!」
俺の絶叫を遮るように、目の前の空間に無情にも半透明のステータス画面が開いた。
【あなたを慕う者:七十二人】
【戦勝儀礼を乗り越えました】
【民を私物化しない清廉性が認められました】
【称号:純潔王の芽生え】を獲得しました。
「違う……違うんだ……。清廉なんじゃない……。経験値がゼロだっただけなんだ……」
俺はついにその場に泣き崩れた。
すると、脳内にまたしてもあの透き通るような女神ティア様の声が響いた。
『ユウタ。色欲に溺れず、民の信頼を守る者。それもまた、広い意味では理想のハーレムの主です』
「広い! そして今回だけは広げ方がひどい!」
俺の悲痛な叫びは、朝の爽やかな空へ虚しく吸い込まれていった。
こうして俺は、望んでもいないのに、また一つ王っぽい称号を得てしまった。
――しかも、よりによって純潔王として。
朝の爽やかな空のどこかで、女神さまが腹を抱えて笑っている気がした。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




