第4話 徴税官、なぜか税を免除する
【バルツァー徴税官視点】
領主の代官所に仕える徴税官、ゲルハルト・バルツァーは、揺れる馬車の中で窓の外を眺めていた。
本日の目的は、辺境にある小さな村の視察である。
本来であれば少し前に税を取ったばかりなので、今回はただの様子見と、取り残しがないかの確認程度のつもりだった。
だが、村へ近づくにつれて、彼ははっきりと異変に気がついた。
以前訪れた時はボロボロだった獣除けの柵が、立派に二重に補強されている。
さらに真新しい見張り台まで作られており、そこでは若い村人が槍を手に持ち、周囲を鋭く警戒していた。
荒れ果てていたはずの畑には青々とした野菜が茂り、麦はまだ収穫前とはいえ、新しい畑がいくつも開墾されている。
そして何より、少し離れた川から村の畑へ向かって、水が流れるちゃんとした水路が引かれているではないか。
「妙だな……。この村は、つい先日まで死にかけていたはずだ」
バルツァーは馬車の中で、深く眉をひそめた。
(急に豊かになった村には、必ず裏の理由がある)
隠し財産か、あるいは盗品か。
違法な取引でもしているのか。
それとも、領主に報告されていない新しい指導者でも現れたのだろうか。
バルツァーは村の広場に入ると、馬車から降り立ち、集まってきた村人たちに向けて威圧的に告げた。
「この村の代表者に会わせろ」
しかし、村人たちはなぜか一斉に彼の前に立ちはだかり、険しい顔で睨みつけてきた。
「ユウタ様はお疲れです!」
「若様を税取りなんぞに会わせるわけにはいかん!」
「まず俺たちを通してもらおうか!」
かつては税を取られるだけの、弱々しい民だったはずだ。
それが今は、まるで一人の偉大な王を守る近衛兵のように、強固に団結している。
バルツァーは内心で激しく驚きながらも、冷や汗を隠して権力をちらつかせた。
「私は領主代官所より派遣された、正式な徴税官である。代表者を隠し立てするなら、反抗とみなすぞ」
その言葉を聞いて、村人たちは渋々といった様子で道を開けた。
奥から、一人の少年が現れる。
その横には栗色の髪をした村娘が寄り添い、少し後ろには黒髪の少女が控えている。
少年の顔には、『また面倒な人が来た……』というような呆れの色が浮かんでいた。
しかし、バルツァーはその少年、ユウタを見た瞬間、ドクンと激しく胸が高鳴るのを感じた。
(なんだ、この少年は……)
特別に威厳があるわけではない。
武人のようなすさまじい迫力があるわけでもない。
だが、不思議と目が離せないのだ。
(この方なら、この村を変えられる。いや、私自身がこの方に仕えたい……。ああ……男だが、運命の人だ!)
彼の中で、ユウタの持つ固有スキル『万民魅了』が強烈に発動した瞬間だった。
バルツァーは自分自身でも激しく困惑していた。
徴税官として、代表者には厳しく当たるべきだという理性が残っているのに、どうしても目の前のユウタを困らせたくないという感情が湧き上がってくるのだ。
(胸が高鳴って仕方がない!)
「あの……税なら、この前払ったって聞いてますけど……」
ユウタが恐る恐る口を開く。
バルツァーは慌てて懐から帳簿を取り出し、パラパラとページをめくった。
確かに、規定の税はすでに徴収済みとなっている。
しかも、この村は魔獣被害からの復興途上だ。ここで無理に搾り取れば、せっかく回復しかけた生産力を完全に潰すことになってしまう。
バルツァーはゴホンとわざとらしく咳払いをし、威厳たっぷりに言い放った。
「ふむ。確認したところ、この村からは先日、規定の税を徴収済みであった」
「よって、今回は追加徴収を行わない」
「むしろ復興のため、しばらく様子を見る必要があるだろう」
その宣言を聞いた瞬間、広場に集まっていた村人たちから地鳴りのような歓声が上がった。
「おおーっ!」
「ユウタ様のおかげだ!」
「さすが若様!」
「いや、俺は何もしてないんだけど!?」
村人たちの熱狂的な声援を受けながら、ユウタは顔を引きつらせていた。
その後、バルツァーは村の畑や設備を視察して回った。
野菜の出来は、素人目に見てもかなり良い。
水路の引き方も理にかなっており、柵の補強も非常に合理的だった。
(この村は、ただ一時的に豊かになったのではない。人が動き、仕組みができ、明確に未来へ向かっている。おそらくは、あの少年が来てから、村は確実に変わったのだ!)
バルツァーは次第に、心の底から感心し始めていた。
帰り際、村人たちが感謝のしるしとして、採れたての野菜を籠に入れて持たせてくれた。
「賄賂では困るぞ」
バルツァーは腕を組み、あくまで厳しい顔つきで建前を述べた。
「これは、あくまで復興状況を確認するための資料? みたいなものかな?」
ユウタが人懐っこい笑顔で、カゴを渡してくれた。
◇◆◇
代官所へと帰る馬車の中で、バルツァーは野菜の入った籠を見つめながら、だらしなく頬を緩めていた。
「ユウタ様……か。面白い少年だ」
窓の外を流れる景色を見ながら、彼は頭の中で領主に提出する報告書の文面を組み立てる。
(『当該村は魔獣被害から復興途上にあり、当面の追加徴税は不適切。むしろ保護すれば、将来的に大きな税収増が見込める』……よし、これでいこう)
彼は完全に、ユウタを守る方向へと動き始めていた。
(私は徴税官だ。本来なら、村から少しでも多くの税を取るのが仕事である)
ガタゴトと揺れる馬車の中で、彼は静かに目を閉じた。
(だが、この時の私はなぜか、あの少年から税を取るよりも、あの少年の未来に投資したいと思ってしまっていた)
(……実に、恐ろしい村である)
その厳しい顔つきとは裏腹に、バルツァーの内心は完全にルンルンだった。
彼の頬が赤いのは、夕日のせいだと思いたかった。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




